disc⑨『オーディエンス』

 アカリの掛け声と共に、DJカラクサはデュクデュクとスクラッチを刻んでから、試合の土台となるビートを再生させた。ステージの中心には面と向かい合う、魔導士のアカリと吟遊詩人のマワリ。


 8小節1ターンのラップバトル、まずはアカリが一歩前に出て、指差し煽りをしながら歌い始める。


「YAYA。かかってこい。この俺と、ラップ? オーケー、なら丁重に! テメェの頭の?」


『ご丁寧にどうも、にこうも、言われる訳には、いかない。前にからは


 ワアァアアと歓声と共に、観客から拍手が上がる。アカリは気持ち良い『脚韻』で攻めに攻め、後攻のマワリは、『語感踏み』と巧みな『頭韻』でアンサーを返す。最初のターンから、お互い直球パンチラインの煽り合いで客を楽しませていく。


「YO! 調子に乗るなよ、。俺は好き嫌いは、何度だって。その度に、美人に!」


『それは。思わず。ボクの服はだよ。姿なら、僕の方がの見た目は、



「オイオイ、さんのが炸裂じゃん。お漏らしするなら、履けよ。にカッコつけても。浴びせてやるのは


が、。だから、は受け付けてません。は、週明けからどうぞ。今、君の? ?』


 やはり、時間魔法で考える猶予がある分、最初から最後まで韻の踏み方はマワリの方が圧倒的で、アカリはなんとか、ギリギリ食らい付いている状態だった。フロウは場数を踏んでいるアカリが有利、アンサーは接戦だ。


 ここまでターンを重ねて、ステージにある水晶のひび割れは、観客の歓声によって少しずつ進行していく。高度な韻を踏んでくるマワリとの煽り合いを続けたら、いつか躓くと咄嗟に判断したアカリは、詠唱をラップに混ぜ込む事を決意する。


「ヘイ、YAYA。。そんな野郎に、一発くれてやるぜ。【我が声に答えよ岩石。内に秘めたで、厄を今、砕くべし!】 いきなりぶちかます、これが、俺の


 アカリの詠唱で魔法が発動し、ステージの石材から、ジャキッと伸びた黒い槍が何本もマワリに迫った。喉元に突き付けた所で、止まるが突然の直接攻撃に、流石の彼も動揺した。しかし、それも時空間魔法で、リセット出来てしまう。


「これが、君? で、心も。僕も、君の声に答えるよ。? なら!」


 しかし、彼のみに許される時間の猶予で、完成させてくるハイレベルな韻踏み。観客達はイケメンから放たれる『綺麗で汚い言葉』のギャップの虜になっていき、アカリの歓声が次第に奪われていく。


 観客の前で、無様な姿は見せられない。この闘技場ハコの為に、負ける訳にはいかない。whetherz、第十四代目MCとしての意地が、兄と積み上げてきた経験則が、彼女のラップを研ぎ澄ます。


? 逆にテメェの泡事にするぜ。【火の精霊よ、我に集え! 阻むもの全てを焼き尽くす、灼熱のを!】 ここは、whetherzの、邪魔者は失せろって事!」


 アカリの赤毛からボゥと炎が上がり、全身から火がメラメラ噴き出す。客の注目を集める事と、マワリに隙を見せない為の守護魔法。この炎によるダメージは無いが、相手を驚かせるには、有効に働く。


『これが君の魔法? 僕をビビらせる? 君の弱点の。本音を言うと、いじわるのって事!』


「戦ってんのは、俺だけじゃねぇ、俺にはがいる。いつも! ちなみにテメェは、バイ!」


 脚韻の連続で、マワリに畳み掛けるアカリ。今のラップは、主導権を握り返すには効果的だった。奪われた歓声を取り戻し、観客達を味方につける。勝敗を決める水晶のヒビは全体に広がり、両者いつ割れても、おかしくない。


『僕はされても、君にする。この勝負、譲る訳にはいかない。君らは、僕らは。いつまで続けるのさ……、このバトル……?』


「おう、負ける気がしねえ。何故なら、俺らの! これが強さの、これは……、俺らの勝利示す……ッ」


 永遠に続きそうなラップバトルだが、両者共に疲れが見えてきた。互いに魔法を展開し続けている事と、即興のアンサーと韻踏みで、頭をフル回転している為に、MPマインドポイントが消費されていく。その反動作用で、脳機能が低下しているのだ。


『なあ、その粘り強さ……まるで、はぁ……僕らは、君らの闘技場ハコを奪う、音楽魔法の……、はぁ……それで僕らが、時代の、……ッ』


「ヤヤー……、おう、全盛期は、俺らのもんだ。……無自、対、勝ち、テメェは、この後、敗北で、恥を……ッ」


 お互いうつろな目でビートに合わせながら、ラップを歌う。至近距離でバトルをするアカリとクモリは、相手の気力が限界を迎えている事を分かりながらも、勝利に執着する。観客達や、DJ達が倒れそうになっている二人に気付こうとした、その時。


 デュンッ——と、音楽が止まった。

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