第五話『ハチドリグミ』

「ねぇ~~、センパ~イ。聞いてくださいよぉ」

 隣の席に座り、目の前の机にぐでっともたれかかりながら、情けない声で話しかけてくるのは、後輩の七草隼だ。

「どうした?」

「昨日任務帰りにコンビニでこんなの買ったんすよ」

 そう言いながら隼は自らのバッグからその昨日買った何かを取り出して、こちらに見せてくる。

「ハチドリグミ? なんだそれ? 食べたことないな」

「こ~れ、すごいハズレのやつです」

 苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、舌を出す隼。その様子を見ていると、なぜかそのグミがどれだけ不味いのか気になってきて……。

「それ、俺にも一つくれよ」

 ついつい一口食べたくなってしまい、グミを受け取るための手のひらを隼に向けて差し出す。

「いいっすよ。でも、ほんとに不味いですよ」

 そう言いながら、カラフルな包装の中からそのグミを一つ摘まみ出し、俺が差し出した手の上に乗せる。

「不味いって文句言われても知らないですからね。事前に言いましたから」

 そこまで言うとは……。と思いながら、手のひらに載っている緑色のグミを口の中に放り込む。

「ん? これ美味いぞ」

 甘ったるい味で、後味でほのかに蜂蜜の風味が香ってきて普通に美味い。

「えっ‼ うそでしょ⁉」

この世の者とは思えないものを見るかのような目をこちらに向けてくる隼。そんなにおかしいか? このグミを美味しいと感じることが。

「おかしいですよ! 舌バグってますって先輩ッ‼」

「そうか? 美味いと思うんだけどな~……。どう思います? 副隊長」


 投げかけた視線の先にいる女性は、先ほどまで何かをパソコンに打ち込んでいた手を止め、顔を上げ、困惑半分、呆れ半分といった顔をこちらに向けてくる。

「唐突に話を振られても困るんだガ……」

 と、困ったような声音で返答しつつも、こちらの話題には興味があるのか、席を立ち、こちらに歩み寄ってくる。

「これです」

 隼は横まで来た副隊長の腕を取り、その手のひらにグミを乗せる。

「見た目は普通のグミみたいだけド?」

「に、見えるでしょ? 食べてみてください。なんで、オレがセンパイのことをおかしいって言っているのかがわかると思いますから」

 さぁさぁという感じに薦める隼の様子を見て少し怪訝な様子を見せつつも、手のひらの上に乗せられた緑色のハチドリ型のグミを口に放り込む。

「まっズ‼ なにこレ⁉」

 あわてて、隼のデスクにあるティッシュ箱からティシュを何枚か取り出し、口に入れていたグミをそこへと吐き出す。

「辛くテ、にがくテ、しょっぱイ。何だこのグミ?」

 目の端に少し涙を浮かべながら、味の感想を言う副隊長。

 ん? 辛くて苦くてしょっぱい? 

「え? そんな味したんですか?」

「ああ、そうだヨ」

「俺が食べた時と味が違いますね」

 俺が食べたときは花の蜜っぽい甘ったるい味の美味しいグミだったんだけどな~……。

「お前らが食べたときはどんな味だったんダ?」

「オレが食べたときは、激ニガでした。ジブン、ニガイの苦手なんすよね」

「そうカ。きょうはどうだったんダ?」

「自分は花の蜜風味の甘ったるい味でしたね。甘いもの好きなので、個人的にはとても好きな味でした」

「なるほド……」

 顎に手を添えながら何かを考えるそぶりを見せた後、副隊長は後ろにある給湯室の方へと向かい、棚から何かを取り出しこちらに戻ってくる。


「ちょっと試したいことがあル」

 そう言いながら後ろ手にして持ってきた何か、調理用のハサミをこちらに向けて見せつけてくる。

「そのハサミで何するんすか?」

「まあまあ、待ちたまえ隼君。すぐわかるかラ」

 答えを求める隼を宥めながら、ティッシュをデスク上に一枚広げ、その上に隼の手元にあるカラフルな包装から一つグミを摘まみ出す。左手で持ったグミに、右手で持ったハサミの刃を入れ、グミの中心に向かって三つの切れ込みを入れる。それを手で一つ一つちぎってティッシュの上に置く。

「これを一人一欠片ずつ食べてみテ」

「「わかりました」」

 ティッシュの上で三等分されて置かれたグミを指さしながら、自らもその中から一欠片つまんで口に放り込む副隊長と、それに続く俺と隼。

 次の瞬間、俺の口の中には再び花の蜜風味の甘みが広がり、目の前の二人の顔は青ざめる。

「おえっ」

 先にグミを吐き出したのは隼だ。副隊長は額に大量の汗を浮かべながら、何とか吐き出さずに堪えている。

「ふ、二人とモ……、あ、味の方はどうダ、っタ?」

 息絶え絶えといった様子で俺たち二人に味の感想を聞いてきつつ、口の中に残っているグミを何とか飲みこんだ副隊長は、投げかけた質問の答えを聞くよりも先に給仕場に向かい、水の入ったコップを三つ手に持ってこちらに戻ってくる。

 隼はそのコップを急ぐように手を取って、中に入っている水を飲み、俺は隣で苦しんでいる隼の背中をさすりながら、先ほど聞かれた質問の答えを返す。

「自分はさっき食べたときと同じ味でした」

「やっぱりカ……。私もさっきと同じ味だっタ。隼はどうだったのかを聞きたいところではあるガ……、それどころではなさそうだナ」

「そうですね」

 向ける視線の先には、手を震わせながらコップを口元まで運ぶ隼が。

 これは、ひどいな……。そんなに苦いのか?それとも、そんなに苦いのが苦手なのか?   

 それは定かではないが、凄い苦しみ様だ。

 全ての人がそうなるわけではないけど、一人でも人をこんな状態にさせるグミって……、どうなん? よく市販する許可が下りたな……。

「いや……、もう大丈夫っすよ。大丈夫っす。ちな、ジブンも同じ味でした」

 その答えを聞き、副隊長は、先程おれたちに提案をした際と同じように顎へと手を添えながら、自らが出した結論を口にする。

「みんな同じグミを食べたのに味は違ウ。そしテ! それぞれの味の感じ方はその人によって固定されていル……。そこから導かれる答えはズバリ!」


 と、までお決まりのセリフを言ったところで事務所のドアが勢いよく開き、続く言葉、肝心な答えの部分はドアと壁の衝突音によって遮られる。

「おはようございます☆ 副隊長‼ 今日も可愛くてかっこいいですね♡」

 あ~、マジか、コイツ……。

 そんな心の声を込めた視線を、俺と隼は今さっき部屋に入ってきた声の主に向けて放つ。

「なんなの? 陰キャとチャラ男。なんか文句がありそうな顔して」

 なんかこっちを睨めつけてきているけど、お前さぁ……。

「文句も何も、タイミング悪すぎっすよ。のあさん」

 隼は起きたことをそのまま望に伝える。その間、副隊長が顔を俺たち三人から背けており、その耳の端が赤くなっていたような気がしたが、気のせいだと思っておこう。

「え~~~、そうだったんですね! 副隊長‼ すみません!」

「ああ。大丈夫ダ。問題なイ」

 顔を身体ごと背けながら望に対して返答する副隊長。その目の端には光るものが浮かんでいた気がするが、これも気のせいだろう……。見なかったことにしておこう……。

「あ、それ! ミンスタで話題になっているやつじゃないですか!」

 隼の机の上に置いてあるグミの包装を指さす望のテンションは、今まで見た中で、一番高いものだった。

「え、望さん。これ知っているんすか?」

「ええ! そのグミ食べる人によって味が変わるグミって話題なんだよね!」

「へ~、そうなんすね」

 そう応えながら隼は、机の上から袋を手に取り、自分の目の前まで持ってきて「ふ~ん、これがねぇ……」といった調子でまじまじと眺める。

 てか、副隊長が言おうとしていた事、望ちゃん全部言ってない?


「おはようございます」

 ハチドリグミ談議に花を咲かせていると、事務所のドアが再び開き、一人の少女が部屋に入ってくる。

 その少女はペコリと軽く会釈をした後、腰の付け根まで伸ばしたスモーキーピンクの長髪をたなびかせながらこちらに向かって歩み寄ってくる。

「何を話していたんですか?」

「おはよう、瑞樹みずき。今ナ、これについて盛り上がっていたところなんダ」

 隼の机の上にあるグミの包装を指さしながら、投げかけられた質問に対して答えた副隊長は、そのまま事の経緯についても瑞樹に説明する。

「へ~、そんなグミがあるんですね」

「そうなんだよね☆ それにしても、みずちゃネットに疎すぎない?」

 瑞樹にすり寄って、腕を絡め、もう片方の手では瑞樹の頬を突っつく望と、それに全く動じずに望の顔を見る瑞樹。

「まあ、普段生活していてテレビがあれば十分な情報は仕入れることができますし……」

「え~~~、もったいないよ! みずちゃ、こんなにかわいいのに♡」

「もったいない? どういうことですか?」

 その質問を待っていましたとばかりに口の端を持ち上げ、望はニチャリと形容すべき笑顔を浮かべる。

「それはね……。こういうことだよっ!」

 言い終わる前に望は自身のポケットから自身の携帯電話をポケットから取り出し、カメラ機能を起動し、レンズを瑞樹の方へと向け、シャッターを切る。

「ちょっと、何してるんですか⁉」

「写真撮っただけだよ☆」

「写真撮っただけって……、ソレまさかまたネットに載せる気じゃ……」

「ん~~~、正解☆」

「本当に勘弁してください……」

 あまり感情を顔に出さない瑞樹が、本当に困っているような表情をしている……。珍しいなぁ……。

 そんなふうにのんきに眺めていると、瑞樹と目が合い、助けを求めるような目でこちらを見てくる。

 別に、手を差し伸べなくても大丈夫な状況ではあるが、本人が本当に困っているようだし……。同期のよしみで助けてやるか。

 そう思い、指摘の言葉が口から出かかったところで、事務所のドアがまた開く。

「おはよう。皆」

 現れたのは、白髪交じりで髭面の中年男性。その中年男性に対して、その場にいた五人全員が頭を下げる。

「「「「「おはようございます」」」」」

 その様子を見て、その男性は満足げに頷くと、その視線を全員のことをまとめてみるようなものから先ほど来た二人に向けたものへと変える。

「望、瑞樹。来てすぐなのかもしれないが、隊服に着替えてくれ」

 普段の隊長ならばしないような発言に少し驚きつつも、望はその理由を中年男性、隊長に対して問いかける。

「それはなぜに? いつもなら、隊長さんそんなこと言いませんよね? なんかあったんですか?」

「なにかがあったわけではない」

「なるほど、では、何かを我々がするってことですね? もしかして、例の件ですか?」

 にんまりと笑って隊長のことを見る望の瞳の色は、先ほどまでの無邪気なものから相手の考えを見透かすようなものへと変わっていた。狡猾な者達が度々見せる他人のことを見透かすような。普通の人がそのようなを向けられるとたじろいでしまうものだが、さすが我らが隊の隊長と言ったところか、全く動じずまっすぐ望の瞳を受け止めて、問いに対しての答えを返す。

「さて、どうだろうな。答え合わせは会議でするから、早く着替えて来い」 

 

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