Episode27:残された時間

 先の戦いで、ある程度戦いのスピード感を掴んだナターシャが合流した二人を先導する形で第二ラウンドの火蓋は切られた。


 私が警戒したのは、直前に見せられた、身体を無数の大蛇に変形、放出させるヨハネの能力だ。あれは、ラルフさんが守っていなければ確実に致命傷となっていた攻撃であった。


「さっき傷口から蛇は出てきました。攻撃を与えた後のカウンターには気を付けてください…!」


「ああ。分かった」


 だけど実際、警戒しなきゃいけないのはあの蛇だけじゃない。真に怖いのは、コイツの底知れない成長速度そのものだ。明らかに私との先の戦いで、刃を交える度にコイツの動きは磨かれていった。コイツは常に変化と成長を積み重ねて、常に別人となり続けているんだ。つまり、この戦いは私たちの一つの油断が命取りになると言っても過言ではない。


 一方、ナターシャとヨハネの戦いに途中参加したラルフもひたすら思考を廻らせ続けていた。


 俺はナターシャちゃーんを援護することだけ考えろ。正直言って、俺がこのスピード感に完全に追いつくことは不可能だ。だから俺の役割は、この巨大な盾と身体で怪物とナターシャちゃーんを仲裁するように位置取り、怪物の攻撃を凌ぎつつ、俺の背後にナターシャちゃーんを一瞬隠す。そうすることで、怪物には左右どちらからナターシャちゃーんが飛び出してくるかという選択肢を強制的に創り出すことができる。そして、援護としてハイトくーんだって控えてる。彼の狙撃能力なら錯乱する戦況を読み切り、怪物の脳天を撃ち抜くことも可能なはずだ。


「ナターシャちゃーん!俺の後ろへ!」


 入れ替わりと同時に、俺は臆することなく前進し、怪物の鉤爪を受け止めた。衝突の瞬間、鈍く歪んだ嫌な音が耳に響き渡ると、俺の足は一歩後ろへと押し返された。それからは一歩たりとも前へ進むことは許されなかった。


 ここまで俺と怪物では力量差があるのかと、一歩後退させられるたびに思い知らされる。でもこれが俺の役割だ。人より少し肉体が大きく、フィジカルがある凡人の役割だ。それと比べて、ナターシャちゃーんは俺よりもフィジカル面は劣るというのに、この怪物との連戦を対等以上で凌いでいる。改めて、ナターシャちゃーんを俺は尊敬する。彼女は俺たちの希望なんだ。だから、俺がこの子の捨て駒になる。


 ラルフが耐える中、後ろへと下がったナターシャは呼吸を整えながら、大鎌を地面へと捨てる。そして、ヨハネへとカウンター決めた刀をもう一本、コートの内から取り出し、逆手で両手に刀を握る。


 ラルフさん、ありがとう。貴方のその踏ん張りが最高の溜めになる。ハイト、頼んだ。お前の一撃を、お前の思う最高のタイミングで打ち込んでくれ。


 そして、ラルフがヨハネに押し切られそうになった時、その最高のタイミングは訪れる。


 ハイトがライフルから打ち出した弾丸はヨハネの脳天への軌道に乗る。だが、ハイトは確かに目撃した。引き金を引いた瞬間にヨハネがこちらを見たことを。ヨハネは軽々と頭を傾け、嘲笑うかのように弾丸を避けた。


『こそこそしていたけれど、バレバレだよ』


 ――――――――いや、その一撃は決まっても、決まらなくてもいい。コイツの視線を一瞬でも私から離すことができれば何でもいい。


 ナターシャはすぐさまラルフの背後から、ヨハネの視覚外へと回り込み、止まることなく頭へと刀を振り入れる。その一撃が、ヨハネの一瞬の油断を貫いた。


 致命傷を与えられればなんて甘い考えは捨てろ。ここで殺すんだ。これ以上コイツが脅威にならないうちに殺すんだ。仲間の皆や都市の民たち、そしてお姉ちゃんを守るためにヨハネ、お前はここで死ね――――


 ヨハネの血が溢れ、飛び散らされる。抉り取るようにナターシャは握った刀でヨハネの脳を掻き回した。ナターシャは全神経をヨハネを殺すために注いだ。


 それが、に用意された空虚な弱点であることも知らずに――――


『そこに脳はないよ……!!!移動させた………から………ね!!!!』


 気づいた時には、ナターシャは横腹を抉られた状態で吹き飛ばされていた。飛ばされた先で、消えかけの意識の中で確認できたのは、背中から無数の蛇と鉤爪が入り乱れるヨハネの姿だった。その姿は正に変幻自在と呼ぶに相応しいものであった。


 これは、「ここで殺す」というナターシャのと、頭に脳が詰まっているという誰も疑いようもないを利用した、人間では再現不可能な極上のカウンターであったのだ。


「後出しじゃんけんにも程が……ある………でしょ………くそ………が――――」


 ラルフさんの姿が近くに見えない。私と同様に吹き飛ばされたのか。ハイトの奴は逃げれたのかな。クソ………こんなところで屁ばってる場合じゃない………。


「この……まま……だと…おねえ…ちゃんが………危ない……――――」


『大丈夫ですよ……!貴方のお姉さんになら今から会いに行きます……!」


 声の主は言わずもがなヨハネであった。先ほどまでとは打って変わって、背中から伸びた蛇と鉤爪は姿を消し、最初にローズの目の前に現れた姿へと戻っていた。また、頭に刻み込んだ傷は何事もなかったかのように塞がってしまっていた。


「おま…え……お…ねえちゃ…んに手を……出すな!!」


『安心してください!僕は貴方のお姉さんを殺したりはしません…!こう見えて僕も貴方から致命傷とも言えるダメージを受けました。だから一旦、この都市から身を退きます!でも、一つ残しておかなくてはならない伝言がありますので貴方のお姉さんに会いに行くのです!』


「お前がお姉ちゃん…に近づくな………化け物が………伝言なら私に伝えていけ――――」


『伝えたとしても貴方はその傷です。生きれるとは思えません』


「おま…えの……あん…なデタラメな…カウンターで誰が死ぬか……!」


『………いいでしょう。貴方には先ほどの戦いで僕を成長させてくれた借りがあります!貴方に今から伝言を伝えます!必ずこれを、これから帰還するであろうへ伝えてください!』


 それからヨハネが語った伝言はこうである。


 今日から五十日後の正午にヨハネ率いる被疫獣トキシッドは総戦力を用いて、この都市に戦いを仕掛ける。それにあたって、二つの条件が提示された。


・この都市の地底深くに大蛇を数十匹配置した。この大蛇たちはヨハネがどの場所からでも操作可能であり、動き出せばこの都市を一気に崩落させることができる。決戦当日までにヨハネへと攻撃を仕掛ける、または民たちを都市の外へと逃がした瞬間にこの大蛇を動かし都市を崩落させる


・決戦当日、クロムのみ都市の外に出て戦うこと


 これを伝え終えると、ヨハネは何所かへと消え去っていってしまった。悪夢が過ぎ去ったかのように曇っていた空から光が漏れ出す。ナターシャは残された力を使い、救援弾で煙を上げ、眠りの中に落ちた。

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