disc⑩『音楽魔法の可能性』

 アカリは肩で息をしながら、辺りを見回した。観客達が、ケットシーが、展開した火の魔法が、刻んでいたビートが、時間の全てが静止している。奥の手か何かだろうと、彼女は前を向くが、対戦相手のマワリはステージ後方を怯えた目で見つめていた。


……何故、今——」


 この異様な空間の中で、身体の自由が許されているのはアカリ、クモリ、マワリ。その三人を対象に選び、全ての時間を停止させたのは、DJカラクサだった。


「お前、どういう、つもりだ」


 息を呑んだクモリが、隣から恐る恐る話しかけた。カラクサは、ビートを再生させていたレコードを指で押さえる事で、この時間停止を可能としているようだ。状況が理解できない兄妹の前で、焦ったマワリが、何かを主張する。


「カラクサ様! あと少し……あと少しで、この女を追い詰められますからッ! 僕の実力を信じて下さ——ッ」


「うるさいよ」


 ヒッ……と、誰もが後退りするような高圧的な声が、感嘆詞しか話さなかった男の口から発せられる。盛り上がっていた所で、突然音楽を止められる困惑に全員が飲み込まれている中で、カラクサはニッコリと話し始めた。


「音楽魔法の可能性は凄いよね」


 その一言で、アカリとクモリは目を合わせた。カラクサの意図が全く掴めず、世界の時間停止も相まって、不気味さが増していく。


「聞きなれない、馴染みの無い……それにも関わらず、聴いた者全てに、中毒性の高い快感を与える。『脳力のうりょく』で、魔法の性質が決まるこの世界において——最も、発展に期待が持てる分野だと思わない?」


「何言ってんのか、わかんねーんだよ……」


「君の魔法と即興力は、素晴らしいものだったよMCアカリ。whetherzだけが独占していた『詠唱ラップ』が、どんなものか……間近に感じてみたかった」


「だから、テメェは何が目的なんだよッ!」


 アカリは残った気力を全て注いで、カラクサに言葉をぶつける。何もかもが唐突で、混乱しか招かない状況の中、マワリは視線でカラクサに詰め寄った。


「カラクサ様のお手を、煩わせるまでもありません! 僕はこの日まで、whetherzが構築してきたラップ・ミュージックの事だけを考えてきました。高度な韻踏み、相手を捩じ伏せるアンサー……お望み通り、を——ッ」


「MPも底をつき、歓声も奪われた。このまま続けても、『完璧』が崩れていく。そんなものを見たくないから、止めたんだ」


「待って下さい! 僕に……、僕にチャンスを!」


 マワリの上位互換とも言える魔法を展開し続けながら、カラクサは落ち着いた口調で話していく。状況についていけない兄妹は、それを黙って聞くことしかできない。


「DJクモリ、MCアカリ。もう、は始まってる。これから、たくさんの音楽家コンポーザーが、この闘技場ハコと、起源ルーツを奪いに、バトルを仕掛けてくるよ」


「よく分からないが、どっちも、譲らない」


「……ああ、陰気アニキの言う通りさ。ここが俺らの仕事場クラブなんだよ。客も闘技場ハコもパクる奴は、全員ぶっ潰す!」


「素晴らしい、プロ意識だ。『無血』の音楽業界ビジネスは……これだから、面白い」


 カラクサは、ワクワクした表情で左手をマワリに向けると、衝撃の強い超音波を発した。まともに食らったマワリは、高所から転落したように身体がドクンッと脈打つ。


「その天下……いつまで、もつかな——?」


 クモリとアカリが驚く中で、カラクサは右手をレコードからスッと離すと、音楽が再生されて止まっていた時間も動き出す。それと同時にステージの水晶がパリンッと割れ、音と共に兄妹の意識も現実に戻ってくる。


「わああ! アカリさんの勝ちだぁああ!」

「ヤヤーッ! ひえぇ〜ッ」


 ケットシーの元気な声と、感嘆詞を発するカラクサの声と共に、勝者決定の瞬間を見た観客達の歓声が、ワアァアァ——ッッと一斉に上がる。静かで、不気味な世界に先程までいたクモリとアカリは、困惑が抜けきれないが、会場が震える程の盛り上がりで、次第に通常営業に戻っていく。


「僕の、負け……です」


 アカリの対戦相手だったマワリは、へなっ、と尻餅をついて敗北を全身に感じる。しかし、彼を絶望させるのは、何か別の——圧力からくるものが大きい。


「おッおい、アカリ……、お前の勝ちだぞ」


「へ……ッあ、ああ……そうか」


 魔法で全身から吹き出していた炎を引っ込めて、アカリは勝利を再認識する。何か、大きな事がこれから起ころうとしている不穏が背中にまとわり付くが、今は盛り上げてくれている観客を優先する。


「ヤヤ——ッ! 見たか、雑魚共! これが絶対王者、whetherzの音楽だァ——ッ!」


 イェエェエェェェイと、全てを吹き飛ばす大歓声が炸裂する。右手を高々と上げるアカリの元に、クモリが駆け寄ってガッと肩を組んだ。


「……何があっても、whetherzのやる事、変わらない」


「……ああ。これからも、俺らが最強の音楽エンタメ張るだけの、話だな!」


「とにかく、よくやった、すげえラップだった」


「へへ、陰気アニキと、ご先祖様が、歌詞をたくさん聴かせてくれたお陰さ。まあ、99%は俺の実力だけどな!」


 兄妹は、観客達の拍手喝采を浴びながら、揺るがないユニットの結束力と実力を証明した。このファンタジーの世界を賑わせるEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)、この闘技場はこを守ってきたwhetherzの原点音楽。


 勝利の歓声と共に、観客を唸らせる音楽の新時代が、世界を変える楽曲の祭典フェスが、幕を開ける——。

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異世界DJバトル!〜詠唱ラップと盾スクラッチで闘技場(ハコ)をブチアゲろ!〜 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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