第40話 クリスマス
私は緊張していた。
それはそうだ。初めて『彼氏の家』なるものに足を踏み入れるのだから。
「あの、お邪魔します……、」
タケルの家は、至って普通だった。住宅街からは少し離れた丘の上にあり、玄関にはクリスマスらしくリースが飾られている。
「どうぞ、上がって」
先に上がったタケルが触角をピコピコさせながら私を迎え入れた。
「有野さん、今何考えてるか当てていい?」
得意げな顔でタケル。
「え? 私? なに?」
「宇宙船に住んでるわけじゃないんだ、でしょ?」
なんで!!
「なんで? なんでわかったのっ?」
あまりにも図星だったので、焦る。もしかして、頭の中読んでたりするのっ?
「言っておくけどテレパスとかじゃないからね? もう、有野さんがなに考えてるかなんて簡単すぎてみんなわかっちゃうってだけ」
恥ずかしい……。
そういえばよくみずきや香苗にも言い当てられている。
「そんなにわかりやすいのかなぁ……、」
頬に手を当て、俯く。
「わかりやすいときと、まったくわかんない時があるけどね」
ふふ、とタケルが笑った。
居間に通される。シンプルだけどセンスのいい家具。大きなテレビと、ソファ。本当に、普通のお宅だ。
「実は地下とかに……、」
「秘密基地はないよ!」
「そっか」
ちょっぴりガッカリする。
「家ごと飛ぶとでも思った?」
「思った!」
ゴゴゴ、と地面が揺れて、ロケットみたいに発射するのかと……そうだよね。私が変だよね。
「まったく」
タケルがお茶を入れながら笑った。
「あ、ごめん、手伝う?」
私は台所へ入り、タケルに並ぶ。そんな私を見て、タケルがデレた。
「我が家で見る有野さんは最高だな」
「なっ、なにそれっ」
「有野さんが嫁になったら、毎日この光景が見られるってことでしょ? 天国じゃん」
「またそんなことをっ」
今度は私がデレる。
「お茶、運ぶから座って」
タケルに促され、ソファへ。
昼は外で済ませ、早々にタケルの家にやってきたのだ。夜はピザを焼き、ケーキを食べる算段。夕方、ケーキを取りに行くまでは特にやることもないから、とDVDを借りてきていた。
「どれ観る?」
私は、袋からDVDを出して、並べた。
「有野さんのお勧めでいいよ」
「じゃ、これかな」
私はデッキにDVDを差し込む。タケルがカーテンを引き、部屋の明かりを消した。ちょっとした、シアター気分だ。
「有野さん、ここ」
タケルが自分の膝の上をポンポン叩く。
「ええ……、」
さすがにそれは……恥ずかしいな…。
などと思っていると、テレビから甲高い女性の悲鳴が聞こえる。映画開始三十秒で、一人目が殺された。
ビクッとタケルの肩が震えた。
あれ? もしかして……。
「あ、有野さん、これって…?」
「ホラーだよ?」
「へ、へぇぇ、ホラーかぁ」
あ、怖いんだ。
私はタケルの『隣に』座る。画面には女性を殺した犯人が返り血を浴びたままアップで映し出されていた。そっとタケルを見ると、触角が小刻みに震えている。
「これじゃないのがいい?」
ちょっと可哀想になり、そう聞いてみるも、
「全然! 大丈夫!」
とのこと。
それなら、と見始めたのだが……、
「ひゃぁ!」
「うわっ」
「えええっ」
タケルはいつの間にか私を膝の上に乗せ、抱き枕状態で映画を満喫?していた。怖いシーンでは私を盾に画面を半分隠す。
「うわぁぁっ」
声を上げるほど怖いのに、しっかり画面に釘付けである。
私はちっとも映画に集中出来ず、タケルの反応を見て楽しんでいた。
ラストシーン、犯人のモノローグ。すべての罪を認め、死んでしまった愛する恋人の元へ旅立つシーン。残忍な行為の裏にある、やり切れない思いと彼女への愛に涙腺をやられる。二人で鼻をすすりながらエンディングを迎えた。
「切なかったねぇ」
ティッシュで涙を拭きながら、タケル。
「ごめんね、ホラー苦手だったんだね」
私も涙を拭きながら、言う。
「ううん、面白かったよ! 普段は観ないけど、たまにはいいもんだね」
強がりか本気かわからない話ではあるが。
時計を見ると、そろそろケーキを取りに行く時間だった。支度をして、坂下のケーキ屋さんへと向かう。タケルが予約していてくれたのだ。
外はすっかり暗くなっていた。空を見上げると、オリオン座が綺麗に見える。
「ねぇ、大和君の故郷って、どの辺?」
壮大な宇宙のどこかに……、
「長野」
……うん?
「……長……野?」
「そ。親は長野出身。有野さん、俺は確かに宇宙人なんだけど、遠い昔の祖先が地球に降り立ったのはもう数百年前だし、宇宙船なんかないし、生まれも育ちも地球だからね?」
長野……かぁ。
「なるほど」
私が思うほど宇宙は関係ないんだ。
「あ、ほら、あそこ」
ケーキ屋が見えた。
小さめのホールケーキはしっかりクリスマス仕様で、とても可愛らしかった。崩さないように、そっと持ち帰る。
「……あれ?」
タケルが異変に気付いた。
「なに?」
「電気、点いてる」
出掛けに消していったはずの家の明かりが灯っているのだ。
「誰か帰ってきたんじゃないの?」
「そんなわけない。親は二人とも地方だし」
二人ともイベントクリエイターだそうで、この時期は大体地方にいて戻ってくるようなことはないのだそう。
「もしかして、殺人鬼がっ」
タケルが私を背に庇った。
「そんなわけないじゃない。ご両親じゃないなら、お兄さんじゃない?」
「まさか!」
タケルが玄関の鍵を開ける。靴が二足。男物の革靴と、派手なヒール。
「……あいつっ」
タケルが肩を震わせた。乱暴に靴を脱ぐと、中へと入っていく。
「兄貴っ! なんで今日に限って、」
バン! と居間の扉を開くと、ソファで男女が乱れもつれ合っていた。
「あ、タケル?」
「やだっ! なにっ?」
女性が慌てて上半身を隠す。
「なんだよ、いたのかよ」
上半身裸のままソファから立ち上がると、頭を掻きながらダルそうに言った。
「お前、出掛けねぇの? イヴに家とか、ないだろ~?」
「あのなぁっ」
なんだか揉めている。私はそーっと居間を覗く。と、上半身裸な人と目が合ってしまった。うわぁ! やっぱり青いんだ!
「おっ? 女の子いるじゃん! なんだ、お前、女連れ込んでたのか!」
「ねぇ、凪人、どうなってるのよっ」
慌てて服を着た女性が割って入る。
「ああ、奈々悪ぃ。誰もいないと思ってたんだけど、これ、弟」
タケルを指す。
「ああ、噂の弟君なのね! 似てるわ~!」
奈々はタケルの前に立つと長い髪をかき上げてまじまじと顔を覗き込む。
「いいわね。いい素材だわ。明日、一緒に連れて行く?」
凪人に訊ねる。が、凪人は渋い顔をして断る。
「ダメダメ、俺一人で充分だろ?」
そう言って奈々の腰に手を回し、撫で回した。
「あら残念」
何の話をしているのか。
「なんで急に帰ってきたんだよ。俺、聞いてないけど?」
「ああ、言ってねぇもん。まさか女連れ込んでると思ってなかったしさぁ。悪かったな」
あまり反省している感じはない。
「こっち、柊奈々。この週末モデルのバイトでこっち帰ってきたんだ。で、そっちは?」
私を、見る。
「兄貴になんか紹介したくない」
タケルがフイッとそっぽを向く。
「なんだよ、可愛くないなぁ。お譲ちゃん、もしかしてタケルの彼女?」
私は小さく頷いた。
「ふぅん、タケル、こういうのが好みなのか」
ジロジロ見られる。値踏みされてる感じ。
「見るな!」
タケルが私を背に庇う。
「ほほぅ、随分本気っぽい反応だな」
ニヤ、と楽しそうに笑う。
「ま、いいや。俺たち上に行くから、お前ら、下な。二時間もすりゃ出るから、ちょっと待ってろよ」
そう言って奈々を二階に促す。
「あ、これあげる。メリークリスマス」
そう言って凪人が私の手に何かを握らせた。
それを見て、私は……多分相当変な顔をしたのだろう。凪人が笑い出した。
「ウブだねぇ~」
そのまま階段を上がって行ってしまった。
「有野さん、ほんっとごめん」
「あああああ、大和君、これっ」
私は、渡されたものをどうしていいかわからず思わずタケルにパスしてしまう。
受け取ったタケルは唇を噛み締めて、二階を睨んだ。
「あんっの、バカ兄貴~~!」
凪人が渡してきたのは、コンドームだった。
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