第四話『朝食』
チュン……、チュンチュン……。
鳥の鳴き声と窓から入る日差しが朝の訪れを知らせ、俺は目を覚ます。
寝起き特有の浮遊感に包まれながら体を起こすと、頭の中に流れてくる先ほどまで見ていた景色。一面に広がるタンポポの花畑。大樹と花々。そして、目元が髪で隠れていて、その容姿を拝むことは叶わない少年と少女。
夢を見ていたのか……? ん?
背中がなにやらひんやりとしているなと思った俺は、自分の背中に手を回す。
「うわっ……」
シャツが汗で濡れてベトベトになっているのを手のひらで感じ、その不快感からつい心の声が表に漏れ出してしまう。
着替えよ。
布団を跳ね除け、ベッドから立ち上がり、脱衣所に向かう。
機械なのに生理現象があるなんて、我ながら不思議な体してるよな……。
そんなことを考えながら、シャツを脱ぎ、洗濯籠に放り込む。
洗面台の横においてある衣装ケースの中からインナーを取り出し、身に着けようとしたところで、「このままインナーを着ると、汗をかいた後特有の不快感が張り付いたままになるな」と思った俺は、再び衣装ケースの棚を開け、タオルを取り出し、風呂場の入り口に放り投げる。
服を脱ぎ、風呂場に入り、サッとシャワーを浴び、風呂場を出て、体をふき、下着とインナーと寝巻のズボンを身に着けて、キッチンに立つ。
さて、今日の朝飯はどうしようかな?
朝飯のメニューを考えながら冷蔵庫を覗いていると、聞いているとこちらまで眠気がぶり返ししそうなあくびが脳内に響く。
“ふわぁ……、おふぁようごじゃいます”
眠そうだな……。
“ふぁい……、あなたが寝た後にちょっと調べ物をしていまして……。眠いです……”
それにしても、不思議な話だな。人工知能が眠気を感じて、睡眠をとる必要があるなんて。
“あなたには言われたくないですよ。機械の身体なのに眠気を感じて、睡眠をとる必要があるあなたには”
それもそうだな。
冷蔵庫の扉の裏にある収納スペースから卵を二個ほど取り出す。
“今日の朝ご飯は何ですか?”
今日は卵料理にしようと思ったんだけど、なんかこれ食べたいなってものある?
“ん~~~~、そうですね……”
悩んでいる相棒を尻目に俺は、コンロの下の戸棚を開き、フライパンと鍋を取り出し、それぞれ二口コンロの五徳の上に乗せる。
“チーズ入りのスクランブルエッグが食べたいです!”
おけ。
冷蔵庫を再び開き、牛乳と塩コショウ、袋チーズと昨日の残りの味噌汁が入ったタッパーを取り出す。袋チーズとタッパーをシンクとコンロの間にある作業スペースに置き、真下にある棚から小さめのボウルを取り出す。
ボウルをおいた後、ボウルが入っていた棚の隣の棚からサラダ油を取り出し、フライパンに垂らし、すぐにしまう。
ガスの元栓を開け、火をつけ、その上でフライパンを傾けて油を広げる。油を広げ終わったフライパンを五徳の上に置き、スクランブルエッグの材料を混ぜ合わせるべく、置いてあったボウルを手に取る。
ボウルの中に卵を二つ割り入れ、白身と黄身が完全に混ざるまでかき混ぜ、そこに牛乳と塩コショウを適量加え、またかき混ぜる。
かき混ぜ終わるとフライパンもちょうどいいぐらいに熱されているので、そこにかき混ぜ終わった卵たちを投入し、その上からチーズを投入。
卵に熱を加えて待つ二十秒間ほどを、ボウルを水につけ、タッパーに入った味噌汁を鍋にぶち込んで温めることによって有効活用する。
先ほど、ボウルを取り出したところの棚を開け、その中に入っている木ベラを取り出す。
その木ベラを使って二、三十回ほどフライパンの上にあるものをかき混ぜ、それをさらに盛り付けたら、チーズ入りスクランブルエッグの完成。
スクランブルエッグを乗せた平皿と上の棚から取り出したお椀を手に持って、リビングへと向かう。火を使っているので速足で。
リビングのテーブルに皿とお椀をおき、キッチンへと戻る。味噌汁を温めている鍋の前に立ち、煮立つ直前で火を止める。先ほどご飯用のお椀を取り出したところと同じ棚から味噌汁用のお椀を取り出し、そこに温めた味噌汁を注ぎ入れる。
味噌汁の入ったお椀と作業スペースの真下にある棚から取り出した箸を持って再びリビングへと向かう。
持ってきた味噌汁の入ったお椀と箸もテーブルに置き、先ほど持ってきたからのお椀を手に取り、部屋の隅へと向かう。
そこにある炊飯器の中から横に置いてあるしゃもじを使って白米をよそい、テーブルに戻り、テーブルの真ん前の床に腰を下ろす。
“今日もいい感じですね”
なんでお前が誇らしげなんだよ。
そんなやり取りをしながら手を合わせる。
「いただきます」
“いただきます”
まずスクランブルエッグを少し口に入れ、白米をかきこみ、味噌汁で流す。世間一般的に三角食べと言われるような食べ方で、朝飯を食べ進めていく。
“ん~~~~‼ やっぱり、朝食べるチーズスクランブルエッグはサイコーですね!”
そうか。そう言ってもらえると、作った甲斐があるってもんだ。
相棒に絶賛されたスクランブルエッグを口に運びながら、リビングのテーブルに置いてあったスマートフォンの電源を付け、ニュースアプリを開く。
“戦闘や索敵の補助が本目的であるとは言え、五感の共有を可能としてくれた博士には感謝ですね”
お、噂をしていたらなんとやら……。博士が記事になってるぞ。
“お、ホントですか? どれどれ”
そこに書かれていた内容は、とても難解なものだった。
『魂』の存在を証明? その構造を解明? どういうこっちゃ?
“私たちがいくら頭を悩ませたところでわかりっこないですよ。その『魂』とやらの証明をした博士ですら、長い年月をかけてようやく答えにたどり着いたわけですから”
それもそうだな。
いつの間にやら空になっていた食器を手に持ち、台所に運び、水につける。
洗面所に向かい、歯を磨き、顔を洗い、拭き、寝室に戻り、クローゼットを開け、スーツに着替え、誰も家にいないはずの部屋の中に向かっていってきますと言い、玄関のドアを開け、外に出る。
家から事務所までの距離は歩いて五分かかる程度。端的に言うとすごく近い。一本道を進めばすぐである。のだが、今日は遠回りしたい気分だった。ので、事務所までの一本道を事務所とは逆方向に足を向ける。
少し行くと交差点に差し掛かる。そこを右折すると駅への道、左折すると川にかかる橋へと進むことになるその分かれ道を左に進み、橋の手前で再び左に曲がり、河川敷の土手に敷かれている道へと入る。
風が吹き、土手のわきに植えられている桜の木に咲く花の弁が空に舞う。その花びらは風に運ばれ俺の元へ。視界一杯を覆ってしまうような数の花びらが通り抜けていくのを肌身に感じ、春を味わいながら、土手道を歩き、事務所へと歩みを進める。
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