ファイナルステージ

「ステージ8。ここがファイナルステージ〈気高き王墓〉か……」



 このステージをクリアできれば俺はあの時の少し前の場所へと戻れる。戻れたら、必ずミサを救い、今までの想いを伝える。


 ずっとそう思っていた。


 でも、俺の心の中はぐちゃぐちゃだった。(これはゲームだろ)なんて割り切れるはずがない。クリアしても心は一生晴れないだろう。


 それでも俺は奥へと進んでいく。マコちゃんがテュポーンを倒してくれたおかげで、俺のレベルは23へと一気に跳ね上がっていた。



 強くなった自分が何だか悔しかった。


 さらにザコ敵を一掃しながら進んでいくと、まだ時計は昼の3時を示しているのに辺りが急に暗くなり始めた。



 もうラスボスか。俺は生唾を飲み込んだ。

 すると、丘の向こうから人の声が聞こえてくる。


 このゲームは、俺以外にも複数の参加者が同じタイムラインでプレイ中のようで、これまでにも何人かの参加者と遭遇してきた。


 丘を駆け上がると、そこには少し年長に見える顎髭を生やした男と、その使い魔の姿。


 使い魔は俺が直前までマコちゃんと迷っていたあの天使型だった。



「あん? 何だ小僧。お前ひとりでここまでたどり着いたのか? けどな、ラスボスの首は俺たちが先にいただくぜ。もし邪魔をするようならお前も斬っちまうぞ」


『抜け駆けをするな! ラスボスだろうが、今の俺なら一人で十分倒してみせる!』


「なにぃ? 使い魔の分際でしゃしゃり出るんじゃねぇ!」


『貴様こそ、人間の分際で堕天使にたてつくな!』


 男と堕天使は言い争いを始めた。その時だった。

 ラスボスの地鳴りのような低い声が地上を埋め尽くしていく。



【ここまでよくぞたどり着いた。我こそこの世界を統べる者】


〈ズシーンズシーン〉と一歩大地を踏みしめる度に地響きが巻き起こる、その巨獣はついにその姿を現した。



『あれは……まさか陸の王……ベヒモスなのか』


 堕天使が震えながら指を差した方向には、山のように巨大な姿をした体皮が紫色で、はち切れんばかりの筋肉が隆起した二本角の魔獣の姿があった。



【グモォォォォオオオ】


 咆哮だけで戦意を奪われるほどの恐怖と迫力。圧倒的な存在の前に俺は足の震えを止められずにいた。



「ほら、お前が先に行け!」

『いや貴様が行くって言ってただろう』


 男と堕天使は及び腰になっても言い争いを続けていた。



「お前らさ、そんなんでよくここまで来れたもんだよな」


 俺が言うと、二人は息を合わせて言い返してくる。



「なんだと。そんなもん、俺が強かったからに決まってるじゃねぇか」

『馬鹿を言うな。貴様は俺がいなければとうに死んでいる』


 二人のくだらない言い争いに飽きた俺は、ラスボスを目の前にしたこんな時でも物思いに耽ってしまう。



(マコちゃんに会いてぇなぁ。もう一度会ってありがとうって言いたい。顔をぐりぐりしたい。……なんだろうな、またキミに会える気がしてならない。いや、絶対に会えるって信じてる。そして――)



【ボォォォアアアアア】


 ベヒモスのブレスが俺の目の前に迫ってくる。間一髪避けるが、近くにいた堕天使と男は完全に避けきれず、かすっただけだが、どちらも足下が焼けただれていた。



「くっそ……ここにいたらコイツら避けきれずに死んじまうじゃねぇか」


 俺は標的ターゲットロックオンを自分に向けるため、全力でその場から離れる。走り続けてベヒモスの死角に回り込み、攻撃を仕掛けるが全くの無傷。蚊に刺された程度にも思われていないかもしれない。


 俺に気づいたベヒモスは頭を振り回して角をぶつけてくる。角の脇で殴られた俺は軽々と吹っ飛ばされ、林の木々を背中でバキバキと折りながら数百メートル飛ばされたところでぐったりと地面に倒れ込んだ。


 さすがに手に余る……どころじゃねぇ、端から勝ち目がない戦いだったんだ。そんなことを思っていたら、いいタイミングで天からラプラスの声が降ってきた。



『だいぶ苦戦しているようだの。ラスボスとのバトルの最中で申し訳ないが、お前に初回参加特典を説明するのを忘れていたわ』


「おいおいウソだろ……ポンコツにもほどがあるだろうが! こっちは今、最終バトルやってんだぞ」


『何をそんなに怒っておる? だから申し訳ないと言っただろう』


 ダメだ。何か感覚マヒってるわこの人。



「……わかったよ。で、その初回参加特典ってのは?」


『あぁ、少年よ。お前は運がいい。なんと、初回参加特典は〈ラプラスの加護〉だ』


「ラプラスの加護? ラプラスってアンタのことだよな、ラプラスさん」


『そうさな。この辺りでラプラスと言えば私しかいない』


「……具体的に何ができるの?」


『私の力が及ぶことなら何だって構わぬぞ』


「アンタの力がどれくらいか全然知らないんだけど」


『そうさなぁ。あのベヒモスのランクがSランクで、私がSSSランクと言えば多少は伝わるか?』


「はひ?」


 思わず変な声出た。



「じゃ……じゃあその、例えばベヒモス倒してって言ったらできんの?」


『無論だ。しかし、お前はそれでいいのかの? クリア条件が――』


「あー、嘘うそ冗談! 今のは無し! こっちが本命だ。教えてくれ。マコちゃんを復活させる方法を。それならクリア条件に影響は出ないだろ?」


『マコちゃんか……。影響が出ないとは言えぬがよかろう。ラプラスの加護にて教えてしんぜよう』


「ん? 影響出るの? いやちょ……待っ――」


『マコちゃんは……あ、ちょっと待て。あーはいはい。え? 今から? はぁ、わかったわかった。すぐ行くから待っておれ』


「おいコラ、ポンコツ魔女」


『すまぬな、私は急ぎの用ができてしまった。ただ、これだけは言っておく。お前が前を向いていればマコちゃんにはきっとまた会えるだろう。ではさらばだっ!』


「そんなぁ、ラプラスさーーーん」


 それっきりラプラスとの通信は途絶えてしまった。あの魔女め……。

 てか、前を向けって何なんだよ。前だったら向いてるっつーの。



「……いや、そうでもねぇな。ちゃんと前見てやれるだけやってやる!」


 俺はこの時装備していた剣〈ラグナロク〉で、ベヒモスに真っ向勝負を挑んだ。


 日を跨いでも戦いは続き、最後は俺の渾身のひと突きがベヒモスの眉間に突き刺さった。



【グモォォォォオオオ】


 断末魔の咆哮をあげ、ベヒモスはその巨体を地面に伏せた。



「……や……た……ついに……倒し……たぜ」


 全身ボロボロで息をしているだけの状態だった。でも俺は満足だった。今思えばラプラスに煽られただけかもしれないが、逃げずに戦った自分が少し誇らしかった。目を瞑り、しばしの余韻に――。



『よく頑張ったねキミ』


 その声にバッと反射的に身体を起こす。目の前にはマコちゃんがふわふわと浮いていた。



「マコちゃん! 生き返ったのか?」


『やだなぁ、この世界ではちゃんと生きているよ』


「でも、どうして?」


『あの時ステージボスに突っ込んでいって、私は中で自爆したんだ。だから、わたしもダメかと思ってたけど、アビリティが守ってくれてたみたい、ほら最初の』


「最初の……ってあのラブコメみたいな名前のアビリティ?」


『そう、〈信じる心ビリーブハート〉だね』


「そっか、俺は……俺はずっと信じていたんだマコちゃん。どこかでまたきっとキミに会えるって、キミにずっとお礼が言いたくて……。今まで本当に……本当にありがとう、マコちゃん……。俺はキミのことが大好きだ――」


 気づけば俺はマコちゃんを抱きしめていた。小猫のマコちゃんは、やっぱり小さくて、俺の腕の中にすっぽりと収まった。



『……わたしもねキミを信じていたよ。キミはきっとやってくれるって。このクソゲーをクリアしてくれるって』


「そうか、じゃあこれで――」


『うんっ! ゲームクリア!』


【バヒュン】と音がしたと思ったら、また景色が歪んで俺は別世界へと転送していた。




 目の前には横断歩道。そして坂を上ってくるミサの姿が見えた。ラプラスの言った通り、〈少し前〉に戻ってこられたようだった。


 急いで横断歩道を渡る。手を振って挨拶しようとしてきたミサの手を引いて、俺たちは交差点から離れた小さな公園へとやってきた。



『もう、どうしたの? 突然こんなところへ連れてきて?』


「あ、いや、違うんだ。何て言うか、実は色々あってその――」


 俺があたふたしていると、ミサが俺の横へやってきて、耳元で囁いた。



『……向こうの世界ではわたしを選んでくれてありがとね。

 わたしもキミのことが大好きだよ――』


 公園の入口横の柵の上から小さな黒猫が二人を見つめていた。



 ファイナルステージ、クリア

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逆転レベルアップ~最弱使い魔とゲームの世界で冒険したら~ 月本 招 @tsukimoto_maneki

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