第三話『花畑』

 オウルと相棒が肉塊の内部で戦闘を繰り広げているその一方。

ファルコンこと七草隼は、ある程度の人数の救助を終え、救援との合流をするべく肉塊の入り口前で座って待っていた。

待っているだけだと退屈だな~。でも、入り口付近に一時待機って隊長が言っていたしなぁ……。

そんな感想を胸中に抱きながら自分の左横後ろに開いている、否、自らが開けた大きな穴を眺める。穴の端が他の部分と比べて明らかに大きく脈打ち、じわじわとその中心に向かって肉が進行しているのが、ここからも確認できる。

やっぱ、再生しちゃうか。しっかり壊したはずなんだけどな。さすが、と言ったところかな。

「ファルコン、来たヨ」

 その声の主は近くに降りると、こちらに向けて歩いてくる。

「副隊長、ありがとうございます。わざわざ」

「いや、構わんヨ。今回に関してはしょうがない部分もあると思ウ。まぁ、やらかしたことは目の前のこの光景を見る限り間違いないかラ、隊長からのお叱りは受けるだろうけどネ」

 副隊長の顔は下半分が襟で隠されていて、彼女の口元を見ることは叶わない。だが、目元や雰囲気から伝わってくる、この人笑っているな感。それを感じ取った隼は、任務の後に隊長からお叱りとともに、『鍛え直し』と称してボコボコにされることを考え、肩を落とす。

「で、来たのは副隊長だけですか?」

「今のところナ。他のメンツは、ここに向かってきているところダ。ちょっとまってくれヨ」

 と言いながら、視線を隼の顔から目の前の肉塊へと移す。

「来る途中にも見えていたけド、目の前で改めて見るト……、なんカ、凄いナ……」

 副隊長は少し困惑しているような、驚いているような表情を顔に浮かべる。

「これほど巨大な異形初めて見ました」

「ああ、ジブンもダ。記録上でもこれほど巨大なものはないんじゃないカ」

「でかいだけじゃないです。街中で出現したのも、八年前以来初めてのことですよ」

「…………」

「どうかしましたか?」

 駅を覆う肉塊に向けていたはずの視線を隼に戻し、じっと見つめる副隊長。

「いや、ちょっと気になったんだけどサ。もしかしてなんだけど……」

 その問いかけは、近くで起こった大きな音によって掻き消される。


 音の原因となったものの付近には砂煙が立ち、風が遅れて副隊長たちの元へ届く。

「イテテ、あいつ。俺が頑丈だからってぶっ飛ばしやがって。何が、“策がある”だ。そうだな! アンタには、策を考える頭なんてものハナからなかったんだった。脳筋が‼」

 砂煙が晴れ、その中から現れた音の原因となった大盾を持った大男は、誰かに向けた悪態をつきながら、盛大に地面に打ち付けた自分の尻をさすりつつ立ち上がる。

その男に対して副隊長は親しげに声をかける。

「おお、遅かったナ。ルースター」

「お! 副隊長。聞いてくださいよ。お嬢がさ……」

 そこまで言いかけたところで、少し遠くから叫び声が聞こえてくる。

「受け止めろオオオオ‼ ルースタアアアアア‼」

 その声を聞いたルースターはやれやれと言った様子で盾を構える。

 夜の闇を鈍い光が切り裂き、大盾に向かって突き進んでいく。大盾と鈍い光の距離がゼロとなった瞬間、大きな質量を持った金属同士がぶつかり合うときに生じる甲高くも鈍く重く大きい音が衝撃波を伴い辺りを揺らす。時間にして一、二秒。大盾に打ち付けられたものがその勢いを殺されるまでの短い時間は、衝突の火力、圧力、迫力によって二倍、三倍に引き延ばされ、ぶつかってきたもの、いや、大斧をその手に持ち、駆け突っ込んできた一人の小さな少女の身体は、空中にピタリと静止しているように周りの人の目に映る。

 速度が殺され切るのを体感で把握した少女は、盾に斧を押し付ける力を利用し、後ろに少し跳び宙を優雅に一回転し着地する。

「ありがと♡ ルースター」

 あざと可愛く感謝する少女を見て、ルースターは苦言を呈す。

「あのですね……。自分がいくら堅いからって限度があるんですよ? 今回みたいに盾を構えていたらいいですよ。いや、それでもだめですけど……、手痺れるし……。まぁ、それは置いといて、もし、盾を瞬時に構えられなかった場合、どうなると思います? 怪我どころの騒ぎではないですよ! それ、わかってます?」

 まるで保護者のように説教するルースターの言葉を華麗にスルーし、少女は副隊長の元へと歩いていく。

「ちょい、遅れました。ナイチンゲール、ただいま現着です☆ お待たせ、待ちました?」

 ピシッとしつつもあざとさを感じさせる敬礼をする少女。そのしぐさを見て微笑みを浮かべながら副隊長は返答をする。

「いや、いま来たところダ」

「なら、よかったです。じゃあ、いきましょうか」

 まるで、これからデートに行くかのような感じの女性二人とそれについていく男性陣二人。計四人は、お出かけに行くかのような足取りで肉塊の内部へと入っていく。


 そのころ一方、オウルたちは、と言うと。

 やばいって! これマジやばいって‼

 心の中でそう叫びながら、俺の身体を拘束しようと次々と迫りくる肉の触手を躱して、躱して、躱しまくる。

“まだですよ。まだです……。もうちょっと、あと少しです”

 聞こえてくる相棒の声は、冷静ながら緊張感を孕んだもので、隣に立っていたら額に汗を浮かべている姿が拝めるのは間違いないと思わせるような声音だった。

 何本目かもわからない触手を躱した時、ついに相棒が狙っている瞬間が訪れる。

“今です!”

 その言葉とともに俺は回避をやめ、攻撃に転ずる。

バー起動オン

体の中に構築されている強化ブースト機関システムが俺の声を認識し、指示に合った機能を作動させる。

両腕の熱が高まるのを感じながら、視界に表示された光の道を進む。

『触手を足場にして進むときは、腕で焼きながらで』

相棒から作戦を伝えられた際に受けた指示の通りに、触手に手をかけ、テナガザルのような挙動で核との距離を詰める。

最初は焼かれた部分の感覚がなくなっていくことに動揺し、動けずにいた肉塊も、俺が触手の側面を焼きながら伝って進んでいることにすぐ気づくと、焼かれている地点に触手を伸ばして攻撃を仕掛けてくる。

 ここで、また、相棒の言葉を思い出す。

『相手が状況に気づいて触手攻撃が飛んで来たら、その側面を足場にする』

 自分のことを拘束しようと伸びてくる触手の側面に指を食い込ませながら掴み、触手が伸びる速度より速く腕を引き、次に迫ってくる触手の側面を掴み、腕を引き、その次の触手の元へと進んでいく。

 自分の攻撃が、相手に利用されていることを感づいた肉塊は、触手による攻撃の軌道を、直線的に相手を捕えようとする動きから、変則的かつ攻撃の軌道が読みにくいものへと変化させる。


『相手の攻撃の軌道が変則的なものに変化したら、掴むところを触手の側面から触手の先端へと変更すること』

 相手の攻撃軌道がいくら不規則且つ読みにくいものだったとしても、こちらを狙ってきていることには、変わりない。だから、そこを利用してしまえばいい。

 そういう思考の元、行われる、攻撃が当たりそうになったところで触手の先端を掴み、移動に利用するという行動。

 触手の先端を掴んだ手がそのまま触手に絡めとられて拘束されてしまうのではないかという懸念もあったが、『触手は熱に弱い。だから、先端部分を焼くと動きが止まる』という相棒の考えが的中し、うまいように事が運ぶ。

 触手の森を抜け、ついに核が眠る巨大な目玉の元へと到達する。瞳孔の上に着地し、腰を低く落として迷いなく真下の目玉へと手を突き立てるが、その手は分厚い水晶体に阻まれて目の内部まで届かない。

 なるほど、外見だけではなく構造もしっかり目になっているのか。ならば。

ネー起動オン

 移動の際に、誤爆しないように停止していたネーを再起動する。

 先ほど、突き立てた手を抜き、拳を握り、開けた穴に腕をねじ込むように打ち付ける。穴を進み、そこに突き当たった瞬間、ネーの機能が発動する。

 内部で炸裂した爆轟によって、巨大眼球が内側から焼かれ、膨らみ、弾け飛ぶ。

 爆発の衝撃によって俺の身体は宙へと飛び、爆風と衝撃によって振り回されそうになるのを、インパクタを用いて姿勢を制御する。

“まだ、核が破壊できていないようです”

 オーケー。今どこにあるかわかる?

“はい、今視界にプロットします”

 正面数メートル先に核の位置を示すマークが表示されるのを確認するのと同時に、宙を蹴って目標まで一息で迫り、捕まえ、そのまま砕こうと手に力を入れる。


 途端、自らの命の危機を感じ取った異形側が最後の抵抗を行う。

ガラスにひびが入る時のような音をたて、その青く光る透明な水晶体に亀裂が入った瞬間、指の間から破裂するような勢いで肉があふれ出す。増殖する肉は、俺の身体を覆い圧すべく、腕を伝い数瞬の間に肩まで達し、あっという間に右上半身まで侵食してくる。

 だが、核を手中に収められた時点で異形側の詰みが確定することには何ら変わりない。まとわりつく肉を意に介せず、そのまま核を握り砕く。

 藍色の欠片が飛び散った数秒後、俺の身体にまとわりついていた肉や、駅を飲み込むようにまとわりついていた肉が、蒸発するかのように消えていく。

 その様子はあまりにもきれいで、消えているものそのものが異形の死体であるということを感じさせないほどの光景だった。まるでそれは……。


「ねぇ、どこまで行くの? かなり歩いたけど」

 そう問いかけるのは一人の少年。

「もうすぐだから、頑張って」

 少年の問いかけに対して笑顔で答えるのは一人の少女。

「足が痛くなってきたよ」

「情けないわね。いつも部屋に籠ってばかりいるから、こうやってたまに外に出るときにすぐ疲れちゃうのよ」

 額に玉のような汗を浮かべながら、苦言を呈する少年を見て、少女はあきれながら手を差し伸べる。少年がその手をぎゅっと握りしめるのを確認すると、少女は少年の手を引き、走り出す。

「ちょっと、いきなり走らないでよ」

 足がもつれそうになりながら、少年は必死に少女のペースに合わせて走る。


「着いたよ」


 森の中を走って三・四分。少女についていくのに必死で周りの風景に目がいってなかった少年は、少女の言葉を聞き、久方ぶりにその顔を上げる。

「わぁ」

 目の前に広がる光景を見た少年は思わず感嘆の声を上げる。

 辺り一面に広がる白と黄色のコントラスト。風が吹きぬけ、白の部分が宙に舞う。少女たちの元へも届いたその白を、少年は興味本位でひとかけら捕まえる。手を開き、その白の正体を確認する。綿毛だ。てことは、と思い黄色に近づいてしゃがんでその姿を確認する。黄色い細かい可憐な帯状の花弁を無数に身にまとい、小さなポンポンみたいな形をしたその花は……。

「たんぽぽだ」

 はじめて目にする実際のタンポポをまじまじと見つめる少年。その姿を少女は後ろから静かに見つめる。


 少年がタンポポに釘付けになって数分。

「□! こっちきて~!」

 少年のことを呼ぶ少女の声が聞こえ、顔を上げると、丘の上から少女がこちらに向けて大きく手を振っているのが見えた。

 少年は立ち上がり、少女の元へと駆け出す。

 少年が丘の頂上付近にたどり着くと、少女は頂上に立ち、丘の向こう側を眺めていた。そんな少女の背中に向かって少年は問いかける。

「どうしたの?」

 そんな少年の問いかけに対して、少女は振り返らず答える。

「見て」

 少年は丘を登り切り、少女の横に並び、彼女が少年に見せたがっていた景色を目にする。

 

 そこにあったのは樹だ。樹と言ってもただの樹ではなく、今まで図鑑などで見てきたどんな樹よりも大きい樹。その樹の周りは少しくぼんでいて、そのくぼみは黄色と白以外のいろんな色に彩られている。そして、その真ん中にいる大樹は周りの花々を見守るよう佇んでいた。

「行こっ!」

 少女の言葉に少年は頷き、二人並んで走り出す。

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