第一話『梟』


 テレビ塔の頂点から眺めるこの夜景は最高だ。

見るだけで気分が落ち着き、この夜景を作り出す明かりのもとで生きる人たちを守らなくては、と仕事に対するやる気がモリモリと湧いてくる。


“浸っていますねぇ……”

 脳内に流れてくる、呆れているような声。


 感傷に浸るぐらいゆるしてくれよな……。

“はいはい。それで、ただただ夜景を眺めているだけではありませんよね? 任務中ですよ”

 わかってるって、しっかり見てる。

“ならいいですけど。もっと気を引き締めたほうがいいんじゃないですか? っと。いましたね”

 ああ。

 耳に着けているイヤフォン型無線機の送信ボタンを押す。

「こちらオウル。七区にて目標を捕捉。確保に向かいます」

“了解。確保完了し次第俺もそちらに向かう”

「了解」

 一連の連絡を終えると、無線機の送信ボタンを再び押し、受信のみのモードへと切り替える。

「さて……、相棒。ルートの計算はできたか?」

“はい、今視界に表示しますね”

 夜空に光の道ができる。とはいっても、実際にそこに道ができているわけではなく、先ほどの相棒の発言からもわかるように、俺の視界に映し出しただけなのだが。

そんなことを考えながら、テレビ塔の天辺から飛び降りる。


インパクタ起動オン


 その言葉を口にすると、両足に身に着けている靴のスリットが淡く発光し、靴自体からは漏れ出るような低い駆動音が鳴り始める。

 重力に身を任せて自由落下し、テレビ塔の展望台天井部分に衝突する直前で空を蹴る。折れ曲がるように進行方向を変え、光の道標に沿う方向へと跳躍。空中を数秒間移動し、商業ビルの屋上に着地する。着地の際もインパクタを利用して衝撃を和らげることを忘れずに。


 跳躍時の横方向の速度を生かし、そのまま走り出す。ビルの屋上には、看板、フェンス、換気扇などの多くの障害物が点在しているが、走る勢いを殺すことなくそれらすべてを踏破していき、三十秒も立たないうちに光の道の終着点である目標の近くに到着する。

 ここで、再度目標を捕捉。目標がいる上空辺りで宙返りして再び空を蹴った、次の瞬間には真下にいたはずの目標のもとに体が到達する。そのままの勢いで目標を確保、任務完了!っと。いう感じでスピーディに任務をこなすと、呆れの感情が混ざった声が脳内から投げかけられる。


“いつも言っていますが、ちょっとやりすぎじゃないですか?”

 ん? 何が?

“目標を捕まえるときですよ。そんな勢い絶対必要ありませんって、絶対”

 いや、あるね!こうやって取り押さえると目標が大体気絶してくれて後が楽になるからね!

 目標の頭から手を放し、立ち上がる。

“いつか取り押さえるつもりが、うっかり犯人殺しちゃいましたー。みたいな事態にならないことを切に願いますよ……”

 まったく、相棒は心配性だな……って、ん?

 頭の中にいる相棒に対して、自分を信じろというニュアンスを込めた言葉を送ろうとした途中で俺は、地面に叩きつけたときの目標の感触が少しおかしかったことに気づき、正面に向けていた目線を自分の真下へと戻す。

 するとそこには、頭が潰れた目標の姿が……。その惨状に思わず俺は頭に手を当てる。


“あー……、これはやっちゃいましたかぁ……”

 …………。

 直前に相棒が冗談で“うっかり殺しちゃわないことを願う”なんてことを言ってしまったこともあり、二人の間に普通に俺がやらかした時よりも気まずい空気が流れる。

 “ん?ちょっと待ってください……”

 どうした?何度見てもやらかしたことには変わらないぞ。

 と、これから書かされることになるであろう始末書と、隊長に叱られることを考えてブルーな気分になっている俺に“もしかして……”みたいなトーンで相棒が話しかけてくる。

“私たちが確保した目標……。これもしかしたら、分身デコイじゃないですか?”

 え、マジで⁉

 右目にかかっている前髪をかきあげ、『眼』でよく見ると、確かに普通の人体ではないことに気づく。人体と構造は同じだが、あまりにも脆すぎる。先ほどの攻撃を人体に与えた場合、衝撃を受けた部位が溶けるほどに壊れることはない。それに加えて、この身体にはなにかが足りない。それが何なのか知りたいところではあるが……。

“そんなの一つしかないですよ。た……、いや、なんでもありません”

 ん、なんだ?

“忘れてください”

 お、おう。

 そんなやり取りをしていると、目の前にある目標の身体が弾けていきなり消える。


“これは確定ですね”

 ああ。

 そう応えると同時に通信機の送信ボタンを押す。

「こちらオウル。目標が異能持ちであることが判明。能力の系統は、増殖、分身、複製あたりかと。各区画に目標より放たれた分身デコイがいる可能性あり。また、他に目標とみられる人物が担当区画内で捕捉できないことから、本体は別区画にいることが予測される」

 返事はすぐに返ってくる。

“了解。各員、本体を捜索しつつ分身デコイを処理。オウルは担当地区に目標が逃げ込んで来ても対応できるよう地区全域が見える箇所に着き、監視を行え”

“了解”

 やり取りを終え、通信機の送信ボタンを再び押し、受信のみのモードへと切り替える。

 いや~、それにしてもよかったー。

“よかった、じゃないですよ。全く……”

 はい、すみません。以後、気を付けます。

 心の中で相棒に対して土下座しながら、さっきまでいた裏路地から表通りに出る。

 時刻は二十三時、ということもあり、駅から少し離れた位置で商業ビルが立ち並ぶこのあたりの人通りはとても少なくなっている。

 よし走るか。

“一般歩行者に迷惑だけはかけないでくださいよ”

 街中を走り、テレビ塔の上に戻ろうとしたその時。

“こちらファルコン。名護屋駅構内で目標を捕捉。追跡を……って、マズッ‼ 救えn……”

 悲鳴染みた報告が入る。

“オウル。ファルコンの救援に向かえるか?”

「わかりました。今向かいます」

 どうやら俺はこれから、何やら大変なことになっているバディの尻拭いをしなくてはならないらしい。

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