エンド

     ◇


「また鏡が割られた。これで何度目だ?」

「記録できないほどの回数です」

「これ以上は患者の身体に負担がかかる。止めたほうがいい」

「続けようとするのは彼の意志だ。私は彼を尊重したい」

「だが、考えてもみたまえ。もう二十年になるのに彼は一向に回復しない。はっきり言って無意味だ。莫大な費用がかさむだけで、何も生み出さない。加賀谷くん。そろそろ現実を見たらどうだ?」

 加賀谷は口元に手をやり、冷たいまなざしでモニターを見る。

 真っ白な部屋の中心に、男がひとり座りこんでいる。部屋全体を捉えた映像では男の詳細はわからない。

 加賀谷はカメラを切り替える。男の目線に固定してある監視カメラだ。

 男の口元はわななき、意味のなさない言葉を話し続けている。ミュートを解除しなくとも男が何を言いたいのかは理解している。この二十年間、男は同じ話をし、同じ言葉を発し続けている。

 一瞬、男がカメラを見る。だが、男はカメラの存在など気づかないようで、視点はころころと移り変わっていった。

「可哀想だと思わないか。彼はもう二十年間もあの部屋に閉じこめられている。主治医として、君にできることは他にあったんじゃないのか?」

「教授。私は最初に言いましたよね。これが私たちにとって最良の治療法であると。費用はいくらかかってもいい。彼を閉じこめておくことが、彼にとって最良なのだと」

「理解しがたいな」

「私以上に彼を理解できる人間はいません。それに、今更でしょう。あなたも金に釣られた人間だ。私たちのことは深入りしないほうが身のためです」

 自分を育てた教授を視線で黙らせ、加賀谷は右手首の腕時計を見る。

「無駄話はこれまでにしましょう。翔に薬を与えなければ」

 口元から手を離した加賀谷響はうっそりと笑い、モニターの電源を落とした。


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたつの鳥籠 輿水ナシオ @740_koshimizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ