第七話『晶底・破砕』

「行くぞ」

 少し離れたところで放たれたはずの言葉が、なぜか耳元で響く。

 その理由が敵の接近であると気付き、いつきのあのことを守るように盾を構えたと同時に轟音が空気を揺らす。

「やるな」

「これぐらいの攻撃で飛ばされていたら、防御枠で特殊部隊に配属された僕の立つ瀬がありませんからね」

 盾でしっかり受けたはずなのに、一発食らっただけで盾を持つ手がピリピリと痺れ

「それより、僕にばかり集中していて大丈夫ですか? こちらは一人じゃないんですよ?」

 樹の言葉とともに盾の奥側から飛び出す望。その両手に持つ戦斧を中段に振りかぶり、薙ぎ払う。

 その刃に自らの命を刈り取る威力があるのを察した大男は、大きく後ろに飛びのくことによってその攻撃を避ける。

「そこの彼の方が厄介だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい」

「それはどうかな♢」

「?」

 斧を振り切った望が横に飛び、空いた空間を樹が走り抜け、大男の着地を狩るように大舘を用いたタックルを仕掛け、大男の身体を吹き飛ばす。

「なるほど。どちらもしっかり厄介だということか」

 そう言いながら大男は地面にピタリと着地する。

「ま、そういうこと☆」

 その声が大男の耳に届くのと同時に、望は大男の背後を取り、斧を振り下ろす。それを男は最小限の足運びのみで避け、追撃で上空から降ってきた樹のシールドバッシュも軽く受け流す。

「音の速さを超える速度で移動する超高火力アタッカーと大方の攻撃は無効化するかつ身軽なため、攻撃もできるタンクか。良いバディだ」

 一連の攻撃をはずしたと判断するや否や後退する二人に向けて、大男は賛辞の言葉を送る。

「それはどうも」

 言葉とともに、樹は二枚の大盾を地面に突き立てるように構える。

「?」

 先ほどまで攻め攻めで仕掛けて来ていた二人が、特に形勢が動いたわけでもないのに守りに回るようなそぶりを取るのを見て、頭の上に疑問符を浮かべる大男。

 その疑問符はすぐそのあとに盾の向こう側から放たれる強烈な殺意によって取り消されることとなる。

「称賛するんだったらぁ‼ ちょっとぐらいっ、ダメージ負えやああああああっ‼」

 盾の奥から飛び出す望。刃が空気を切り裂き、その軌道には蜃気楼のような空間の歪みが生じる。その速さは人間が認知できる速度を超え、大男の身体へ吸い付くように当たり、肌を切り、肉を裂き、骨を断つ。


 ように思われた。


 キンッ


 大岩に投げた小石のごとく弾かれる刃。


「ほう。ここまで、やるとはな」

 防御のために構えていた腕を下ろす大男。

「少し手の内を晒すことになるが……。仕方ない」

 渾身の攻撃が全く通用せず立ち尽くす望。

「お嬢っ‼」

 間に割り込むように、盾と体を差し込む樹。

 大男は右足を引き、腰を落とし、半身になるような構えを取り、流れるような動作で解き放つ。


晶底しょうてい


 大男の掌と樹が構える二枚の大盾が触れた瞬間、何もなかったはずの空間に巨大な鉱石が出現する。その晶石は大男の掌が触れている部分、樹が構えていた大盾を苗床とするように生えており、その後ろにいた二人を飲み込み、固め、一部としている。


破砕はさい


 ピタリとそろえて伸ばしていた指を、広げ、曲げ、大盾を掴む。まるで、紙かのようにくしゃりと歪む二枚の大盾。大盾をいともたやすく歪ませた五指は、その奥側に伸びるように生えている巨大な鉱石を大盾ごと握り潰さんとする。

 甲高い悲鳴のような音が鳴り、薄氷を踏むような音が鳴り、ガラスが割れるような音が鳴る。飛び散る破片は当たりの建物に突き刺さり、鉱石の内部に取り込まれていた二人は気を失い、倒れこむ。


「言っただろう。戦いたくはないと」

 重なり合うように倒れる二人の姿を一瞥し、少し考えてから、鉱石で拘束する。

 念のためにと、二人の装備も固めた後、後ろに振り返り、市街地の中心部方面を睨めつけるように視線を飛ばす。

「あともう少しだ」

 踏み出す一歩。


「待ちナ」


 二歩目を阻止する声が後ろから掛かる。


「あまりにも早いな。副隊長さん」

 振り返らずに立ち止まり、副隊長の静止に対して言葉を返す。

「そこは“遅かったな”じゃないノ?」

「じゃないな。“早いな”で、合っている。何せ、俺にはお前らと戦う気はない。だから、見逃してくれると助かるのだが……」

「見逃すと思ウ?」

「……その気があったとしても、立場上難しいだろうな」

「ま、そういうこト」

 大男が振り返り、副隊長と視線がぶつかる。


「一つ気になることがあるのだけど、聞いてもいいかナ?」

「なんだ?」

「それ(・・)ってホントのことなのカ?」


 その言葉を聞き少し驚いたような顔をした後、少し逡巡してから、大男は口を開く。

「もしかして、お前……、わかって(・・・・)いる(・・)側の人間か?」

「あなたの言うわかって(・・・・)いる(・・)が、私の中でのわかって(・・・・)いる(・・)と同じ意味であれば、そうネ」

「なるほど。なら、この(・・)こと(・・)に関してはホントだ、と答えておこう。立場上・・・どうこうすることは難しいだろうが……、そこは、貴方に任せよう。それにしても、見える(・・・)人間がそちら側にいるとはな……」

「多分だけど、私だけじゃなくて隊長もそう(・・)だネ」

「まあ、そう(・・)だろうな」

 そう言いながら大男は自らの首の後ろ側に右手を持っていく。

「で、どうする? 見える(・・・)ってことは、知ってしまったのだろう? それでも、やるのか?」

「ああ。でも、やル。立場的にも、任務的にも、面子的にも、やらなければならないからナ」

「そうか」

 静かに構える二人。 

 副隊長は前羽の構えを少し崩したような構え、大男は前屈立ちで手を腰あたりに持っていくように構える。

「どうしても通してくれないのならば、仕方ない。無理矢理押し通らせてもらう」

「おとなしく捕まってくれないかナ? 悪いようにはしないからサ」


 その頃、右翼組はと言うと。

「なんすか、これっ⁉」

「わかんねぇ‼ だけど、攻撃してきているってことは敵であることは確かだ!」

 突然地面から現れた、否、生えてきた鉱石製のゴーレムと相対していた。

「無視して、樹さんたちのところに行くのはなしっすかね?」

「ありかなしかで言えば、なしだ」

 高く跳んだゴーレムは、俺と隼の間を狙うように踏みつけ攻撃をしてくる。普通に考えたら、当たりっこないその攻撃を俺と隼は大きくように跳んで回避する。なぜ? その問いかけに対する答えは数瞬後に提示される。

 ゴーレムが地面と接触し、その周りの地面がめくれ上がり、先ほどまで二人がいた空間をその下から反り立った鉱石が貫く。

「ま、そうっすよね。これを連れてったら、俺たちがあっちに行ったとしても戦力は変わらない……」

「…………」

「いや、むしろ敵さん側の戦力が増強されてしまうって感じっすね」 

 ゴーレムが前屈立ちで構え、人間の肉眼には瞬間移動したかのようにしか見えない速さで隼に迫り、拳撃を放つ。眼前まで迫る拳。人の身では反応できない一つ上の域に達した拳が、隼の顔面に直撃する……、手前で俺が止める。

 『眼』を使ってギリ反応できるレベルかよ……。

 冷や汗が額を伝う。

「でも」

 拳を握り、捕まえたまま、軽く腰をひねり、回し蹴りでゴーレムを蹴飛ばす。

「?」

 鉱石製の身体がガラス張りの建物にぶつかり、ガラスが割れて飛び散る。ゴーレムの身体はビルの内側まで飛んでいき、受付のテーブルにぶつかって止まる。

「たぶん。多分なんだが、そうやってこっちが考えて、このゴーレムを倒すために俺たちが足を止めることも相手の考えの内だ」

 飛び跳ねるように起き上がったゴーレムは、構えを取り、先ほどと同じように拳撃を仕掛けてくる。次の狙いは俺だ。

 まっすぐなストレートを避けたと思ったら、避けた先には膝がある。

 避けられないのなら、受けるまで。

 ゴーレムの膝蹴りを額で受ける。

「けど」

 首筋に向かって振り下ろされる手刀を左手で掴み、捻りあげながら背中を取る。

 そのまま地面に押し付けようしたところを、ゴーレムが自分で腕を引きちぎったことによって逃げられてしまう。

 が、腕を自殺した際に生じた若干の隙をこの場にいたもう一人が見逃すはずもなく、体勢が崩れたゴーレムの胸部、正しくは胸部にある核を槍が貫く。

「この程度では、俺たちは止められないよって」

「ま、見えればこっちのもんなんで。俺だけじゃ見えないまんま倒されて終わりだけど、センパイがいるんで」

「聞こえているんだろ? 侵入者さん」

 貫かれた後、明滅を繰り返していた核の光が静かに消える。

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