魔法に魅せられて

@tonari0407

あなたに魅せられて

 あるところに、幸せなお姫さまと騎士がおりました。

 お姫さまは、美しいガラス細工のように繊細せんさいで透き通った心の持ち主です。


 心配性の騎士はお姫さまを護衛ごえいしますが、

「もうっ! 私だってたまには一人になりたいわ」

 と逃亡されることもしばしば。


 その度に、騎士は顔を真っ青にして、大事な人を探すのです。その様子を見て嬉しそうに微笑ほほえんだあと、お姫さまはわざと騎士に見つかってあげるのでした。



「今日はね、王子さまが会いに来てくださったの。とても素敵だったわ。

 私が……王子さまと結婚しても、貴方あなたは変わらず私を守ってくれるかしら?」


「もちろん、お守りいたします。

 私は生涯しょうがい貴女あなたさまの側にお仕えし、この身をささげるとちかいましたから」


 幾度いくどとなく繰り返された会話のあと、ひとりぼっちの自室でお姫さまはため息をつき、騎士は一人寂しくお城を見上げるのでした。


 2人は愛し合っていたのです。



 城内の庭を散歩する際は、騎士はお姫さまの華奢きゃしゃな腕をそっと支えます。


 転ばないように。

 辛いことのないように。

 いつも笑っていられるように。


 庭園を歩く二人の姿は、城で働くメイド達や訪れた人々の目にこのましくうつりました。

 しかし、王子はその様子を見て心を痛めるのでした。



 ある日のことです。

 お姫さまは思い詰めた表情で騎士に問いかけました。


「私はいつになったら魔法を使えるようになるのかしら? 」


「いつかできるようになりますよ」


 騎士の声は温かいものでした。しかし、お姫さまには届きません。


「いつかっていつ?

 メイドにも使える魔法が、なんで私にはできないの?!

 早くしなきゃいけないのに。

 泣いて泣いて、魔法でしか寝られないことがどんなに歯がゆいことか、貴方にはわからないでしょう! 」


 お姫さまの目からはボロボロと涙がこぼれ、白銀の髪をらします。


「どんな魔法が使いたいんですか? 」


 その様子をじっと見ていた騎士は、しぼり出すように言葉をつむぎました。


「私の望みを叶えてくれる魔法よ。

 何かが足りないの。幸せなのにいつも何かがのよ。

 だから……だから、禁忌きんきを破っても、神に身を捧げても、私は魔法を手に入れなきゃいけないの! 」


 お姫さまは叫びました。


「わかりました。

 第十三番聖典、これはあなただけにせられた試練です。乗り越えられたら何かが変わるかもしれません。

 でも、辛い思いをするかもしれない。

 今よりも苦しくなるかもしれない。

 その覚悟かくごはありますか? 」


「じゅうさん……?

 なぜかしら、その数字だけでも胸が痛むわ。

 でも、私はやってみたい。

 ねぇ、約束してくれる? どんな私になっても貴方は側で支えてくれるって」


「ええ、もちろんです」

 騎士はお姫さまの瞳を見つめ、深くうなづきました。



 翌日、王子とメイド、そして騎士の見守る中、お姫さまは『第十三番聖典』を読むこととなりました。


 書かれた言葉を読み上げることができたら、お姫さまは足りないを知るでしょう。


「姫様、どうぞ」


 騎士が手渡したのは、黄ばんだ二つ折りの小さな紙でした。お姫さまはそれをじっと見つめ、震える指で紙を開きます。


 しかし――


「あっ、ああ……ああああぁぁぁぁ……」


 最後の方は声にもなりませんでした。

 彼女の細い指から紙がこぼれ落ち、ベッドの脇にヒラリと舞い落ちます。


 お姫さまが自身の頭を握った拳で叩き始めたので、すかさず白い服のメイド達が押さえます。

 王子はメイドに魔法使用の指示を出しました。


「先生、いつもすみません」


 聖典を大事そうに拾い上げた騎士は自分よりも若い王子医師に、心底申し訳なさそうに深々と頭を下げます。


「ご主人……それは?」


「これは息子の手紙です。『母さんいつもありがとう』って書いてあるだけですが。突然の事故だったので最後の手紙になりました」



 ◇



 お姫さまは、禁忌蘇りの魔法にせられておりました。

 しかし、神に願っても、何をしても彼女の願いは叶うことはありません。

 彼女は深い悲しみにもがき苦しんだ末に、現実の世界を忘れてしまったのです。


 夢の国テーマパークの白いお城の前で

「一生君を守り抜くから、ずっと一緒にいてください」

 といった騎士のことも


 可愛がっていた王子息子のことも。


 自分の本当の願いが何なのかさえ、忘れてしまいました。


 白い城病院の中で、お姫さまは幸せに暮らします。

 忘れられた城の輝きを心のフィルターに映して。


 彼女が時折、思い出したように

「魔法を使いたい」

 と訴える度に、騎士は聖典を見せるのです。


 それは絵や手紙、写真。


 王子が空に旅立ったのは13歳の時でした。


 長い年月の中で、自身が憧れの王子役を勤めることもなくなった初老の騎士は、それでもお城に毎日足を運びます。


 隣にいられることが

 彼女の瞳が喜びに輝くことが

 騎士の唯一かつ最大の願いだったのです。


 今日も騎士はお姫さまの手をとり、どこかへゆっくりと歩みを進めます。


 二人は幸せそうに微笑みあっておりました。



〈おしまい〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法に魅せられて @tonari0407

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説