第九話『あっさりとした幕引き』
「何が起こったら、こんなことになるんすかね……」
「まぁ、副隊長だからな……。しかも、その相手が
梟の言葉を聞き、渋い顔をする隼。
「お前はこの隊に入って日が浅いからしょうがないと思うけど、隊長と副隊長の化け物度合いには早く慣れておいた方がいいぞ。そっちの方が色々と楽だから」
「はいっす…………」
とは言ったものの……。あれは、なぁ……。
視界の先に見えてきた鈍色の壁。その巨大な壁は、そこから先に一切のものを通さないといった意思を持っているかのように副隊長が戦闘していると思わしき交差点の手前に鎮座している。
なんだ、あれ?
“何でしょうね? ちょっと定天カメラにアクセスしてきますね”
いってらっしゃい。
情報収集をすべく、俺の元を離れて定天カメラの元へ向かう相棒に心の中で手を振る。
「さて、この先に副隊長がいるみたいなんだが……」
目の前で反り立つ鋼鉄の壁面の強度と分厚さを確かめようと、ドアにノックをするときみたく軽く右手で小突く。帰ってきた振動は、その壁の頑強さをまざまざとこちらに見せつけてくるようなものだった。
分厚いけど……、隼ならぶち抜けそうか?
そう思った俺は、真正面の造形物を、観光地先にあった謎の絶景を目にした時の如く感嘆しながら眺めている隼に声を掛ける。
「なぁ、隼。お前ならこの壁壊せそう?」
その質問を受けるとすぐさま、隼の造形物に対して向けていた視線が、観光気分のものから貫く対象に向けるものへと変化する。
「う~~~ん、大きさ・厚さ的には問題なさそうっすけど、材質が何なのか……、あ、これ、元は普通の鉄骨っすね。ただ、少し性質が変化している……。そこだけが少し不安要素ですけど、たぶん行けます」
壁を手のひらでさすったり、ペタペタと触ったり、軽く小突いてみたり、耳をピトッと当ててみたりしながら、隼はその検証結果を口に出し、答えを俺に返してくる。
「よし。なら、かましたれ」
俺の合図とともに助走を始める隼。そして、その左手に掴む槍が今、解き放たれんとした時。
“ちょっと待った”
通信機越しに待ったがかかる。
その言葉に従い攻撃を止めた隼は、槍に乗せるはずだった速度が体に残ってしまい、減速しきれず、つんのめる様にこけて、転がって、踏みつぶされた蛙のような声を上げながら壁に激突する。
その少し間抜けな姿が見えたからか、隼が止まってくれてほっとしたからか、どちらの意味を指し示すのかはわからないが、通信機越しにため息が聞こえてくる。
“壁を壊す必要はない。少し離れたところに隙間があるから、そこから入れる。でも、いつふさがるかわからない。今すぐそこに向かって”
戦況全体を観ている者からのその指示に、俺と隼は顔を見合わせてうなずき、走り出す。
走りながら、右耳についている通信機の送信ボタンを押す。
「その隙間とやらはどこにあるんだ?」
“この辺”
視界の端に表示していたミニマップに場所を指定するピンが刺される。
「ありがとう」
それだけ言って、送信ボタンから手を離し、後ろについて走る隼に「ペースを上げる」というハンドジェスチャーを送り、走る速度を上げる。
その甲斐もあってか、指定されたポイントに思ったより早く到着した。
「これか」
確かに、隙間がある。
低い天井に頭をぶつけてしまわないように、隙間の上部に手を当てて、中に入ろうとしたところで、再び。
“ちょっと待って”
と、声がかかる。
ん? またか?
“すぐにそこから出て!”
続く言葉には、少しの焦りが混じる。
瑞樹が焦るってことは……、そういうことね。わかった。
隙間の上部にかけていた手を外し、隙間の中を進もうとしていた体を後退させ、隙間から少し距離を取る。
数秒後、地面が揺れる。
「な、なんすか? これ⁉」
動揺する隼を尻目に俺はこの振動の震源を探り、揺れ方、大きさ、その他諸々の情報を取得し、処理し、結論としてまとめる。
なるほどね……、でも、何が……?
その思考が頭を通り過ぎようとしたところで、強制的な答え合わせが眼前にて行われる。
ところどころに開いていた隙間に鉱石が生え、伸びて、隙間を塞ぐ。
外から中への侵入は許さない。
まるで、そう言いたげに伸びる鉱石は、伸びると共に増え、肥大化し、鋼鉄製の外壁を覆っていく。
そして完成するは、鉱石製の闘技場。
その様子を眺めながら、俺は通信機の送信ボタンを押す。
「状況を教えてくれ」
返答はすぐにきた。
“今、起こった現象は敵の技だ……と思う”
何やら自信なさ気な声音だな。
「自信ないみたいっすけど、そっちから見ても何が起こったのかわかりづらい感じっすか?」
眉をひそめながら、そう聞く隼の質問に少し時間を置いてから答える。
“わかりづらいというよりか、理解できない事象を目にしているような感覚かな”
“なるほどす”
通信機越しに聞こえてくる隼の声を聞き、二人とも無事だったことに胸を撫でおろす。
「オウル。そっちだけで何とかなりそう?」
返事はほどなくして帰ってくる。
“わからない。けど、こっちにはファルコンもいるし、何とかなりそうではある”
「そっか」
“お前の力が必要になったら言うわ。その時は、頼んだ”
「わかった」
さてと。
向ける視線の先で繰り広げられている戦いは依然、苛烈。
一歩も引かぬ両者の戦いは止まることをいざ知らず……ってところかしら。楽しんでいるところ悪いけど、此処いらで幕引きとさせてもらう。
この戦いが始まってからずっと触れるように引き金に掛けられていた細指が曲がる。その動きには迷いなく、まるで最初からこのタイミングに一度発砲することを決めていたかのように引き金を引き絞る。
銃身の先から放たれた銃弾はその勢いをそがれることなく宙を飛ぶ。
その先にいる二人の達人は、双方構え、何回目になるかわからない技の応酬、その初手となる一撃を放つ。
空を飛翔した銃弾は、その初撃、二人の間に割り込むように、二人の力のぶつかり合いの接地面へと着弾する。
それに気づいた二人はいったん飛び退き、それぞれが違った行動をとる。
大男は銃弾の跳んできた方角に視線を移す。目的は銃弾を放った狙撃手を探すため。二・三キロ離れたところにある塔の上にソレはいた。大男がそちらを見ていることに気づいたソレは立ち上がり、腕を天高くつき上げる。
三か。
副隊長は、その弾丸を放ったと思われる人物に連絡を取る。
「アイス。今の弾、撃ったのお前カ?」
“はい。そうです”
「なるほどナ。で、なんで撃っタ? 撃つときは、確実に当てられると確信した時のみって言わなかったカ?」
“副隊長”
「なんダ?」
“あなた、任務のことそっちのけで楽しんでいませんでした?”
あ、ヤベ。
図星をつかれた副隊長は、その場に誰かがいたのならばその全員が「わかりやすい人だなぁ」という感想を浮かべてしまうほどにきょろきょろと目を泳がせる。
「は、はて、何のことだろうネ~。ジ、ジブンはいつも真剣ダ、ダ~? 上司をおちょくるのも、たいが、大概にしろヨ~?」
“わかりやすいですね”
「え、え~、な、なんのことダ、ダ~?」
“ハァ……、それより目標の方を見てください”
「?」
そう言われて、目標の方を向くとそこには、先ほどまで放っていた溢れんばかりの闘気をしまい、両腕をこちらに差し出すように向けている大男の姿があった。
「降参だ。投降する」
nigera 白記 そら @siraki_sora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。nigeraの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます