第126話 内心
「ご、ごめんなさい……遅くなりました」
莉桜と一緒に飲み物を取りに行っていたはずの琴が、遅れて部屋に戻ってきた。
「おそーい、待てなくてもう歌入れて始めるとこだったんだけどー?」
「まぁまぁ、琴にも色々あったんでしょ。ねー琴?」
「う、うん! そう、色々あって……。あ、すみません……遅くなりました…………」
そう言いながら、烏龍茶の入ったコップを恐る恐る差し出される。
別に飲み物を持ってくるのが遅くなったとて怒るようなことは無いし、そもそも頼んでいる側なんだから怒ること自体筋違いだ。
「気にしてませんよ。ありがとうございます」
お礼を言ってコップを受け取る。そのまま座るのかと思ったが、琴はその場でばつが悪そうに指を絡ませながら立っていた。
「どうかしました?」
「え、えっと……あのぅ…………」
一体どうしたいのか考えたところ、すぐに1つ思い至った。
「あぁ、すみません。邪魔で通れませんよね、今どきますよ」
「あっ、いえ…………。そうじゃなくて、いやそれもあるんですけど…………」
椅子とテーブルの間が狭いため、通るのを躊躇ってでもいるのかと考えついた。こちらから尋ねたらそれは実際その通りだったが、それを遮ってでも言いたい別のことがあるらしい。
それを聞くために琴の方をじっと見つめて待つ。
「えっと…………あ、あぅっ…………」
だが、さっきからずっと動きが挙動不審で、声もしどろもどろとしていた。
「おーい、琴ー! 琴さーん! 大丈夫ー?」
向かいに座っていた佐々木さんもこの状態を見かねて声をかけてきた。
あとの2人はただ黙ってこちらを見ている。佐野さんが心配そうな顔をしているのに対して、莉桜が面白い物を見るような目をしていたことは気になったが置いておいた。
「はぁ…………一旦落ち着いてください」
「ひぇぅあああっ!?」
埒が明かないと思い、琴の両腕を手に取ってやや強引にすぐ隣に座らせる。
「っ……、ひぅっ…………」
熱でもあるのかと思い、手のひらを額や頬、首などに何度か触れさせた。手に伝わった感触では熱は無く、ほんのり温かい程度だった。
熱は無かったが、触れようとする度に体がギュッとこわばったり、小さくビクッと跳ねたりしていた。
「それで、何か言いたいことでも……?」
触れる度に目を閉じて萎縮しているのを見るのもそれなりに楽しかったが、これ以上する理由もないので手を離して再び琴の方に向き直る。そうして声をかけると、恐る恐る目を合わせながら口を開いた。
「こ、これ以上は……し、しな、しないんで……すか?」
「……はい?」
言っていることがすぐに理解出来ず、意味を頭の中で考える。
これ以上しないって……何を? 今までしてたのは座らせて、熱を確かめるために触診をして……。それだけだよね?
……まさか、私がここで痛めつけるなりして遊び始めるとでも思われてる?
「あの、何か勘違いしてませんか?」
「え、えぇっとぉ…………」
「これ以上も何も、何かするつもりはないですよ。そもそも
「で、ですよね……すみません」
そう言うと琴は露骨に安堵したように肩を撫で下ろした。
全く、そんなことすると思うなんて一体どう考えたらそうなるんだか。
「あのー、おふたりさーん。そろそろ曲入れても良いかな?」
「佐々木さん? 私は別に構いませんが……」
そう言ったのに続けて、琴も黙って頷いた。
「それに、先に始めてもらっても良かったんですけど……」
「いやぁ、2人が突然イチャ…………話し込み始めちゃったから邪魔になるかと思いましてぇ……」
「み、湊っ! ほらっ、マイク! それに、いつもの曲入れたから!」
佐野さんが両手にマイクを持ち、片方を押し付けるように渡す。
「2人もほら! 月華さんも良かったらこれどう?」
続けてタブレットのような機械をテーブルの上に差し出しながら言う。今までカラオケに行ったことがなかったが、これで曲を選ぶと始まるのは知っている。
そんなことを考えていると、聞いた事がない曲のイントロが流れ始めた。
▢ ▢ ▢ ▢ ▢
それから皆が代わる代わる数曲歌い、今は莉桜と佐野さんの2人が歌っている。そんな中、佐々木さんがソファに座ったままこちらに寄ってきて、スマホの画面を見せられる。
「そうだそうだ、月華さん。この人知ってる?」
最初は緊張してると言っていて敬語だったが、今は気が緩んだのかタメ口で話している。
言われた通り画面を覗き込むと、そこには見た目の幼い少女の動画が映っていた。紫色のエプロンを着て、料理をしながら何か話しているらしい。
「この方ですか、知ってますよ。少し前に色々あって知ってから色々調べたんです」
「おぉぅ、マジで? こういうの知らないと思ってた。で、どう? 可愛くない?」
「確かにそうですね。幼さの中に気品がある感じで、見た目相応にも実年齢相応にも見えます」
「歳いくつに見える……って聞こうと思ったけど、つまり知ってるってことだよね。調べたって言ってたし」
「そうですね、21歳には見えません……」
画面に映るのは幼女の見た目をした成人女性、ソフィアだ。前に歩いていたところを捕まえて水責めしたのをよく覚えている。
「ところで、この方が何か?」
「実はねぇ……ソフィア様、『FIW』やってるんだよ」
「……えぇと、様? ですか?」
「あぁごめん。お嬢様言葉って言えば伝わるかな? そういう高貴な感じの口調で話す人だから、熱心なファンは様付けで呼ぶんだよね」
「そういった口調なのは知ってたんですがそんな人が……」
そういえば、前に『ソフィア親衛隊』だかを相手にしてた時、一部の人が様付けで呼んでたけど……そういう事だったのね。
「それでね、ソフィア様は大手のブログ、動画サイト、SNSは大体網羅してるんだけど、少し前からFIWの話にが出てて……。やってるとも明言してたから、ゲーム内なら会えるんじゃないかって」
「私一度会いましたよ」
「ええ゙っっ!!??」
前に会ったことを明かすと、今日聞いた声の中で1番大きな声で驚かれる。
「ど、どどどどこ! どこで!! 何してたの、どんなこと言ってた?!」
「きゅ、急にどうしたんですか……。場所は東京ですが話とかは特にしてませんし、ログアウトしていっちゃいましたので……」
一方的に水を口の中に流し込んでたから話なんて出来る訳も無いし、ログアウトは私がさせたと言うのが正確なんだけどね。
「なるほど東京ね! それで、他に情報は?!」
「すみません、それ以来一度も姿を見れてないんです。もう一度会ってみたいんですが」
「そっか……。ならソフィア絡みの情報があれば連絡し合お! 連絡先交換しよ!」
彼女のソフィアへの情熱が凄まじく、押されるがままになってしまった。
……まぁソフィア絡みの情報が得られるんだから良いかな。
そんなことを考えていると、何やら嬉しそうな表情で尋ねられる。
「ところでさ、ソフィア様のことを知ったのって、いつ?」
「えっと……今言った会った時、のすぐ後ですね」
「ほほぉぅ……? じゃあさ、もう一度会ってみたいって理由は何?」
正直に答えるなら
とは言えそんなこと言う訳が無いし……。
「そうですね。見た目と顔……ですかね」
真意については隠しているが、事実ではあるというような返事をする。
「へぇー、ほぉー?」
「どういうリアクションなんですか、そんな楽しそうな顔で」
「楽しいよぉー? だって、今日初めて会った人と好きなことの話を共有出来てるんだよ。それって楽しいと思わない?」
「はぁ……、なら同じことをお聞きしても?」
「どこが好きかって? いいよ。勿論容姿も良いんだけど、何より好きなのは姿勢なんだよね。さっき動画サイト、SNSとか色々やってるって言ったじゃん? あれ全部合わせたら10なんてゆうに超えるんだよ。でも、それを全部満遍なく絶えず更新し続けてるの、ずっと前から。そうやって努力が実を結んで、トップインフルエンサーである今のソフィア様があるの。それってかっこよくない?」
「つまり、努力の末に成果を出せている所ってこと、ですかね?」
「端的に言えばね。それに、折れないし負けない所もかな」
……もし、ソフィアがどれだけ頑張っても逃げられず耐えられず、折れて負けて泣きながら、何も出来ず死んでいく姿を見たら、
「ん、どうしたの?」
「いえ、何でもないです。会えるといいですね、ソフィアさんと」
「ふふっ、ありがと。それにしてもさぁ、このこと皆に話してるのに全然
「ぴぃっ!? う、うん、まぁ。良い話だとは思うんだけど……」
「だけど?」
「湊の愛についてけない、重いし……」
「ってなる訳なんですよねー」
佐々木さんはどこか遠い目で「あはは……」と笑いながら、独り言のように呟いた。
「……月華さん。月華さんには何か熱中出来るものとか好きなことって、ある?」
「ありますよ」
「へぇぇ……何?」
「今は秘密です、そのうち教えることになるかもしれないですけど」
「ん、分かった」
答えは濁したが、それ以上詮索してくることはなく、彼女は曲が終わったのを見計らってマイクを手に取った。
「……あの話の流れで黙ってくれるんですか、優しいですね」
「だ、だって、言ったら次の時どうなるか……!」
「へぇ……
「そっ、そういうことじゃ……」
不服そうに語気を強めているが、なまじ体も気も引けているせいで全く圧が伝わって来ない。
体が逃げるように離れるのを追うように寄り、右の耳をつまみ、左の頬を寄せる。そうして、他の3人に聞こえないように囁く。
「私の秘密、知ってますもんね?
貞淑少女の殺戮録 ~狂気の死神は世界を恐怖に陥れる~ しあら @shiala_3
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