第二話『肉塊』
相棒によって導き出された最短ルートを通り、名護屋駅に着いた俺を迎えたのは駅の建物ではなく、同じような形をした肉の塊だった。
「おーーーーい! オウルさ~~ん!」
こんな状況下で緊張感のない声で呼びかけながら近づいてくる俺のバディ。もう少ししっかりしてもらいたいよ、全く。
“その言葉そのままそっくりアナタに送らせていただきますね”
ん?
“ん?”
「オウルさん聞いてましたか?」
バディの心配そうな声で意識が脳内から現実に引き戻される。どうやら、俺が脳内で相棒とバチバチと睨み合っていた最中に事態の説明をしていたようだ。これは悪いことをしたな。
「すまん……。考え事していて聞き取れなかった。もう一回説明してもらえるか?」
俺が頭を下げると、やれやれと肩をすくめて再度説明をし始めるバディ。おい、お前。元はと言えばお前が粗相をしたからこんな事態になったんだからな。まさか、そのことを忘れてんじゃねぇだろうな。おい。
“全く、同感です”
だよなぁ。
「聞いてます?」
「あ、わりぃ。元はと言えば、この事態はお前が引き起こしたのに何偉そうにしてるんだ? こいつは。」
「ヒドくないっすか⁉」
「おっとっと。思わず本音が。これは失礼」
「本音が漏れたって言っても言い訳にはなりませんって……」
バディが可哀そうなものを見るような目でこちらを見てくる。おい、そんな目で俺を見るな。まぁ、真面目に話を聞いてなかった俺が悪いか。そろそろ気持ちを切り替えよう。
「茶番はここまでにして……、改めて状況を教えてくれ」
俺の顔を見て、俺が気持ちを切り替えたのを察したらしく、先ほどまでとは打って変わって真面目な顔になったバディは現在の状況とそれに至るまでの経緯を話し始めた。
「なるほどね……」
現在の状況を聞いた俺は頭を抱えていた。マジでどうしよう……。
「え~っと、まとめると。まず、お前が目標を見つけて」
「はい」
「追跡していたら、バレて」
「はい」
「目標が研究所から盗んだものを食べて」
「はい」
「異形になって、その場にいた人を巻き込みつつ名護屋駅を飲み込んだと」
「はい」
「…………」
「…………」
そこまでのやり取りを終えた後、二人の間にしばらく沈黙が流れる。
「とりあえず、お前が無事でよかった」
沈黙を終わらせたのは、俺の口からこぼれてしまった率直な気持ちだった。
俺の言葉を聞き、とても驚いた様子のバディ。なぜ怒らないのか? なぜ自分の無事を喜ぶ言葉がまず出てくるのか、驚いているような顔をしている。心外な。身体は機械だが、心まで機械なわけじゃないぞ、俺は。
「まぁでも、あとで説教だな」
俺のその言葉を聞き、バディの顔が驚き呆けた顔からいつもの情けない面へと戻る。
「そんなぁ……」
うなだれるバディ。説教が嫌なのは同感だが、やらかしたんだからしょうがない。きっちり隊長に後でこってり絞られろ。
「さてと」
それはそうとしてこの状況を何とかしなければならない。まずは、状況分析だ。相棒、内部がどうなっているかわかるか?
“いえ、内部の監視カメラにアクセスしたところ、レンズ全体が肉で覆い隠されてしまっているみたいで、なかの様子を確認することができません”
おっけ、ありがとう。
感謝の言葉を相棒に伝えつつ、移動の時に右目にかかった前髪を掻き上げ、『眼』を使って内部の様子を探る。
ふむふむ。なるほど。内部に空洞があるな。核も比較的近い所にある。
“壁が薄い駅の入り口辺りから中に入れそうですね”
そうだな。この肉壁に対して打撃って効きにくいよな?
“おそらく。人間の体程度の質量なら打撃も効果的なのですが、ここまで膨大な質量の肉塊となると……”
だよな。
“でも、アナタはそんなことでめげるような人間ではない。もう思いついているんでしょう? この肉塊の倒し方を”
買い被りすぎだ。でも、倒すための案とその手段がないことはない。
その思いついた手段を試すためには、まずやらなきゃいけないことがある。
「ファルコン。駅の入り口だったところ辺りにありったけの威力で自分の持ちうる攻撃方法の中で最高火力の攻撃を叩き込んでくれ」
そう言い終わる前にバディは背中に担いでいた薙刀を両手に持ち、走り出す。きれいな曲線を描くロータリーを沿うように駅と反対側に走る。
どんどん加速し、走り出した時には水平になっていた刃先は速度が上がるにつれて下がっていき、地面につきそうなぐらいの低さでピタリと止まる。
ロータリーの屋根に覆われたエリアを抜け、車道に飛び出し、駅前に建つ謎のオブジェに巻き付くように敷かれている道路を回り、方向転換。駅まで一直線のルートが開けた瞬間、その道を一気に駆け抜ける。
そのまま駅の入り口に突っ込むと思われたバディの身体は、その直前でピタリと止まり、取り残された速度と自分の腕力を乗せた一撃を目の前の肉壁に叩き込む。
薙刀の刃が肉壁にふれ、肉壁が
「派手にやったなぁ……」
“全力で最高火力の攻撃を叩き込んでほしいと頼みはしましたが、こんなに大きい穴を開けてほしいとは言ってないんですけどね……”
想像のはるか上をいく火力とその結果に驚き、若干困惑する俺と相棒。
そんな心を知らず、うちのバディは少し離れた位置にいる俺に向かって無邪気に手を振ってくる。
“やってもらった以上、私たちも頑張らなくては、ですね”
「そうだな」
気持ちを切り替え、バディのいる方向へと駆け出す。
「先輩これでいいですか?」
「ああ、サンキュ。助かった」
笑顔で問いかけてくるバディの横を通り、中に入る。建物の内部は、床、天井、内壁、そのすべてが肉塊で覆われていた。
「まるで、生き物の消化器官の内部みたいですね……」
あとから入ってきたバディは、俺の隣に並びながらそんな感想をつぶやく。
“まずは、巻き込まれた被害者の分布を調べましょう”
わかった。
『眼』を使って建物内を精査する。
巻き込まれた一般人はホーム、改札、ビル内の各施設や店舗内、そして、今俺たちがいる入口付近と広く分布している。この分布範囲、人数。とてもじゃないが、二人で救助しきれる範疇ではない。
しかも、巻き込まれた人の多くは肉塊の中に埋まっていて、呼吸ができているのか不明な状態だ。酸欠状態で時間がたつことは、生身の人間にとって死を意味する。
タイムリミットは二十分と言ったところか。
「ファルコン」
正面に広がる変わり果てた通路へ視線を向けながら、自分のバディに話しかける。
「なんですか?」
「お前は増援を呼んだ後、中の人の救助をしてくれ」
「オウルさんは何をするんですか?」
「この
その言葉を言い切る前に俺の身体は走り出していた。改札口がある十字路を左に曲がり、進んでいくと、まるでこの先に進んでほしくないかのように道を塞ぐ肉壁に突き当たる。
とりあえず殴ってみるも、案の定、分厚い肉の壁が衝撃を吸収してしまい、破壊までには至らない。
やっぱ、打撃は効かないか……。ならば、それ以外の方法を取るまで。
そう考えながら、両手の手袋を脱いで隊服のポケットにねじ込む。
「
右腕の皮膚に幾筋かの光の線が浮き上がり、光源のない肉に覆われた通路を照らす。左手左足を前に出し、右足は両足が肩幅と同じぐらいの間隔になるように後ろに引き、半身で構える。そこから放たれる正拳突き。その拳が当たった瞬間、指向性を持った衝撃波を伴う爆撃が肉壁を焼き貫く。
爆発によって腕を包んでいた人工皮膚が弾け飛んで無くなり、機械の腕がむき出しになる。あらわになった手の甲には小さな液晶が取り付けられており、そこに表示される数字が『5』から『4』に変わる。
爆轟によって肉壁に空いた穴を潜り抜けた先は、開けた空間だった。
こうなる前は、中心にシンボルとして金色の時計台が置かれていて、待ち合わせの場所でもよく使われていたその場所は変わり果てていた。
通路を腸と例えると、この広場は胃と表現するのが正しいような様相となっている。
そして、シンボルの金の時計台には、肉塊がまとわりつき時計の部分を中心とした大きい球状の肉の塊ができていた。核の反応はその肉の球の中にある。
今、自分がいる位置から核までの距離は約十メートル。これなら一気に距離を詰めて核を破壊することが可能。
そう考えた俺は距離を一気に詰めようと肉の球の方向へと跳躍する。
“ダメです‼ 引いて!”
警告と同時に前方向へと傾けていた体を空中で縦方向に半回転させ、宙を蹴る。足先をかすめ、天井に何かが突き刺さる。その正体を視界に収めたのは、元いた位置に着地し、顔を上げたときだった。
「なんだこれ……」
目の前の光景に驚き、思わず心の声が漏れ出てくる。
吹き抜けになっている広場の天井まで伸びる太い肉の柱。それ、いやそれらが、核を包んでいる肉の球を取り囲むように
“また来ます! 早くその場を離れてっ‼”
珍しく焦っているような相棒の声を聞き、俺はその場から離れるべく走り出す。
“もっと早く! 且つ、あそこまでっ‼”
視界に目的地を示すマークが強調表示される。場所はエスカレータ上の出っ張っている二階部分。そこに至るまでにまっすぐ進む左側のルートと核を中心として右側を迂回するルートがあるのを確認するのと、左側にまっすぐ進むことを決め、走り出すのは同時だった。
“ダメです‼ 右を回って! 最高速度で!”
反射的に進路を変更すると、自分が通ろうとしていたルートに肉柱が起立する。このまま進んでいたら自分がどうなっていたのか、その姿を想像してしまい、冷や汗が頬を伝うと共に、相棒がなぜ焦っているのか、この場にこのまま自分がとどっているとどうなるのかを完全に理解し、
詰んだか、コレ。
肉柱と天井に挟まれ、圧され、砕ける姿が脳裏によぎる。が、すぐ振り払う。
考えるな。考えたら、絶望的な状態を悲観してしまう。考える前に動け!
裏拳を自分のすぐ後ろに立った肉柱へ当て、爆轟を起こす。超至近距離且つ、地に足が着いていない状態で、爆轟の衝撃を食らった俺の身体は、進行方向上空に吹き飛ばされ、進行方向を塞ぐように立った肉柱の元へ。
目の前の肉柱に左拳をねじ込むと、勢いそのまま貫き、目的地である二階に無事辿り着く。
あれ? 打撃って効かないんじゃなかったっけ?
“効かないって言っても限度がありますよ……。限度が”
そんなもんか?
“そんなもんです……。爆轟の衝撃波に質量を掛け合わせたものに、
それもそうだな。
こんなやり取りをしながら、空中を舞い、二階の床に着地する。
それはさておき……。
着地した際に低くなった姿勢から体を起こし、立ち上がる。
これどうする?
と、相棒に問いかけつつ目の前の光景を観察する。肉の柱の集合体は、俺を取り逃してからの数秒、動きを見せていない。
“どうしましょうね? 攻撃手段がないということではないのですが、この質量の肉塊を突破するのは、先ほどまでと話が変わってきますし、骨が折れ……、構えてください。来ます”
途端、地面、否、空間全体が揺れ、柱の上部先端が核を回転軸とした時計回りの方向に動き始める。柱がねじれ、分裂し、先端が天井から抜け、まとまり、花の蕾のように核を包み、膨らみ、開花する。開花と言っても、花弁は奇妙にクネクネと動く数多の触手、柱頭はギョロギョロ動く大きな目玉。とても花と称すことができるものではない。どちらかと言えば、イソギンチャクと呼ぶべきだろう。
“形態変化ですか……、あの量の触手、あの目。これはさらに厄介な……、いや、そうでもないかもしれませんね”
ん? どうゆうこと?
“核を包むモノが目玉ということは、核の耐久力はほぼゼロに等しい。なら、近づければ簡単に壊せますね!”
あ~あ、おかしくなっちゃったよ。
“というのは冗談で、あれ見てください”
言葉とともにピンが刺されたのは、さっきのやり取りでも取り上げられた核を包む目玉。ギョロギョロ動いて周りの様子を探るさまは、見る人が見ればとても気持ち悪いと感じるものだろう。と感じるだけで、それ以外の相棒が気づいた何かに気づくことはできない……、とちょっと待てよ。あれだけせわしなく動いているのに、なんでこちらに気づいていないんだ?
“はい。そうなんですよ。こちらに気づいていないんです。幾ら周りを取り囲んでいる触手の量が多くとも、人並みの視力があるのならばこちらに気づいているはずなんです。つまり……”
アイツは視力が低い、もしくは各周りの警戒を強めているから遠くを見ていないってことか?
“はい。それと、もしかしたらって思っている仮説があります。信じるか信じないかはあなた次第ですが、聞きます?”
不敵に笑っているような声で問いかけてくる相棒。
もちろん!
その楽しげな様子に、俺も混ぜて!とばかりに俺は言葉を返す。
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