第八話『達人たちの戦い』
「もう倒してしまうとは……。早いな」
足止めのために創り出したゴーレムが破壊されたのを察知した大男が静かにそうつぶやく。
「強いだロ? うちの隊員たちハ」
誇らしげな笑みを浮かべる副隊長の輪郭がブレ、大男の眼前に転移したかのように移動する。そこから空中にピタリと止まったかのように滞空し、腰を軸にして回すような蹴りを放つ。
それを大男は左腕で受け、脚と腕が衝突する際には鞭でモノを打ったかのような音が鳴る。
「ああ、強いな」
左腕で蹴りを受け止めながら、右腕で副隊長の腹を狙ったボディーブローを放つ。
その予備動作を読み取った副隊長は、回し蹴りをした時の反対方向に腰をひねり、蹴りで用いた反対側の足を大男の拳にそっと乗せるように当て、なでるように蹴る。すると、副隊長の身体が腰を軸にくるりと縦反回転をし、大男の拳撃を受け流しながら地面にふわりと着地する。
着地したと同時に、副隊長は地面すれすれまで身をかがめ、立ち上がる動作に金的を狙った攻撃をそっと添える。
それを察した大男はバックステップで回避して、浮いた足が地面と接触したのと同時に蹴って、金的をはずしたばかりの伸びきった副隊長の脇目掛けて真っ直ぐ突きを放つ。
その突きを副隊長は足首の動きのみを使った軽いステップで避け、腕を挟んで投げ飛ばそうとするも、持ち上がらない。逆に利用されて投げられそうになるところを、ぱっと腕を離して逃れようとする。
が、大男がそれを許すはずがなく、手首をひねり、副隊長の肩甲骨を掴み、地面に叩きつけようとする。
肩甲骨を掴まれた瞬間、副隊長の脳内によぎる「この攻撃は避けられない」という予感。からの「くらうのならば、諸共」という思考。と同時に体が動き、大男の腕に絡みつき、肘関節を決める。
副隊長の身体を掴んでいる右腕の回転が頂点に達する少し手前で肘関節を決められたことに気づいた大男は、この先のことを考え、今、自分の片腕と副隊長へ与えるダメージを天秤にかけて推し量る。そこから導かれた「自分の腕を優先する」という選択肢を副隊長の肩甲骨を離し、投げ飛ばすという行動の変更によって実行する。
自らの肩甲骨から大男の手が離れたのを感じ取った副隊長は、大男からいったん距離を取ろうという考えを元に大男の腕を離し、わざと投げ飛ばされようと考え、大男の腕の拘束を緩める。
いや、違うナ。
ここで、大男の肘関節をはずしておくことが後々大きなアドバンテージになるかもしれないと、考え直した副隊長は、腰を逸らし、大男の関節を外した後、拘束を解く。
大男の肘に鋭い痛みが走る。その痛みから、大男は自らの肘関節が外されたことを瞬時に判断する。
釣り合いを取らなければ。
大男の中には、前々からとある考えが戦闘観の根底にあった。それは、相手と自分のダメージを常時イーブン以上に保つこと。それを裏付けるのは、彼の異常な耐久力。互いに同程度の手傷を追えば、最後に立っているのは耐久の絶対値が高い自分。彼のその考えは実際問題、彼自身が考えている通りの、否、それ以上の破格の耐久力を彼の身体が内包しているため、ほぼすべての場合に置いて正しいものとなる。
そのような考えから来る「釣り合いを取らなければ」という思考。そこから、導き出された男の行動は、相手が少し離れた時点で、一瞬だけ相手の腕を取って引っ張り、肩を外すというものだった。
拘束を解き、離れようと考えていた副隊長の肩を鈍い痛みが襲う。痛みに耐えながら、空中で体勢を整え、ストンと猫が地面に着地する時のような滑らかさで地面に着地する。
だらんと垂れ下がる副隊長の左腕と大男の右腕。示し合わせたわけでもないのに、両者同時に外された関節をはめる。両者目線を相手に向けたまま。ただ一つ違った点を挙げるとすれば、大男は平然とした顔をしているのに対し、副隊長の額には一筋の汗が伝っていることだろうか。
「肘を外したのに汗一つかかないとはネ……。女の方が男より痛みに対して強いはずなのだけれどナ」
「踏んできた場数、潜り抜けてきた死線の数、味わってきた痛みの数、そして、重みが違うからな」
「なるほどネ」
両社の輪郭がブレ、ブレた輪郭の中間点で、
「我慢比べか? おすすめはしないぞ」
「ハッ‼ 痛みなら少し前に引いたサ!」
掌を引き、流れる水のような柔らかい所作で豹のようなしなやかな構えをとる副隊長、拳を立て、岩のように重く足を引いて降ろし、虎のような力強い構えを取る大男。
「
「
両者の身体をそれぞれの
「
「
一つの域を超え、その先を求め、極めんとする達人たちの大技が真正面からぶつかり合う。
流れようとする河水と堰き止めようとする岩石の鬩ぎ(せめぎ)合い(あい)が辺りを揺らす。
中心点から生じた衝撃波により近辺の建物に張られていたガラスは割れ、壁にひびが入る。交差点で戦う二人を囲うように立つビルの鉄骨は歪み、二人を中心としたアーチ状の独創的な造形物が出来上がる。地面が水面に石を落とした時に生じる波紋のように波打ち、半球状に抉り取ったかのように地面が陥没する。
ビルのアーチと陥没した地面。その二つが合わさったその情景はまるで、二人の戦いを邪魔させないように囲い込む闘技場のようだった。
強大な力のぶつかりあい。どちらかの体力が尽きるまで終わらないように思われたその鬩ぎ(せめぎ)合い(あい)は、膨れ上がっていく圧力に空間が音を上げるという幕引きを遂げる。
空間が弾け、生じる歪みによって強制的に引きはがされる両者。
両者が放ったそれぞれの本質より生じるエネルギーは残留し、空間の発散との釣り合いを取るために発生した空間の収束に吸い込まれ、圧縮され、地上に大きな花火を咲かせる。
飛び散る青白い火の粉が空に舞い、自分たちを生み出してくれた二人を優しく包み込むように降り注ぎ、幻想的な光景を創り出す。
その光景を見た者に思わず「綺麗」と声に出させてしまうほどの光景。だが、その真っ只中に立つ二人は、周りの美しい光景など意にも介せず、互いに相手の一挙手一投足を見逃さないために、ただ一点、相手のみに意識を集中させている。
そして、少し離れたところにいた二人以外の観測者も二人と同じ、否、若干違う意図を持って、二人の周りの情景には目もくれず、二人の動向と戦場全体の状況に意識を向けていた。
二人の動きが止まったのを確認し、銃身にくっつけていた頬を離す。
さっきの
慣れた手つきで瞬時にスコープを外し、後ろに投げ捨て、寝転ぶ体の横に置いておいたいくつかのスコープの内、一番手前にあったものを手に取り、彼女の身体よりも大きな狙撃銃の上部特定の位置に手早く取り付け、再び覗き込む。
“こちら、オウル。只今、急行中。そちらの現状を教えてほしい”
“おお、オウル。今ちょっと手が離せなくてナ。説明は……、アイス。お願いしてもいいか?”
トリガーに添えていた右腕を上げ、通信機の送信ボタンを押す。
「わかりました」
“悪いネ。頼んだヨ”
それだけ言い残し、副隊長は通信を切る。
さて、どう伝えようか?
「現状としては、副隊長が侵入者に応戦してる。ルースターも言ってたけど、奇妙な技を使ってくるから要注意。技の詳細としては、鉱石を生み出すとだけ押さえておけば大丈夫」
“わかった。こっちももうすぐ着く。アイスも気をつけて”
「そっちこそ」
やり取りを終え、送信ボタンから指を離し、トリガーへと戻すとともに、会話に割いていた意識も、戦況の観測へと戻す。
あなたが来たってことは……、そういうことなんですね。わかりました。
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