小説家のたまごになる日

ああたはじめ

はじめて小説を書いたとき

 書ける。わたしでもどんどん書けるぞ。

 コーヒーを飲みながら筆を躍らせた。


 夏休みの宿題で書いてみた小説。文学とは無縁だったわたしが、ためしにちょっとだけ書いてみようと筆をとったらまあスラスラ書けるのなんのって。


 わたし、文才とかあるのかも。嬉しくなってどんどん書いた。けど。


 うーん、これって面白いのかな。


 書いている途中で不安になってきた。書き始めのころは壮大な物語を書いているつもりだったけど、いざ読み返してみるとそうでもないような気がしてきたのだ。


 どうしよう。今さら後戻りはできない。書いて書いて、つまらないから消しましょう、なんてことをするのはやっぱりできない。


 誰かに見せて感想を聞いてみようかな。いや、つまんないとか言われたら、わたしは立ち直れそうにない。うーん。小説って難しいものだったのか。


 クラスで書いているって子はちらほらいる。プロットがどうだとか、キャラクター作りがこうだとか、わたしにはよくわからないことを言っていた。それがわかんないから、わたしは書くのが止まってしまったのかな。


 いや、違うな。わたしは自分で小説を難しくしているのだ。ちゃんと書こう、他人が認める面白いモノを書こう、とか考えているから小説のハードルがぐんぐん上がっていくのだ。もっとこう、簡単でいいのだ。


 日本語を習うときにいきなり漢字から勉強するようなもんよ。まずはひらがな。完成させることだけ目指せばいい。


 そう考えると少しラクになった。


 原稿用紙7枚。わたしにしては読書感想文より長い大作だ。短編小説ってのになると30枚は書かないといけないらしい。うへぇ。みんなよくそんなに文字を書けるなぁ。


 なんかもうちょっとだけ書きたくなってきた。


 次は15枚、30枚と枚数を増やしてもいいかもしれない。


 小説って不思議だ。書いていて楽しいときと、辛いときがある。文字が泉のように湧き出てくるとラクだし、砂漠の砂をスコップで掘り起こして一文字一文字書いているときもある。


 わたしは小説の最初の一歩を踏み出せた自信をつけた。あっ。

 机にあったコーヒーをこぼしてしまった。原稿用紙が茶色く染みていく。


 あーあ。わたしの物語が。やる気がどんどん失せていく。終わった。なにもかも終わった。


 姫の涙も、世界最後の日も、力を使い果たしたのに再び立ち上がる勇者も、ここで終わってしまう。あなたはそれでいいの? 姫の姿をしたわたしが言った。


 いやだ。まだ終わりたくない。私も立ち上がろう。


 わたしは机を拭いて新しい原稿用紙を出した。


 また書けばいい。

 同じものは二度と書けないけど、新しい物語がわたしを待っている。


 夏休み中盤、わたしの心は躍っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説家のたまごになる日 ああたはじめ @tyomoranma2525

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ