Episode26:磨かれたセンス
アーシャとナターシャは実の姉妹である。二人とも実の両親の記憶は一切無かった。物心ついたころから、このルピナリアの魔の手が蔓延る地獄のような世界を二人だけで生きてきた。だが、それは子供二人にとっては過酷を極めた生活であった。後にクロムたちと出会うまでの生活を、彼女ら二人は地獄だったと語る。
だからこそ、この二人の間にはある特別な感情が生まれた。アーシャはナターシャに対して、自分がこの子の母親の代わりのように振舞わなくてはと感じていた。一方、ナターシャはアーシャに対して、年を重ねるごとに愛の重みが最大級に増し、自分の思考の中心にアーシャを置く、言ってしまえば重度のシスコンとなっていた。
そして、今、この目の前の謎の存在に対して臆することなく、立ち向かうことができているのも、背後に居る姉を守るためである。
「ナターシャ、逃げて!そいつは絶対やばい――――」
「大丈夫だよお姉ちゃん。私がお姉ちゃんを守る。お姉ちゃんを完全に守り切るまでは、私は絶対に死なない……いや、死ねない」
黒いロングコートに身を包み、黒い長髪を靡かせながら、ナターシャは冷静に謎の存在との間合いを見極める。そして、何時でも握られた大鎌で切り裂けるように構えた。その構えを見た謎の存在は、その構えに込められた意図にすぐさま気が付いた。
『なるほど……僕を殺しに来るのではなく、僕を絶対に後ろのアーシャに近づけないように迎撃するための構えか……オモシロいね!』
緊張が張り詰めながら、地面が大きく揺れ続ける空間に三者は一歩も動けなかった。心配そうに見つめるアーシャの視線を背後に感じながらも、ナターシャの視線は謎の存在から離れることはなかった。
「お姉ちゃん、ローズさんの所行ってあげて。遠くから見えた限り、ローズさんは重症。お姉ちゃんじゃないと治せない」
「それでも、ナターシャを一人置いてなんかいけない!!」
「お姉ちゃん……今は緊急事態なんだよ。お姉ちゃんが死んじゃったりしたら、今も起き続けてる大地震で大怪我を負った人たちや、ローズさんの治療はどうするの?お姉ちゃんは今、生きなくちゃいけないの。だから早くローズさんの元へ」
ナターシャの言葉を受け、アーシャは歯を食いしばりながら、自分が背負う人々の命を救うため、再び足を動かした。アーシャが離れていくのがナターシャには足音を返して分かった。
「こんな言い方になっちゃってごめんね、お姉ちゃん。でも、今みたいに人の命を賭け合いに出さなきゃ、お姉ちゃんはここに残るって絶対言ってたから………」
『もう終わったかい?姉妹の最期の会話は』
謎の存在の言葉を聞いて、ナターシャは静かにため息をついた。
「お前がここに現れたタイミングは、ハッキリ言って良すぎる。このタイミングを狙ったと考えれば、一つの答えが導かれる。お前はクロムさんやシュリファさんたちには勝てない」
『それが事実だったとして、どうなると言うんだい?』
「まだ、勝算はあるって話――――」
大きく踏み出した一歩目は、両者の射程距離を満たすほどに近づかせる。揺れている大地は自分が今もこの場に立てているのかも分からなくなるほどのものであったが、両者共にそれをものともしない正確かつ素早い動きが見えた。
鋭い鉤爪と身の丈以上の大鎌は一撃でも食らえば、どちらも致命傷に値する。そんな一つのミスが命に直結するというのに、ナターシャは鉤爪を確実に弾きながら、謎の存在は大鎌を確実に受け流しながら、自らの決定打を打ち込み続ける。そしてまた、最初の間合いと同様の距離感が開いた瞬間、その事象は起きた。いや、起きたというよりも、止まったのだ。
「揺れが止まった……?」
『残念ながら……僕の第一目標は果たされたみたいだよ!!』
「果たされた…ね。それはお前がここから生き延びて帰れたらの話でしょ?」
『ああ!だから伝言役を一人残して他を皆殺しにしようと思ってね!』
揺れ治った大地を再び揺らすほどの踏み込みで謎の存在はナターシャとの距離をゼロ距離までに近づける。そう、ゼロ距離までに。それが人を寄せ付けない冷たい刃の大鎌にもある決定的な弱点である、懐に入り込まれた際の武器保持者の無防備さを突く。
先までのスピードであれば、ナターシャが懐への侵入を許すことはなかった。だが、この土壇場で謎の存在はギアを上げ、トップスピードを引き出したのだ。
大量の血が無慈悲に宙を舞う。その傷は腹から肩の部分までに侵食する。
そして、謎の存在は生まれて初めて体感した。自分の身を極限まで危険に晒して行われる、極上のカウンター。
「鎌の弱点を克服してないとでも思ったの?」
『どこから――――その……刀を……!!』
ナターシャの右手には大鎌、そして左手には先ほどまでは握られていなかった刀身が通常のものよりも短い刀があった。それは、鎌使いのナターシャにとって弱点である、懐に忍び込まれた際の対処に必要不可欠な武器なのである。武器の弱点を武器でカバーする。
ナターシャ・ロドルフという人間は
「カウンター食らうのは初めて?」
『あ…ああ!生まれて……初めてだ。これほどのダメージとは……』
「痛いでしょ?終わらせてあげる」
『いいや!!この痛みと経験が僕を強くする!!』
その発言と共に、広がり続ける傷口から突然、謎の存在と同様の黒く爛れた皮膚の大蛇が無数にナターシャ目掛けて一直線に伸びる。
「ナターシャちゃーん」
謎の存在の変形による困惑で足が止まってしまったナターシャへと放出された無数の蛇から守る形で、巨大な盾と強靭な肉体を持つ男が呼び声と共に現れる。
「あ、危なかった……。あ、ありがとうございます。ラルフさん」
ラルフ・シードルフ。身長が二メートルを超えており、重々しい巨大な盾を身に担ぎ、悠々とした見た目をしている。以前、強制収容所を襲撃した際に、マリアをこの都市へと担ぎ運んだ男である。
「危機一髪みたーいだね。間に合って良かったよー」
「よく私の場所が分かりましたね」
「アーシャちゃーんに言われたんだ、ナターシャちゃーんを助けてってねー」
「お姉ちゃんが……」
あれだけ自分の仕事を全うしてと言ったのに、あの人はいつも私の心配をしてる。昔から変わらないな――――――――
「ああ!やっぱりお姉ちゃん大好きだぁ!」
「ナターシャちゃーんが相変わらず元気そうでよかったよー。あっ、言い忘れてたけど、ここに来たのは俺だけじゃあないよー。ハイトくーんの奴もあの化け物を俺たちと挟む感じで位置取ってる」
「戦力になりそうな人間は全員揃った感じですか。それじゃあ、行きましょうか――――化け物退治」
風に
一方、謎の存在は自分から解き放たれた黒蛇を体内へと戻し、元の見た目へとゆっくり変形していく。先の戦いで受けたナターシャからのカウンターの傷は、完全ではないが塞がりを見せていた。そんな中、謎の存在は都市に響き渡るほどの笑い声を見せた。
『あはははははっはは!!ナターシャ!!キミのお陰で僕は自分を掴めた気がするよ!!ありがとう!!キミには敬意を払って、僕の名を名乗らせてもらおう――――――――僕の名前はヨハネ、キミたち人間が狩り続けてきた
「自分探ししたところ申し訳ないけど、ここでお前は殺させてもらう。そして、すぐにお前の名前も忘れる」
第二ラウンドのゴングが生態系全体に鳴り響く――――
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