第六話『出動要請』

 着替えを終え、更衣室から帰ってきたのあは、隊長へと問いを投げかける。

「そういえば、隊長。樹のこと知りません? 今日朝起きたら、アイツいなくて」

「ん? なんも聞いてないのか?」

「はい。朝起きたら、ご飯と『ちょっと行ってきます』っていう置手紙だけが置いてあって」

「そうか。アイツなら朝番で早朝から外に出ているぞ。会議が始まるまでには帰ってくるはずだが……。そんな顔をされると、私が怖いのだが……」

 隊長が怖いと感想を述べるほどの表情をしている望の後ろを、瑞樹は何食わぬ顔をして通り過ぎ、自分の席へと向かう。

「そういえば、さあ」

 隣の席に座ったばかりの瑞樹に声をかけると、「どうしたの?」といった調子でこちらを向いてくれたので、話そうと思っていたことの続きを口にする。

「前にさあ、ちょっとでも引っかかることがあったら、教えてほしいって言ってたじゃん?」

「うん」

「マジで、しょうもないことなんだけどいい?」

「うん」

 こちらのことを見ながらコクコクとうなずいている姿は、彼女の容姿がとてもいいこともあり、とてもかわいらしいのだが、なぜか彼女のことを一人の女性としてみることができない。普通、こんなかわいらしい女性が隣にいて常日頃接していたら、一ミリぐらいはそういう感情を抱いてしまう気がするのだが……。

“そんな感情抱いたら私が許しませんよ。童貞”

 おっと、お怒りのようで。てか、ど、童貞じゃねえし。

“ダウト。貴方と私は貴方がこの世に生まれてからずっと一緒にいます”

 くっそ、ばれたか。

“というか、もし、貴方が女性の方と、万が一、いや億が一、いや兆が一、いや……”

 わかった。わかったから! 俺がモテないことはわかったから‼

 心の中で悲鳴を上げながら、泣いていると、さすがにやりすぎたと思ったのか、凄い優しい声音で謝ってくれた。

 こういう時、詫びを入れてくれるあたり優しいよな、お前。

“こほん。それはそうとして、もしあなたが女性の方とそういう関係になったとして、そのときのイチャイチャを、私は貴方視点ですべて見せつけられることになるんですよ。見たくなくても、見えてしまうんですよ。そういう観点から見ても、女性とそのようなことになるのは、私としてやめてもらいたいんですよね”

 確かにそれは困るなぁ。俺としても困る。


 一瞬で、そのような会話を心の中で交わした後に、瑞樹に話そうとしていたことを言葉にしようと、口を開いた次の瞬間、勢いよく事務所のドアが開き、一人の青年が部屋の中に入ってくる。

「すみません! 遅れました……、って、お嬢、顔怖いですよ。どうかしましたか?」         

 ズモモ……と聞こえてきそうな雰囲気を纏いながら樹のことを睨みつける望を見ながら、苦笑いを顔に浮かべる一同。

「それについては後々当人同士で話し合ってもらうとして、樹も巡回から帰ってきたことだ。本題に入ろう。二人とも、席についてくれ」

 その言葉を受け、席に向かう樹と望。

 席に向かう二人の方から鈍い音が聞こえた気がするが……、気のせいか。

 皆が席についていることを確認するように視線を巡らせた後、体を前に傾け、机に手をつく。

「単刀直入に言おう。ついに、我々の部隊の目標だった東京遠征を行うことが決まった」

 その言葉が発せられた瞬間、場の空気が先ほどまでとはガラリと変わり、少し張りつめたものになる。

「日程は今から二週間後の四月十六日。人員は我々の部隊のみだ。いつもの遠征では、後  援部隊による援護があったが、今回はない。いつもよりやることは増える。その点、留意しておいてくれ」

 静かに頷く一同。

「それで、東京までの経路なのだが……」

 隊長が、調査経路について説明しようとしたその時。

“出動要請! 出動要請! 市内に不法侵入者あり! 直ちに捕縛せよ! 繰り返す! 市内に不法侵入者あり! 直ちに捕縛せよ!”

 出動を求める通信が入り、全員が一斉に動き出す。資料室兼装備保管庫である隣の部屋に移動し、各々のロッカーから装備を取り出し装着する。全員がほぼ同時に出動準備を終え、部屋の奥に取り付けられているスイッチを一番近くにいた瑞樹が押す。すると、スイッチの横側の壁一面が下にスライドし、部屋と外が繋がる。

 人工的な光による明るさが自然な光による明るさに置き換わる。

「さて、行こうか。と、いいたいところだが……」

 少し言いにくいことをいうときのような歯切れの悪さで号令したかと思ったら、自分は行けないと言い出した隊長の言葉を聞き、隊員全員が出口の方へとむけていた各々の視線をそろって隊長の方へと移す。

「今、急用ができた。任務より優先しなければならない……、ちょっと重めのことだ。皆には悪いが私は一緒に出動することができない」

 こんな時に急用、しかも大事なこと……。何だろう?

「わかりましタ。現場の指揮は私が受け持ちますので、隊長はさっさと用事を済ませて来てくださイ」

「すまないね」

 詫びだけ入れて、隊長は事務室の方へと戻っていく。


「さて、行こうカ」

 隊長が先ほど言ったのと同じ言葉で副隊長が声を掛け、それを合図に隊員全員が外へ飛び出す。

「今回は数日前の任務と違イ、敵の位置が常時わかる」

 敵の位置が常時わかる? 空から捕捉しているってことか?

「詳しいことはわからないガ、博士の新しい発明品とやらがそれを可能にしているらしイ。よくわからんがナ」

 嫌味を言うときのような声音で、副隊長は俺が疑問に思っていたことについての答えを口に出す。

 さすが、博士。と、自分の生みの親を誇りに思うと同時に、そんな素晴らしい博士に対して、なぜ副隊長は邪険にしているのかという疑問が心の奥から湧いてくる。

「ま、そんなわけで、敵の位置がわかることだシ、今回は追い込み漁的な作戦を取ろうと思ウ」

「追い込み漁ですか……?」

「ああ。とは言っても、作戦自体は極めて単純で、作戦と呼べるのかどうか怪しいレベルのものダ。二人一組の三組に分かれて標的がいるエリアに向けて中央右左翼に分かれてまっすぐ進ミ、接敵したら接敵した組と他二組で囲い込むような陣形を組んで捕縛すル。ただそれだけダ」

「組分けはいつもので?」

「もちろん。配置は右にオウルペア、中央に私たち、左に樹ペアで行こうと思ウ。なんか提案とか、質問はあるカ?」

 首を横に振る一同。

「それでは、作戦開始」

「「「「「了解‼」」」」」

 六人一塊だった集団が、三つに分かれていく。


「で、なんで言伝の一つもなかったのよ? 置手紙ぐらい置いていけばよかったじゃない」

 口をぷくりと膨らませながら、隣で走る大柄の男に対して、小柄な少女が文句を言う。

「え~~~、だって、お嬢、そういうの嫌い通り越して、トラウマでしょう?」

「あ~~~……、ね」

 樹の指摘を受けて望は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ま、そんなわけで、なんも言わなかったんです。って、なんですか?」

 話を〆ようとしたところ、何やら視線を感じた樹は望の方を見る。すると、そこには怪しい笑みを浮かべて樹の方を見ている望の姿が。

 これ、まずい時のやつだ。

 そう思った樹は走る速度を少し上げて、望の前を走ることでこれ以上の言及を防ごうとする。

 だが、そのような手は望に対して通じない。なぜなら……。

「ねえ、樹。私、まだ聞きたいことがあったのだけれども……。今、あなた逃れようとしたわよね?」

「さ、さぁ、何のことでしょう?」

 頬を伝る冷や汗、震える声。これら全てがバレているだろうとわかっていても、樹はどうしてもこの件を煙に巻かなければならない理由があった。それは……。

「まぁ、いいわ。貴方が何を隠そうと、多分それは私のためなのでしょ? 違う?」

 どうやってごまかそうか考えていたところ、そんな声が聞こえてきて、思わず後ろを振り向いてしまう。そして、振り向いた先には、優しい笑みを顔に浮かべる望の姿があった。

 全く、この人には敵わないな……。

「そんな感じです。隠し事してしまってすみません……」

「いいのよ。ただし、今度スイーツ奢りね」

「わか」


 え?


 鍛えられた一八〇センチ越えの巨体が宙を舞う。


 なんだ?体が吹っ飛んで……。


 交通規制がされていることで、車一つ通ってない大通りの道路をまっすぐと飛んでいき、数十メートル空中を飛び、地面と接触し、転がり、止まる。


“樹ッ‼”


 通信機越しに望の悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 とりあえず、無事を伝えよう。

「大丈夫です……。何とか、生きてます」

 起き上がろうとするが、体が重くて持ち上がらない。怯えてそうなっているわけではない。でも、なぜ? 

 そう思い、寝転がった状態になっている自分の身体を確認すべく視線を動かすと、胸から下から膝あたりまでが、水晶のような透明の鉱石によって覆われて拘束されているのが見えた。

 なんだこれは?

 殴ってみるがもちろん壊れない。

 とりあえず、伝えなくては。

 そう思い、通信を全体のものにつなぐ。

「こちら、ルースター。目標と接敵しました。敵は何らかの手段を用いて鉱石を生成し、それを用いた攻撃を行ってきます。そして、それによる攻撃対象の拘束もしてくるので、できるだけ相手の手に触れられない方がいいと考えられます」

 報告をしている間に、望が彼女の大斧によって樹の身体を拘束していた鉱石を破壊する。

「十分注意してください」

 そこまで言って、通信を切る。

 煙が晴れ、その奥から褐色肌の大男が姿を現す。

「はずれか……。それにしても、流石と言うべき頑強さ。これが“PLOVER”の隊員か」

「それ、煽ってます?」

「いや、素直に称賛したんだが……」

 首の後ろを搔きながら、苦笑いをする大男。その様子を見据えながら二人は、二枚の大盾、一本の大斧を構える。

「できれば戦いたくないのだが、戦わなくちゃダメか?」

「はい。もちろん☆」

「ここは見なかったことにしてくれないか?」

「まぁ、こちらも仕事ですし、見逃すということはできませんね」


「そうか」


 瞬間、男の纏う気配がガラリと変わり、相対する二人は、体が上から抑え込まれるような感覚に襲われる。

「もう一度言うが、俺はお前らと戦いたくないんだ。そして、お前らを殺したくはない。だから、死なない程度に頑張ってほしい」

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