第41話 青い少年は最初で最後の恋をした
「ほんっとごめん……、」
タケルがオーブンを見つめながら、ごめんを連発している。
「もういいってば。気にしないで」
私はそのたびにそう言うのだが、タケルの落ち込みは相当なものだ。
「せっかくの楽しいクリスマスが……、」
「ちゃんと楽しいから大丈夫だってば。大和君の家が宇宙船じゃないってこともわかったし、お兄さんも青いってわかったし、」
「ちょっ、有野さん、見えたのっ?」
うなだれていたタケルがバッと顔を上げる。
「え? うん、見えたよ」
「マジかぁ……。それ、兄貴には絶対言っちゃダメだからね」
「え? なんで?」
「隙を! 与えない! ためですっ!」
タケルが私を後ろからぎゅっとした。
チーン
ピザが美味しそうな匂いを立てて焼きあがった。簡単なサラダと、スープ、チキンを用意して、パーティーを始める。アルコールは飲めないから、炭酸で乾杯。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
二人で熱々のピザを頬張る。上の階から聞こえてくるガタガタいう音は心の中でスルー。
「うん、美味しい!」
口いっぱいにピザを頬張り、タケル。
「有野さん、去年はどうしてたの?」
「どうもしてないよ。家にいたと思う。そういう大和君こそ、毎年どうしてたの?」
小さい頃のクリスマスは子供にとって一大イベントだったと思うのだが。
「小学校低学年くらいまでは、冬休み中長野の実家に預けられてたな。それ以降はまぁ、友達とか、かの……、友達と」
今。
彼女、って言おうとした。
私は無意識のうちにもやっとして眉間に皺を寄せていた……みたいだ。
「そんな顔されると興奮しちゃうんだけど」
「はっ?」
タケルが手にしていたピザを皿に戻し、にじり寄ってくる。
「今、やきもち焼いたよね?」
「やっ、焼いてないもん」
「嘘。俺が『彼女』って言おうとしたの気付いてやきもち焼いたでしょ?」
「知らないっ」
そっぽを向く私の首に手を回す。片手で髪をかき上げ、首元にキスを。そしてそのまま、吸われた。
「やっ、なにして、」
「印、付けてるの」
ふぇぇぇ、これが世に言うキスマークってやつですかぁぁ! 初めてのことで知らなかったけど、キスマーク付けるのって、なんか、えっちぃ!
私、恥ずかしくて顔を隠す。
顔を覆っている手を無理矢理剥がされ、じっと見つめられる。心臓の音が煩くて口から出そう。
「こっち見て」
タケルが、視線を外した私にそう言った。
「イマ、ムリ」
カタコトになる私に、タケルは容赦ない。
「無理じゃない。ちゃんと俺見て」
ひぇぇぇ、
「昔のことを誤魔化すつもりも、なかったことにするつもりもない。でも、今と、これからは有野さんだけだから。それだけは信じてくれる?」
私は小さく頷いた。
「こんな風にやきもち焼いてくれる有野さんも可愛くて好きだけどね」
にっこり、笑う。
うう、違うもんっ。やきもちなんかっ。
「……そろそろケーキも出そうか?」
「うん」
二人で台所に入る。私はコーヒーを入れ、タケルはケーキを出した。ホールケーキ、さすがに半分ずつでは多すぎるので1/4にカットする。皿に乗せ、運ぶ。ちゃんとクリスマスっぽい!
「ねぇ、プレゼント交換もしよう?」
私は鞄の中から包みを出した。
「あ、うん。ちょっと取ってくる!」
タケルはそう言うと階段を登って二階へと向かった。すれ違うかのように二階にいた二人が降りてくる。どうやら出掛けるらしい。
「凪人、急いでよぉ。パーティー始まっちゃうからっ」
奈々が急かすように先を歩く。凪人は面倒くさそうにあとに続いていた。
「へいへい、わかりました、っと。あ、お嬢ちゃん、俺たちもう出るから、ゆっくり楽しんでって。さっきのあれ、使ってさ!」
私はムッとして思わず言い返してしまう。
「私たちのことはお気になさらず、どうぞ楽しいクリスマスを!」
凪人の頭のアンテナを見る。
まったく。同じ色で同じ触角付けてても性格は違うもんなのねっ。って、地球人だって同じか。
「あら、怒られちゃったわね」
ふふ、と奈々が大人の余裕で笑った。
「……ねぇ、君ってさ」
凪人が一瞬真面目な顔で私を見る。
「さっ、行こう、凪人!」
しかし、奈々に引っ張られるように玄関へ。私も一応お見送りをしに玄関まで向かう。二階からタケルも降りてきた。
「じゃあね、弟君」
奈々がタケルに投げキッスをし、凪人の腕を掴む。
「行くよ!」
「お、おう」
引きずられるようにして、玄関を出る。
タケルは急いでドアを閉め、鍵をかけ、チェーンを嵌めた。
「ったく、お騒がせなっ」
「ふふ、似てない兄弟ね」
タケルが兄に会わせたくないと言っていたのも頷ける。確かにあれは、チャラい。
「さ、気を取り直してケーキ食べようか」
「うん」
それから二人でケーキを食べ、プレゼントを交換した。なんてことない、普通のホームパーティーだったが、好きな人と過ごすというのはこんなに楽しいものなのか。私は改めてそんなことを感じていた。
*****
夜も更けた。
私は布団に潜っていた。
ブブブブ、と携帯が揺れる。
「もしもし?」
『あ、有野さん?』
「うん」
『今日はありがとう』
「こちらこそ。楽しかったよ」
『明日はさ、水族館だからね』
「ふふ、わかってるってば」
『……こうしてさ』
「ん?」
『電話なんかじゃなく、隣で話したいよ』
「……いつか、ね」
『早く大人になりたいな』
「そう? 私はもう少し子供でいたいけどな」
『だって大人にならないと有野さんと一緒に暮らせないじゃん』
「もぅ!」
『……あの、さ』
「ん?」
『クリスマスプレゼントなんだけど…、』
「うん」
『もう一つ、欲しいものある』
「え? 何が欲しいの?」
『……志穂、って呼んでも……いい?』
私、一度ここで携帯を落とす。動揺しかない状態。
『もしもし?』
「あ、ごめ、あの、うん、……いいよ」
『ほんとっ? ありがと! 俺もタケルでいいよ』
「えええっ、あ、うん……、」
きっとお互い、顔が赤い。いや、あっちは青いんだけど。
『ねぇ、呼んでみてよ。名前』
「そんな急にはっ、」
『ねぇ、俺の名前呼んで。志穂…、』
ひゃぁぁぁ! なにこの破壊力!
「タケル……くん」
『ええ、君付けなの!?』
「呼び捨ては無理! また今度! もう切るねっ、また明日!」
プツ
勢い余って通話を終わらせてしまう。
すぐにブブ、と携帯が鳴る。
「も……もしもし」
『お休み、志穂。また明日ね』
甘く、囁くような声でそれだけ言うと、電話は切れる。
私は枕に顔を押し付け、声にならない声を上げていた。
甘い毎日は、まだ始まったばかりだ。
FIN~
青い少年は最初で最後の恋を知る にわ冬莉 @niwa-touri
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