第2話 猫

 あつうぃ……。

 毛のあるオレたちには、桜とやらが散ってからはもう暑い。

 温暖化?

 何やら人間は騒いでいるが、そんなことはまあ、オレたちの知ったこっちゃないけど。

 ゆらゆら尻尾を揺らしつつ、朝から暑い今日も、縄張りの見回りすませたら、お気に入りのここでひと休みだ。

 ま、縄張りっていっても、オレ様が住む家の周りだけなんだけどさ。


 ここは人間の家と家の間。

 陰になっていて涼しい。

 高い塀の上にゃあ、人間は上がってこられないしな。


 人間は苦手だ。

 やたら触ろうとしてきやがる。

 うまいものをくれるのはいいけど。

 だからって、ちくわを食べたら、共食いだとかなんとか笑って、オレに「ちくわ」なんて名前つけるなよな!

 そんなにオレの毛並みは焼きちくわとやらに似てたのか?


「お、おはよう……」


 お、今日もあの子が来たな。

 でもな、まだまだ、オレ様はそこには降りていかないぜ。

 挨拶するなら、もっと元気にな。


 ▼


 お母さんに「おはようございますはしましょうね」っていわれた。

 3年生になったんだからって。

 でも、それは関係ないと思うな。

 3年生だからって、別にそんなの……。

「お姉さんだものね」

 なんて、お母さんはいうけど、もじもじしている私を心配してくれているのは分かるけど。

 だって、恥ずかしいんだもん。

 お出かけの時、おとなりのおじさんにばったり。

 お母さんは「おはようございます」って、すぐに。

 仕方ないから、お母さんに隠れて、おはようございます……。

 そしたら、

「えらいね」

 って、ごつごつした手で頭を撫でられた。……なんか、いやだった。

 お母さんは「そっか」とわかってくれたけど、それでも、

「いつかはみんなに、おはようございますできるようになろうね」

 やっぱり、それなんだ。

「そしたらきっと、いいことあるよ」

 本当かな?

「本当よ」

 お母さんの笑顔は陽だまりみたいで気持ちいい。


 勇気を振りしぼって……。

 きょ、きょうから……。


 猫ちゃんで練習!


 学校への最初の曲がり角。

 そこを少し行った先にいつもいる、キジトラちゃん。


 「お、おはよう……」


 ニャウ?


 やん、逃げちゃった。


 やっぱり、いいことなんてないよぅ。


「そっか。でも、相手もびっくりしただけかも? 毎日おはようって、笑いかけてあげたら、いつか友達になれるかも」

 お夕飯の用意しているお母さんにお話したら、そんなふうにいわれた。

 本当に?

「本当よ」

 って、お母さんはやっぱりいうから、次の日も猫ちゃん相手に、おはようって。


 毎日「おはよう」した、それをお母さんに話したら「えらいね」って、ニコニコしてくれる。それはすっごくうれしい。胸の奥がポカポカする。だから、今日も。


 だんだん、猫ちゃんになら、おはようって、いえるようになってきた。

 あの猫ちゃんは逃げなくなった。

 ほかのこは……。

 しょんぼりしている私に、お母さんはお布団のなかで、

「大丈夫。安奈の優しいのは伝わるよ」

 本当?

「ほんと、ほんと」

 クラスのお友達にも?

「うん。絶対!」

 本当かな? ……かなで君にも?

「かなで君? 気になる子ができたんだ」

 ち、違うもん。

「フフ。でも、おはようございますは魔法の言葉なんだよ。それがいえたらきっと、仲良しにもなれるはず」

 本当?

「ほんと、ほんと」


 猫ちゃんには、「おはよう」っていえる。

 今朝も……。

 いた、いた!


「おはよう!」


 学校に行くとき、誰も見ていなかったらいえるようになったよ。

 猫ちゃんにおはようって、変かなって思うから、キョロキョロ見渡すの。

 で、誰もいなければ「おはよう」って。

 そしたら、猫ちゃん、ニャウって、応えてくれた!

 ちょっと塀から降りてきて、すり寄ってくれることも!!

 大好き!!


 でも、誰かに見られたら恥ずかしい……。


「新堂?」

 あ、かなでくん……。

「あ、おい……」

 逃げちゃった。

 私が。

 だって、だって……。

 恥ずかしいもん! 恥ずかしかったんだもん!!


 次の朝。


「おはよう……」


 ちょっと小さな声で。

 やっぱり猫ちゃんはかわいいし。

 最近だと待ってくれてるみたいだし。

 撫でさせてもくれるし。


「新堂、おはよう!」

 か、なで、くん……。

「よかった、今日は逃げられなかった」

 う、うん……。

 からかい気味だけど、かなで君はいつものように優しい笑顔。

 3年生になってクラス替え。

 最初の班分けで一緒になったかなで君。

 もじもじしている私にも優しかったんだ。今も。

 恥ずかしいとこまた見られたけど、逃げたって、学校行ったらまたクラスで会うし……。

「新堂はさ、猫にはあいさつするんだな」

 へ、へんじゃないかな?

「へんじゃないよ、えらいよ」

 へへへ……。

 これがお母さんのいってた、いいことかな?

 かなでくんも、いつも塀の上で待ってくれてる猫ちゃんを撫でてる。

 優しい手で。


 かなでくんも、猫ちゃん好きなの?


「うん。だってこいつ、うちのちくわだし」


 ひゃあああぁ!


「あ、新堂!」


 に、逃げちゃった、また。

 だって、だって……。


 ▼


「新堂って、やっぱりちょっとへんだよな? ちくわ」

 ニャア!

「なんなんだよ、もう……。おまえまで……」


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おはようございますの唄 @t-Arigatou

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