2.サリ

 「忘れられた城」というだけあって、そこはかなり昔に放棄されたらしい。朽ちかけた扉には当然鍵もかかっておらず、俺たちは簡単に中へ入った。

「やだ、変な感じだなー。早く願いを叶えてもらって帰ろうよ」

 魔法の灯りで周囲を照らしながらヴレリが言う。その軽口を止める気にならないほど、城内には奇妙な気配が漂っていた。

「見て、あれ」

 ヴレリの視線の向こうに地下へと続く階段がある。階段の上の壁に、聖典と同じ古代文字の文が刻まれていた。

「『この先に楽園あり』って書いてあるよ」

 素早く読み取ったヴレリが私を見る。

「行こう」

 俺は先に立って階段へ向かった。


 階段は何度も折り返し、地下深くへと降っていた。進むにつれて、城に入った時に感じた気配が、強い違和感となって心の中に広がり始めた。

「ねえ、ここおかしくない?」

 十数回目の踊り場で、ヴレリが俺のマントを引っ張った。

「何だろう、はっきり言葉にできないんだけど」

 俺はうなずいた。

「ああ、俺も感じてる。楽園ってやつが近いのかもしれない」

「楽園、ね。本当に楽園ならいいんだけど」

「なら引き返すか」

「ここまで来てその手はないでしょ」

 そう言って踊り場から下をのぞいたヴレリの体がぴたりと止まった。

「どうした?」

 ヴレリの後ろから見下ろす。

 階段を降りた先に扉があった。違和感の正体がそれだと、何故か俺は確信した。

 用心して剣を構えつつ階段を下る。

「開けるぞ」

 鍵はかかっていないようだ。

「待って、私も」

 俺たちは二人で扉を押した。


 かちり、と頭の中で何かが切り替わった。


「何、今の⁉︎」

 叫んだヴレリを抱き寄せ、俺は剣を構え直した。だが何も起こらない。

 しばらく息を殺して待ったが、変化はなかった。

「進むぞ。明かりを頼む」

 ヴレリはうなずくと、魔法で開いた扉の向こうを照らした。石でできた祭壇のようなものがあり、その上に一冊の書物が置かれていた。

「嘘でしょ」

 ヴレリが息を飲んだ。

「聖典だわ。私たち見つけちゃったのよ、第十三番聖典を」


「今でも信じられないな、聖典を発見したなんて」

 ヴレリがにこっと笑った。その表情は俺にとって聖典よりもっと大切なのだが、それを口に出すのはこわくてまだ伝えられてない。

「本当に願いごとが叶うなら、ヴレリは何を望む?」

 俺が尋ねると、ヴレリは笑ったままで答えた。

「さあねー、何だろうねー。もしかしてサリと同じかもね」

「何だそりゃ」

 俺は苦笑する。と、ヴレリは急に真顔に戻って聞いた。

「それで、サリの望みは何?」

 俺はうつむいた。

「叶ってからのお楽しみ、かな」


 俺の望みは、今までと同じように、これからもずっとヴレリと旅を続けたいということだ。

 こっちを見上げるヴレリの顔を見て、ひょっとすると俺たちの願いは既に叶っているのかもしれないと、ふと思った。

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果てしない願い 小此木センウ @KP20k

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