第35話 がんばった二人

 少しずつ、株式会社トナリ裏にある倉庫兼社屋(トナリ別館)に、荷物移動を開始した。我々二人は、紺色と赤色のエプロンをそれぞれ身につけ、すでに設置相談した配置で仕切り等、作業完了した社内で、OA機器の設置したり、とにかく、余計な出費がかからぬよう、自分たちで出来ることをやっていった。

 それから、トナリ別館での名称が決まったと連絡があり、伝えられた。『株式会社トナリ 資源活用部』だそうな。無難だが、社長案だろうから、何も変更はないだろう。また、あの社長だから、部署の名前は簡単に変えそうだし。


 トナリ別館の配置は、3つの空間に分けた。入り口に受付用の長机を置いて、社員用の机を置いた。その右奥の空間は、作業場と倉庫として活用する。残りの空間は、流し台やトイレを見えにくくするために区切った。


 ぁ~、始まっちゃうんだな、この場所で。


 音成環境設備での最終日、特に変わったことはなく、一般社員からすれば、旧会議室で何の仕事をしていたか分からない二人だから、最後の挨拶は、全体に向けて無かった。もちろん、お別れ会なんてない。自分達で各所を回って『お世話になりました』と伝えた。社長、総務部長、統括部長、Aチームリーダー:エース長官、サポ班。Cチームリーダー:モジャ夫は、育児休暇中だったので、関われなくて助かった。

 上司の方々は、扱いに困っていたから、親会社に引き取られた方が良しと思うだろう。

 サポ班は、繁忙期ということもあり、じっくりとは話が出来なかった。ただ、サポ班の居酒屋への緊急招集やマイコーライブには呼び出されるだろうから、疎遠になることはなさそうだ。


 会社を出て、また二人して、商業ビルの夜景を見にベンチに座っていた。自販機で買ったお茶を飲みながら


「ホント、疲れた」


 しみじみ言葉が出た。


「そうですよ、疲れたぁ」


 自然と目が潤んでしまった。


「泣くんすか」


 そう聞いてくるスズモリさんに対して


「本来、泣き虫なんでね」


 と、答えると、スズモリさんも涙を流していた。


「夜景が沁みるねぇ」


 ちょっと落ち着いてから、またスズモリさんがあの言葉を聞いてきた。


「ワタシは、必要ですか」

「何度聞かれても、スズモリさんがいっしょだから、会社移るんだよ」

「エヘヘ」


 笑って、また涙がこぼれた。お互い、自然と手を握っていた。なんでだろうね、これ。


 それぞれが厄介なことに巻き込まれ、誰かに振り回され、辿り着いたのが、あの場所。辞めるのは簡単だけど、それじゃ納得できず、もがいてみて、自分達で動いて小さな流れを作り、それが合わさって別の流れに乗った。今後どうなるかなんて分からないけど、動いてみないと流れ出さないので、耐える時間は考えて計画する時間だったりするんだ。とても、もどかしい。耐えている時は、周囲に伝わらないので、何もしてないように映る。言葉に出来ない感情が渦巻いて、余計に、身動きが出来なくなる。それが言葉に出来たとして、伝わるのか?『誰でもやってることだ』そんな返され方すれば、誰かと比較されないと自分の存在は、在ってはダメなのか。よく知らぬ誰かの比較・批評を背負って、己を殺してまで、漠然とした評価に合わせた生き方を強制してくれるな。沸々と煮える考えは、転職のたびに思う職場環境で生まれてくる。フリーランスでいようが、必ず他人との接点があり、勝手な言い分をつけられる。それが、『仕事』というものらしい。


 夜景見つつ、勝手に頭が煮えだしたので、ものすごい形相になっていたらしい。スズモリさんから、肩パンチされてた。


「考え過ぎ」

「癖なんだよ」

「全部じゃなくても、ちょっと声に出したら、考えがつながって、導きになるじゃないですかね~」

「そうだね」


 気付いたら、スズモリさんから腕を組まれてた。余程、心配させたんだな。


 ぼーっとしていた。長かったな~と思ってた。


 また、腕を組まれてる。


「こんな時に、ボーッとしないで、始まるから」


 音楽がなって、歩き始め、扉が開いた。


「おめでとーっ」


 拍手で迎えられ、一歩ずつ一歩ずつ進んでいく。


 チラッと、横を見るとベールから透けて見える笑顔のスズモリさんがいる。その姿を見たら、泣けてきた。


 大笑いされるが知ったこっちゃない。長かったんだよ、あれから5年!すげぇがんばったし、スズモリさんもよく隣にいてくれた。いっしょに歩んできたんだよ、一歩ずつ。

 都合がついた仕事でお世話になった参列者には、トナリ社長にフチガミさん、コンビニさん、マイコーさんも来てくれた。サワコさんは妊娠中なので、旦那であるエース長官が兼任で来ている。小規模の結婚式にしたかったので、話のできる方々が来てくれれば十分なんだ。


 仕事の方は、大丈夫かな?という時もあったが、どうにか多方面に取引先を増やし、販売ができるようになった。ネット通販もやっているし、ネット動画配信者と共同でマニア向けな修理動画を作成したら、海外からの反響が大きく、本社からトナリ別館に異動したカワイさん(女性)が英語堪能で、かなり助かっている。日本語だと物静かだが、英語になると流暢に話されるので、たまに動画を公開すると、カワイさん人気が凄まじい。

 それを横目に、私と元スズモリさんが、国内問い合わせをコツコツ対応している。


 ホント、何がどうなるか分からないものだ。『流れに身を任せるのも大事』というアドバイスに乗った結果だが結局、いろんな人の助けがあったから、今こんな風に、やっていける。苦しめるのも人だし、協力してくれるのも人だ。ただ、待っていても、他人は気付かない。自分の動いて、存在を示さないと、見てくれない。じっとして近寄ってくるのは、ほとんどが都合よく利用したい人だ。


 こういうことって、経験してからやっと分かるんだよ。転職する前に気付いてたら、もうちょっと違ったかなぁ。


「こらっ!」


 相変わらずの肩パンチ。


「何よ?」

「歯磨きしながら、考え事しない。考え過ぎて、昼休み終わるよ」


 結婚しても、変わらず見てくれる存在がある、この人とも流れて辿り着いた結果か。


「ありがとね」

「な゛、なによ。何、泣いてんのよ。泣くの移っちゃうからやめてよ」

「ぁ、ぁのケンカよくないですよ」


 カワイさんが、か細い声で聞いてきた。


「いや、違うの、旦那がね、なんか泣いちゃって、もらっちゃってね」


 こういう職場も、面白いんじゃないのかな。



おわり。

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前略、転職しました まるま堂本舗 @marumadou_honpo

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