第125話 もう1輪の狂花

 ドリンクバーで飲み物を注ぐ彼女の横顔を見る。本名は秋川莉桜、FIWではコスモスという名の彼女は私の友達である。

 女子高生の友達として、話をしたり遊んだりする仲の普通の友達だ。そのはずだった。


「ん? どうかした、琴?」


「莉桜。幾つか聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「……うん。何から聞く?」


 そう言うと、莉桜は手に持っていたコップを傍に置いてこちらに相対する。

 どこかの部屋から漏れているらしい音楽が聞こえるのみで、少しの間2人の間に沈黙が訪れる。


 私が聞きたいのは、天野月華さん――ライブラについてのことだった。


「まず、天野月華さんをFIWに誘ったのは、莉桜?」


「うん、そうだよ」


「じゃあ、彼女がそこで何をしてるのかは知ってる?」


「知ってるよ。殺戮と拷問でしょ?」


 最近の莉桜は何かが変だった。それも、FIWの正式サービスが始まって1,2週間くらいの頃から。しかも莉桜が月華さんに向ける目線は、明らかに何か複雑な感情を孕んでいる。

 そして、この返答によってあることが思い起こされた。――私が最初にライブラに殺されたのもその頃だということに。


 恐らくその時期に2人の間に何かがあったんだ。何かは分からないけど、例えば莉桜が月華さんをそそのかしたとか……


「それじゃあ、月華さんの行動指針を捻じ曲げたり縛ったりは…………した?」


 そう聞くと、莉桜は一瞬驚いたかのような表情を見せる。そしてすぐに薄い笑みを浮かべながら答える。


「まさか、違うよ。……むしろかな」


「ぎ、逆? それってどういう……」


「私ね、FIWで初めて月華に会った時、言葉通り普通に遊んでたんだよね。そしたら、学校では『貞淑』なんて呼ばれてるような姿以外の色んな面が見られてね。見かけによらず戦闘能力が高い所とか、案外お茶目な所があるとか――」


 そこまで言うと突然話すのを止め、こちらに歩み寄り始める。一歩、二歩と近付き、首に人差し指を触れさせて再び話し始める。


「殺したり痛めつけるのが好きな所、とかね」


「それで、それがどうかしたの……?」


「それでね、色々あった後に月華が私も殺そうとしてきてね? まぁその時はレベル差があったから殺されなかった訳だけど、その時に見せてくれた顔がねぇ――――」


 月華さんの、顔……? 確かに綺麗で整った顔だけど、それが一体……


 すると、一瞬莉桜が両手で口元を隠し、すぐに手を下ろす。その時に見えた顔に思わず息を呑んだ。


「すっっっごく綺麗に歪んでてねぇ……! 憎悪と殺意と愉悦にほんの少しの後悔が混じったような、あの表情! ほんっっっとにそそられて見入っちゃったんだよ」


 一見するとただ歓喜に満ちた喜びの表情だった。だが、口元からは愉悦が、目からは狂気が滲み出ているのを隠しきれていなかった。否、隠すつもりも無いようだった。


「それにずるいよねぇ、月華も。そんな顔見せた後に『ちゃんと見てて』なんて言うんだから。そんなこと言われたら、ずうううううぅっと付いていきたくなっても仕方ないよね! だからそのために月華の場所がすぐに分かるように、『ライブラ』の場所をすぐに掲示板に書くよう定着させたし、すぐに近くに行けるように『転移』のスキルも使えるようにしたし。それに、月華と私の邪魔をするノイズが現れたら排除して、月華が喜ぶ玩具おもちゃが現れたら誘導して見繕って…………ね?」


「……っ!? もしかして、月華さんに私の連絡先を伝えたのも……」


「そう、私。いつ渡そうかと思ったら月華の方から頼まれたからもんだから」


「い、いつからそういう目的で私と相手してたの……」


「んー、そんなこと言われても。前も今も友達として接してるけど」


「ど、どういうこと?! 人を売るようなことしといてぇっ……!」


 そう言うと、しばらく考え込むような素振りをして、思いついたように両手の人差し指を立てて言った。


「『莉桜』と『琴』、これは前にも後にも友達」


 右手で互いを指差しながら言う。


「『コスモス』と『ミコ』、琴の言う『売った』のはこっちだけ」


 左手で互いを指差しながら言う。

 そう言う莉桜の目はいつもと変わらないように見えて、有無を言わさないという圧があった。


「まぁ、答えて欲しいと思ってることに答えるなら、病院型ダンジョンで襲われたのに相談に乗った少し後かな? その相手が月華だって分かった時は、『こんな都合のいいことが起きるんだ』ってびっくりしたよね」


 莉桜の目論見を告げられ、私は酷く錯乱していた。

 友達だと思っていた人に売られていたこと。そして、その狂気的な動機と意志を知ってしまったこと。その、あまりの事の大きさと感情の重さに思わず押しつぶされそうだった。

 だが、このまま黙ると玩具にされるだけだと思い反論する。


「い、言いたいことは分かった。けど、これを2人に言ったらどうするの? それなら……」


「別に? 言ったらいいじゃん。私はそれでどうなっても気に留めないし、月華も同じだと思うよ? 私がしたい事が出来たらそれでいいんだから。そもそも『月華=ライブラ』なことにも気付いてない2人に言った所で、効果薄いんじゃないかな?」


「な、ならぁっ……!」


「なら? そもそもFIWは『何をしても許される』んだから意味も薄いでしょ。だから、さ――」


 すると、耳元に口を近付いて一言だけ囁かれた。


「ずーっと、月華の玩具になっててよ」


「……ぅ、あ、……っ」


「っと、結構話し込んじゃった。早く戻んなきゃ……」


 そう言うと、莉桜は両手でコップを3つ持って戻ろうとし始めた。

 そのまま行くのかと思ったが、少しだけ語気を強めながら言い残していった。


「目元。……私は月華ほど優しくないからね。それと、ハンカチは忘れないうちに返した方が良いよ?」


 そう言われて、目元に涙が滲んでいることと、月華さんに借りたハンカチを返しそびれていることに気が付いた。


「そうだ……これ返さないと」


 借りたハンカチを仕舞い、自分のハンカチで目元を拭う。顔に違和感がないことを確かめた所で、コップを2つ持って部屋に戻っていった。


「あれ……何で、ハンカチを借りたこと知ってたの?」

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