音楽が紡ぐ穏やかな物語。ただ……。

音楽を通じて人が自分を相手に曝け出し、心を通わせるという、国語の教科書に載っていてもおかしくないような物語だった。私も読後に作中の楽曲を聴いてみたのだが、なるほどこれは、と思える音楽と物語のつながりがあり、より主人公の気持ちに寄り添えたと思う。

ただ、以下三つの点で惜しいところがある。

第一は日本語の問題である。三点リーダは二つ重ねる、感嘆符と疑問符の後は一文字空ける。細かいけれども小説である以上則る方が良いだろう。かっちりした雰囲気で進む本作なら尚更だ。それから漢字で書かなくていいところを漢字で書いたり、読点を挟みすぎた結果一文の内容が支離滅裂になっていたりと、推敲の余地が目についた。

第二に、登場人物が不明瞭なところである。杉ちゃんはどれくらいの歳で、男なのか女なのか、読み進めても一切わからない。「拍手をしながら出てきた」とか「もーちゃん」と読んでいるところから子供なのかな? と思っていたら、急に「〜だぜ」と喋り出すし、おまけにコンクールのことにやたらと詳しい。彼もしくは彼女は一体誰とどんな関係にあり、物語にどんな影響をもたらすのか。それが欲しい。

第三に、そもそも情景がわからないところである。製鉄所の時計から始まり、いきなりピアノが出てくる。ここは一体どこ? 地元でない人々は何を想像するだろうか? 情景が全く浮かばない。ちなみに私はエヴァQの旧NERV本部に置かれたピアノを想像してしまった。製鉄所とピアノ教室(的な?)の位置関係はどうなっているのか。そしてピアノはどんな場所で弾いているのか。右城先生の自宅? それとも別荘? それがわからない。

ただ一つ言いたいのは、粗を探して批判をしたいわけではないということだ。
冒頭述べたように、教科書に掲載され、全国の青少年諸君の心を育むには良い物語だと思う。ちなみに私もこういった掌編は非常に好みだ。読んでいて穏やかな気分になる。
ゆえに尚更、惜しい部分が目立つ。作者はこのような物語を紡ぐ発想力と構想力を持ち合わせているのだろうから、次作以降ではより精緻に展開する物語を期待する。

※編集後コメント
作者ページにとんだところ、本作はシリーズの一つであるらしい。そこを全く踏まえないままに上記のコメントを残してしまったことに恥じ入るばかりである。しかしながら、「一話完結の短編」として読んだ時にこれらの問題が浮上するのも確かだとは思う。作者には非常に申し訳ないレビューをしたと思いつつも、一短編を読んだ率直な感想として受け止めていただけると幸いに思う。