Episode28:照らした暗闇の先に

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 誰かの温かな背の中で目を覚ました頃には空は暗く、星々に囲まれていた。涼しげな風が吹き去りながら、耳には砂を踏みしめる音が聞こえる。背後からは咽びながら鼻をすする悲しげな音も聞こえてきた。そして、俺の横腹にはまだ、自分の惨めさを象徴するように痛みが強く残っていた。俺が目を覚ましたことに気が付いたのか、俺を背負う人物の足はピタリと止まった。


「目を覚ましたか、ペポ。身体の痛みはどうだ。まだやはり痛むか」


 その冷静で落ち着いた男の正体はクロムさんであった。前方にはシュリファさんと、キュリスさんが見えた。


 頭の中に靄がかかったように、今の俺の意識は朦朧もうろうとしていた。俺は何が起こったかを一から順に思い出そうとした。まず、洞窟の中に入って、それから無数に立ち尽くした被疫獣トキシッドを通り過ぎた。それから洞窟の中の広場に入ったんだ。それから、それから、それから……それから…………それから……それから――――――――!!!!


「俺なんかはどうでもいいんです……!!他の皆さんは!?!?無事なんですか…!?」


 俺は慌てながら自分の周りをパッと見渡そうと、身体を捻った。そして、真後ろに視線を移した時、身体の痛みなどどうでもよくなるほどの、精神を壊す痛みが俺を無慈悲に襲った。


「あぁあ……――――あ…ぁああ……あああああ………ぁぁぁああああああああああああああああああ――――――――あああああ」


 視線の先にあったのは、カリベルの腕を抱え、涙を流すラノアの姿であった。ただし、そのラノアの抱きかかえたカリベルの右腕に、胴体の姿は無かった。ラノアは身体を震わせながら、ただジッとペポを睨んでいた。その赤い瞳からは言葉には表せない感情が伝わってくる。


 パニックになったペポはクロムの背中を振りほどくように暴れ、冷たい砂の地に崩れ落ちた。呼吸は過呼吸へと変わり、ラノアの方を直視できなかった。そして、と共に、カリベルが被疫獣に姿が頭の中に想像される。


「お…――――おれの…………俺の…俺の俺の俺の俺の…――――俺の!!!!!俺のせいだ!!!!!!俺のせいで………か、か、カリ…ベルが…――――――何で俺が、俺が……生きてるんだよ!!俺なんかが、何で生きてるんだよ!!!!!」


 取り乱すペポを前に、ラノアは右腕にカリベルの腕を抱え込み、ゆっくりとペポへと近づいた。そして、ラノアは血に染まった左手でぺポの胸ぐらを強く掴み上げて、無理やりぺポの視線を自分と合わさせた。


「お前が………自分の命の価値を決めるな………。ここに居る皆が全力を尽くした結果がこれだ。それで……自分が死んでいれば、死んでいれば、死んでいればなんて…………。死ぬ覚悟も勇気も無い奴が、死者を前にそんなこと言うんじゃねえよ……!!!次にそんなこと言ったら、私が……私がお前を………殺してやる!!」


 ラノアの頬に流れ落ちる涙はカリベルの死だけに向けられたものではなかった。ラノアの言葉を聞いたときに、俺は初めてそのことに気が付いた。カリベルを救えなかったのは別に



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 ペポが目を覚ましてから二日が経過した頃、五人は都市の正門へと辿り着いた。そして、正門を開けた五人はヨハネたちにより傷を受けた都市を目撃する。


「ボクたちが居ない間にこれだけの被害が………」


「民衆はどこに行ったんだ?まさか全員……」


「考えるのは後だ。今はアーシャたちを探して状況を聞くぞ」


 クロムの呼びかけと同時に覚醒者の三人は生存者を探すために走り出した。その三人の背中を見ながら、虚ろな目をしたラノアは呟いた。


「私にも、あの人たちのような力があれば………こんな所で止まっていられない………一匹でも多く殺してやる――――」


 そう言ったラノアは三人の後を追うように勢いよく走り出した。


 そんな中、一人の男は前へ進みだした四人の背中すら直視できなかった。ただひたすら同じ問で自問自答を繰り返す。「俺に足りないものは何なんだ?」この二日間ぺポはひたすら考えた。だが、今もまだ結論には至らずに居た。そんな時、都市に帰ったことでぺポは一つのことを思い出す。


「ローズの奴に会いたいな……――――」

 

 俺は無意識にその言葉を吐いていた。また俺はアイツに縋ろうとしていた。ああ、これが俺の弱さなのかと強く実感した。俺は独りじゃ何もできない、クズ野郎だ。


 ぺポは気が付けば、その場で膝から崩れ落ちていた。自分の弱さと惨めさに失望していた。そして、ふと瞬きをし、また目を開けた時に周りの風景は一転していた。崩れた建物が広がっていた正門の前から、ぺポは何処かの個室に移動していた。

 

 窓辺にあるカーテンがひらひらと揺れながら、優しい日差しがその部屋にあったベットに横たわる人物を照らしていた。点滴が滴り落ちる音がひたすら耳に響き続ける。すぐに自分が自らの能力により瞬間移動したことを察したぺポは、崩れていた自分の体をゆっくりと起こした。そして、ベットに横たわる人物がぺポの瞳に静かに映った。


 もし、この世界に神様が居るのならば問いたい。貴方はどうして俺に罰を与えずに、周りばかりを罰するのですか……――――――――


「ろ……――――ローズ………なのか………?」


 そこで眠っていたのは、確かに綺麗な赤い髪が目立つローズであった。だが、そのローズの頭から右目にかけての部分は包帯により包み隠されていた。


 その時、唖然としてローズを見つめるぺポの背後から聞き覚えのある優し気な声が聞こえてきた。


「ぺポくん…!帰っていたんですか……!」


 振り返った先には、扉に手を着いて疲労が溜まった表情を浮かべながらも、ぺポの帰りを喜ぶアーシャの姿があった。手に持っていたのは、ローズへの替えの点滴パックだろうか。ぺポは横たわるローズを横目に単刀直入に話を切り出した。


「ローズの奴は……大丈夫なんですか………?」


 アーシャは目線をぺポから逸らして、ローズを見つめた。その瞳はどこか絶望を孕んでいるよにも感じられた。そして、ゆっくりとアーシャが口を開こうとした時、アーシャの瞳からは涙が零れていた。


「死は免れた………免れられた………でも………でも、もう目を覚ます可能性は――――ゼロに近い……です」


 カリベルへと枯れるほど流したはずの涙がまた頬を撫でた。だが、ぺポは先ほどまでの自分との変化に気が付いていた。自分の心に孕んだ深く暗い絶望が、今、復讐の炎に照らされていることに――――――――

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