第4話 新たな幕開け

 勇者が固い決意と共に第五王国フュンファーへ向けて街道を爆走している頃、魔王一行は第二王国ツヴァリエ行きの輸送船に便乗して外海そとうみの上にいた。

 冷たい風が甲板に吹き付けるが魔王はその程度ものともせずに上機嫌で波の高い海を眺めている。


「わたくしはてっきり第五王国フュンファーへ向かうのかと思っておりましたけれども」


昨夜ゆうべメッチャくちゃ葡萄酒飲みながら褒めまくってたじゃねーかよ」


 クラシックメイド姿のフェミニエルが小首を傾げるとミニスカメイド姿のヴァナヴェルヴィも腕を組んだまま繰り返し頷く。しかし魔王は愉快げに首を横に振った。


「もちろん葡萄酒は絶賛に値する味わいだったとも。だがそれとは別にあの乳酪が気に入ったのだ。あの店で魚と酒は本場の物を堪能させてもらった。ならば次はあの乳酪を求めねばなるまい?」


「乳酪も質は良いものを使っているでしょうけれども、魚や葡萄酒よりは【格】が落ちるとお考えだったのでございますね」


「まーなんでも好きなとこ行きゃいいだろうけどよぉ。テメェはホンットちゃらんぽらんだな」


「おっと、【格】の話はその通りだが決してちゃらんぽらんに行き先を決めたわけではないよ。ちゃんと別の理由もある」


 メイドふたりが怪訝な表情で首を傾げる。


「領収書を見た勇者は店の者や客から情報収集をして、フェミニエルが思ったように私が第五王国フュンファーへ向かったと考えるだろうね。まさか逆に向かっているとは欠片ほども思うまい」


「なるほど、攪乱でございますね」


「ちったぁ考えてたんだな」


「もちろんだとも。こう見えても魔族の長、魔王だからね。不眠不休でいくら走っても息ひとつ切らさないような怪物と馬鹿正直に鬼ごっこをするほど愚かではないつもりだよ。いやはや、やはり勇者とは恐ろしい」


 言葉とは裏腹に穏やかな表情で山高帽子を押さえながら冷たい海風に身を晒す。


「ともあれ折角の旅行だ。のんびり楽しもうじゃないか」


「さようでございますね」


「無銭飲食の旅だけどな!」


 かくして魔族と人界じんかいの戦いは「魔王と勇者、両勢力のトップによる逃亡と追撃」という形へ移行したのである。

 それ以来魔王不在の魔王軍が円環大陸へ出撃することはなく、勇者なしに敢えて魔王城へ挑もうという者も現れず、世界はなし崩し的に一時の平和を享受するのだった。

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魔王は逃げ出した! あんころまっくす @ancoro_max

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