disc⑧『詠唱ラップバトル』

 遂に迎えた新人ルーキー王者トップとの対決。熱狂的な前半戦を終えてもなお、その歓声の勢いが落ちる事はない。


「ヤヤーッ! 雑魚共——ッ! 体力、満タンにしてきたか——ッ! 後半戦、ラップバトルの幕開けだぁぁああッ!」


 拡声の魔法陣を通じても、音割れする程の大声を上げながら、アカリがステージの壇上に上がった。接戦のDJバトルを堪能した観客達の期待値は最高潮に達している。次のラップバトルでは、口喧嘩とも言える対決になってくるので先程の技術勝負とは違う、人間同士のガチな争いを見る事ができるだろう。


「ンなわけで! 説明不要のMCアカリにぃ〜喧嘩ふっかけたゲストを紹介するぜ! 新時代の吟遊詩人ユニット、カラ+マワリ——ッ! カモォン!」


 アカリが呼び出すと、ステージの左右からDJカラクサと、MCマワリが素敵な笑顔で、控えめに手を振りながら姿を現した。きゃあああと、女性ファンからの熱い声援が大きく目立つ。


「ヤヤーッ! イケメンの登場だぁ! 後半戦は、MCアカリと、MCマワリによる〜、ガチンコラップバトルだぁッ!」


 イエェアアァと歓声が上がる中、カラクサは、ステージの隅に控えていたクモリとケットシーと共に、機材の調整に入る。各DJ達は、音響関係の裏方役者で、次の対決の挑戦者となるMCマワリは、ステージの中心に立った。


「ではッ! MCマワリ殿、意気込みを聞かせてくれや!」


「こうしてアカリちゃんと、直に戦えるなんて感激だ。精一杯頑張るよ」


 マワリがニコッと握手を求めてきたので、アカリは腰辺りでゴシゴシ両手を拭った後に、多少嫌そうな顔で右手を握り返す。


「……?」


 握手をした瞬間、アカリに違和感が駆け巡る。目や耳で周りを確認すると、観客の声と、ステージにいるDJ達の動きが0.25倍速程度、遅れていた。何故そうなっているのか、アカリは鼻でふんと納得する。


「へー。キレイキレイな顔して、きったねぇ手ェ使うのな」


「理解が早くて助かるよ、アカリちゃん」


 マワリは笑顔と握手を解かないまま、左手をアカリの顎下に添えて、クイッと上げる。観客やDJ達は時空が捻じ曲がっている事に、誰も気付いていない。


「色々制約があるけど、実質20秒くらいは時間を止められる。君のラップに対抗する言葉を考えるには、十分さ」


「ズルしねぇと、素人に勝てねぇのかよ。ダサすぎじゃね?」


「いいや。ボクは、完膚無きまでに君を言い負かしたいんだよ」


 アカリの煽り顔に対して、マワリはグイッと笑顔で迫った。お互いの息がかかるほどの距離で、彼は女性を見下す男の視線を淫らに晒した。


「ボクの手で、君をメス堕ちさせてあげる」

「なら、ちょうどよかったぜ」


 ペッッとアカリは、マワリの頬に唾を吐きかけた。綺麗な顔に対して、侮辱的な返しをされて端正な顔立ちが怒りで静かに歪む。


「今さっき、心にメス小刀を入れてきた」

「その心、ズタズタにしてあげるよ……」


 そこで握手が解かれ、周りの時間が追い付いてきた。観客達も、DJ三人も、ステージでMC達に何が起こったか誰も知らない。マワリが頬を拭う前で、アカリは自分の役割である司会を進行していく。


「早速、雑魚共に『ラップバトル』のルール説明をすっぜ! ルールは簡単、ステージにあるこの魔法石は、観客の歓声とMCの物怖じや怒りに反応して、ヒビが入っていく。ラップで煽りまくって、先に相手の石をぶっ壊した方が勝ちだァ!」


 アカリが手で示したのは、ステージに設置してある水晶玉の様な石。先程のDJバトルと同様、ステージギミックを活かした戦いとなる。


「更に、特別ルールの追加じゃあッ! 観客達オーディエンスに分かる範囲の『詠唱ラップ』もバリバリオッケーとするぜ!」


 ワアァアアと歓声が上がるが、ステージにいるDJ達はどよめく。そんなルールは、当初から予定に無かったのだろう。そっちがその気なら、こっちも好き勝手やらせてもらうという、アカリなりの返しだろうか。マワリは唾を全て拭き取ると、冷静に答えた


「詠唱ラップは、DJのかける? 相手に怪我させちゃあ、ダメじゃなーい?」


「怪我させなきゃいーんだよ。なぁ?」


 アカリのイラつく上目遣いに、マワリの笑顔が崩れそうになる。正々堂々魔法でぶつかる姿勢に、不正の魔法で勝とうとする一面をなんとか包み隠しながら、渋々納得した。


「分かった。承認しよう」


「じゃあいくぜ、恨みっこなしのラストバトルだぁーッ! 8小節を刻むビートを決めるぜ、まずはDJカラクサよろしくッ!」


「ヤヤーッ! わぁいッ!」


 アカリの指示に、カラクサはニコッと笑って音楽を再生させた。ノリノリにさせるスライドベースと、ズシリと来るキック音が、BPM140で流れる。口喧嘩に相応しい、犯罪的メロディーラインが特徴的な、ヒップホップの派生音楽である。


「ヘイヘイヘーッ! 次、クソ陰気アニキッ! ビートよろしくッ!」


「まあ、こっちは、起源ルーツだろ」


 次に、クモリが音楽を再生させた。ここは原点として、自由気ままなストリートギャングを想起させる、パンチが効いたBPM100のヒップホップミュージックを用意してきた。


「ヤヤーッ! ラップバトルに使うビートと、先攻はDJバトルの勝者、DJ KTCケットシーに決めてもらうぜェッ!」


「オッケー! じゃあ、使用ビートはコイントスで決めよう! 表が出たら、UKドリル。裏だったらヒップホップで!」


 チャリーンと、ケットシーは金貨をトスして、左手の甲で受け止めた。隠していた右手を広げると、金貨は表を示していた。


「ヤヤーッ! 使用ビートは、『UKドリル』に決定だーッ! よっしゃ、DJ KTCケットシー。先攻は、俺とマワリ、どちらにするッスか?」


「曲はカラ+マワリさんのだから、先攻はアカリさんからで!」


「オォオケェイ! これでバトルの準備は整ったァ! 泣いても笑ってもこれが最後だぁ、盛り上げる準備はいいか——ッ!」


 イエェェェエイッと大歓声が上がった。不正行為アリ、攻撃魔法アリ、なんでもアリのカオスなラップバトルが、この闘技場ハコを舞台にして、遂に開幕する。


「先攻、MCアカリ! 後攻MCマワリ! ガチンコラップバトル……レディ——……ファイッッ!」

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