(習作)宙

里芋の悲劇

 私の家は画商だった。小さな頃からたくさんの美術品に囲まれて育ってきた。けど、何か足りなかった。足りない何かはどこかにあるのだろうか……


「今日も来てるね」

「うん、いいお手本だからね。それに…」

「それに?」

「いや、何でもない」

この男はいつもうちの画廊で絵を見ている男。名前は秀介しゅうすけ、このあたりに住む絵描きらしいが、こいつの絵が売れているのを見たことがない。けど、親父はこの絵描きに期待しているらしい。

 かくいう私はこの画廊を継いだ3代目、こういうのは普通長男がやりそうなもんだけど、なぜか弟ではなく私がこの店を引き継いだのだ。

「しかし、弟君はどうなんだい?」

「? どうって何が?」

「姉弟仲というか。なんというか。」

「いや別に普通だよ。そこまで悪くないし、良いわけでもない」

「よくはないんだ。僕には兄弟がいないからね、そういうのは分からなくてね」

「いやまぁ、そっか。多分他もこんな感じなんじゃない?」

すると見慣れた顔をした弟が帰ってくる

「姉さん。親父たちが明日からフランスに行くって」

「ふーん……え?」

フランス? ふらんす? 仏蘭西? そっかFranceか。

「なんで?」

「まぁ、いつものことじゃん」

「それはそうだけど……いつもとスピードが違うじゃん」

そこにいずらそうな画家がいるので、ちょっと帰って話したほうがよさそうだ

「ごめん、ちょっと親に聞かなきゃいけないから今日はもう帰るね」

「わかったよ。あ、新作、明日にはできるから。期待してて」

じゃぁ明日は眼鏡忘れないようにしなきゃ。

 私はまだまだ画商としてはひよっこで、親から一通り教えてもらったけどそんな親父の口癖は「僕らは売るのが仕事だから」だった。まだ私にはその意味が分かってない。そのままの意味でいいのだろうか、でも「自分の好きなものを売っていい」って言っていたし……今考えてみたら何を売るのだろうか、いや、美術品を売るのは分かってるけど。作品はいろんな意味を持つ。その一つの作品は、その作家の次描くべきものを決める。その作家の生死を決める。その画家の人生を決める。そのほかにも本人の意思があるかもしれない。私がその作品を美しいと思っても、これは商売だ……そう思ってその人に話しかけられないことがある。だからひよっこなのだ。私は作品を作り出せない、だからまだ見たことのない、私の感じたことのない「何か」に出会うためにこの仕事をしてる。

「ただいまー」

ちなみに言うと私の家は金持ちだ、まぁだからこんな仕事してるんだけど。

「ああ、おかえり」

「いやホントに準備してるし」

「? ああ、明日から……」

「知ってる、フランスでしょ。壮太から聞いた」

「そうか」

「いやでも急すぎでしょ」

「仕方ないだろ、行こうと思ったから」

「ふつうはそんな感じで海外旅行行かないけど」

「まあまあ。いつものことでしょ~」

この夫婦はたまにこういうことがある、急に海外へ旅行へ行ったり、家を空けて二人で遊びに出ることもしばしば。しかも家に子供を残して。でも今回はいつもと違った。いつもは1週間前くらいに言っておいてくれるのに今回は急だった。

「ってかホントになんで?!」

「だから……まぁホントは別荘の下見で行くんだけど、あっちの人が急に明日か明後日で来れないかっていうもんで」

「別荘⁉」

「うん」

「か、買うの?」

「そのつもり。だけどいい物件がなかったら観光だけしてくるよ」

「はぁ~わかった。じゃぁどれぐらい行くつもり?」

「とりあえず一ヶ月かな」

「わかった。じゃぁこの人にあってきて。最近気になってる人だから」

「わかったよ。明日から頼むね」

「はいはい」

そう言ってひと段落着いたところで母が食卓に食事を出す

「はーいみなさ~ん。ご飯ですよー」

いつもの母の号令がかかる

いつもどこかに行っている両親だが、母の手料理は格別だ。若いころは料理人を目指して上京してきたとかしてないとか。今日のメニューは秋刀魚の塩焼きと赤味噌の味噌汁、そして炊き立てのご飯。あとは余ったら作ってみたというほうれん草のナムル。控えめに言って最高だ。


「それで? 新作ってのは?」

両親がフランスへ行って1っ週間が経った頃。

「あーその話? いやね、あの時はできそうだったんですけどね~あはは……」

頭を掻きながら申し訳なさそうに言っているが。こいつはこの返しをもう5回ほど繰り返している。

「まぁ取り立ててるわけじゃないし。画家のペースってのがあるからさ、それに関してはいいんだけど」

「それに関しては激しく同意。だけどなに?」

「だけど、あんたがそんなに時間がかかるなんて珍しいじゃん」

「それは、書き直したからね」

「書き直した? 納得いかなかったの?」

「そう。納得っていうか、新しいことを挑戦したくってね」

「どんなことしたの? っていうかそれなら描いてなくって大丈夫なの?」

「まず。書いてなくて大丈夫かという問いには、行き詰っているという答えが適当かな」

「じゃぁなにしたの?」

「その質問に関しては。ちょっとね」

「ちょっとね? ちょっとなに?」

「いやそれはほら。言葉の綾というか……ね?」

あ、そういうことね。だけど本当に珍しい。この男は月1ペースで描いてくるぐらい筆が速い。こいつの水彩画は現実しか描かない。だから奇麗で……私は嫌いじゃない。ただ、私からしてみれば面白くない。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「女の子って、どんな絵が好き?」

「はぁ? 何言ってんの? 結婚できな過ぎて媚びるようになったか?」

「違う違う! 媚びてるんじゃなくてさ、そのみんながどんな絵を望んでるのか知りたくって」

「それを媚びてるっていうんだよ」

「ああ。そっか~そうだよね」

何か違った。いつもと違う目だった。だから私は流すことしかできなかった。いつもよりも何か……そう、真剣だった。

「わかったらどんどん書きなさいよ、あんたのお仕事でしょ」

「まぁ、うん」

「歯切れ悪いけど。なんかあったんですか?」

「いや、何も……」

「ならいいけど」

これは……何かあるな? こんな感じで自分の絵が変わっていき、絵をやめていった人を多く見たことがある。こいつはやめないでほしい……ただ漠然とそう思っただけ。

あいつの昔の絵を見てみる。この男……いや、秀介の絵は写実的で、リアル。遊びはなく、ひたすらに現実に忠実。怖いくらいに。確かに、写実的な絵を描く画家は多くいる。だけどその作家の信条やその瞬間の気持ちが現れる。いくら写実的とはいえ、それは人間の描いたもので、そう写真のようにはいかない。だけど彼は、それをそのまま映すことができる。まさに写真のように。それが気に入らない。面白くない。楽しくない。だから好きじゃないけど……別に嫌いじゃない。でも、それは私個人の話、どんな絵を描くのかは作者の自由だから私がとやかく言うつもりはないし、大人気というわけではないが、風景画が好きな社長さんとかが買ってくれる。まぁ私が売り込んでるんだし、当然といえば当然なんだけど。

「これは……しばらく行ってないな。あいつと会ったのもあそこだっけ。はぁ久しぶりに行ってみるか」

町の中。あいつと出会ったのは、8年前、高校三年の冬。学校の帰りだった。私の好きなバンドがアルバムを出してたから買おうと思ったとき。その絵を見た。路上で丸くうずくまりながら絵を売っていて、死にそうだから声をかけた。

「お兄さん。生きてる?」

「え?あ、お客さんですか?」

その声は震えていて今にも死にそうで。なんかかわいそうだから、お父さんに連絡した

「あ、えっとぉ~何か御用ですか?」

「うん、今連絡したけど、私のお父さん画廊やってて。そこで置いてもらえればこんなところで寒い思いしなくっていいでしょ」

「え、あ~でも君はどう思ったのこの絵」

「私は……嫌いじゃない」

「ってことは好きじゃない?」

「いや……そういうことじゃない……よ?」

「そうだよね! だから連絡してんだよね!」

「そうだよ。だからちょっと待ってて」

それがあいつとの出会いだった。

 今、出会った場所の近く。私の行きつけのレコード屋さん

「おお、久しぶりだねぇ」

「お久しぶりです。雷銅さん」

「今日はどんなのをお探しで?」

「いや。今日は近くに来たから寄っただけ」

「そうかい。ゆっくり見ていきな」

「ありがとうございます」

「嬢ちゃんなら。まけてあげるよぉ」

「ありがとうございます。ぜひうちの画廊にも来てくださいね」

「ああ。また行くよ」

老人が切り盛りしている子のレコード屋は、CDやカセットまでいまだに売っている。あいつはこの店の近くの公園で売っていたのだ。だけど、久しぶりに気になって寄っちゃった!てへっ!

 別に買うものもなく、店を出ていくと

「あ。」

そこには見慣れた画家がいた

「どうも」

どうもじゃねぇよ!

「ここで何してたんですか?」(怒)

「ちょっと。怖い顔しないでよ~ちょっとビール買いに行ってただけじゃん」

「そうでしたか。すみませんね」

「怒ってる?」

「まぁ画家は絵を描くことが仕事なんじゃないかなぁ~って思ってただけ」

「それで言ったら画商さんは自分の画廊で絵を売るのがす事なんじゃないですか?」

「これは、今行き詰ってそうな画家を助けるにはどうしたらいいかなーと思ってなんかヒントがないか探してたので、仕事中です」

まぁ思い立ったらすぐ行動できるのは経営者のいいとこだよね

「そんな仕事中のあなたに朗報です」

「? 急にどうした?」

「ここにビールが4本あります。そしてそこにベンチがあります。言ってる意味わかる?」

「なるほど、ちょっと待って」

携帯電話を開き、従業員に電話をする。

「いいよ、腹割って話そう」

「そう来なくっちゃ」

ここは、あいつがもともと絵を売っていた場所。お互いにとっても、始まった場所

「ここってさ、あんたが死にそうになってたとこじゃん」

「そうだね、もう懐かしいや」

酒を口に入れる。これが美味しいと感じ始めたのはいつだっただろうか

「それで、なんか話すことがあるんですか?」

「あるよ、言ってないことあるでしょ。俺が」

「あるね。今やってることって何?」

「おれ……これまで本物を目指してきたんだよ」

「本物かぁ~あ。絶対無理だってわかったとか言わないでね」

「いや。違うよ」と笑いながらビールを一気に体内に入れる。そして続ける。

「俺は気が付いたんだ。本物ってさ、心も含めて本物じゃないかってね」

「『心』ねぇ」

そうか。『心』か。それも含めて『本物』……確かに。言いたいことは分かるだけど。だけど……

「でもあなたの作風って現実をそのまま描くものでしょ。それでいきなり変わって大丈夫なの?」

「うん。大丈夫。そのさ。その……」

「何?」

「描き終えたらさ。お前が最初に見てくれよ」

「そらそうじゃん。うちの画廊に置くんでしょ」

「そうじゃなくてさぁ~わかるじゃん」

「? ほんとにわからん」

「画商『白井真衣』としてじゃなくてさ。あの時の。ただの女子高生『白井真衣』として見てよ」 

はぁ?なんそれ。もう女子高生じゃないし。ああ、ああ~そう言うことね。売れる売れないって話じゃなくって。私が好きかどうかで見ろってことか

「なるほどね。わかった。いつ頃できそ?」

「あと1週間あれば」

「じゃぁ余裕もって。再来週の今日でどう?」

「それでいいよ」

今日はその場で解散となった。なるほど。多分こいつは自信があるんだ。ちょっと楽しみだな。


 あれから2週間。約束の日だ。さっき電話が来て、家にお呼ばれしてしまった。

 その家というか……倉庫じゃん。インターホンはあるんだ。倉庫なのに。

「お、来たか」

「うん……えっとぉ~どこから……」

「ああ、こっち」

そう言って、人用の扉に案内される。

「ああ、靴は脱がなくていいよ」

その中には大きなキャンバスと捨てられた洋服たち。そして丁寧に並べられた画材。この男は本当に興味のあるものしかきちんと扱わないらしい。こいつと結婚する未来のお嫁さんは大変なんだろうなぁ~

「それで、作品は?」

「こいつ」

そう言って小さなキャンバスを手渡される

「これ?」

「そう。見てみて」

裏返し、作品を見る。それは女性の横顔。だけど……顔がなくて。そこには得体のしれない何かがある。

「これは……あなたの心?」

「君がそう思うならそうかも」

「そっか」そう言い残して。私はその絵に浸る。何時間が経っているのだろう、この絵をずっと眺めていたい。一秒でも長く。

「これ。貰っていい?」

「え? いいけど」

「これさ、画廊じゃなくって。私個人でもらっていい?」

「マジか……マジかよ! お気に入りってことっすかぁ!?」

「何よ。別にいいでしょ」

「いいさ。いいとも! いやぁ~うれしいなぁ~」

そうやって彼は小躍りしている。可愛いな。もうそろそろ30になろうとしてるおじさんがだよ?

「俺! これからうれそうですか?!」

「さあね。それは君も頑張り次第だとも」

「ん~厳しいな」

「え? 私は好きだし。1週間ぐらいで仕上がるんだし。いいじゃん」

「いやさぁ~これ描くの超疲れるんだよねぇ」

「そっかぁ。じゃぁもう描かないの?」

「いや。描くよ。でも、今までの絵が好きだって言ってくれてる人もいるし。こういうのを描くのはたまににしようかな」

「ふーん。私はこっちの方が売れると思うけどね」

「いや、俺からしたらどっちの絵も描くの楽しいし。どっちも描きたいかな」

「そうなんだ」

この日だった。この日が私たちのすべてを変えたのかもしれない。


 あれから2年がたった。

 私は画廊の仕事を続けていたが。いつからか、あいつのアトリエに私は居ついていた。

「あれ? 私のプリン食べた?」

「あ。あれお前のだったの?」

「はぁ!? てめぇ。ハイばっきーん」

「はぁ!? てめぇがちゃんと言っとかないのが悪いだろ!」

「知りませーん」

そんな毎日を送っている。彼の絵は順調に売れている。今や人気の新人画家として。まぁ新人って程新人でもないんだけど。テレビに出たりしている。

「じゃぁ、買ってやるからまた」

「え? ほんとに?! マジ大好き」

「そっかぁ~じゃぁ行こうか」

居つくようになったのは1年とちょっと前。あの日、絵を見せてもらった時から半年ほどたったころ。

「あのさぁ~ちょっとモデルやってほしくて」

「私が?」

「うん。今度の依頼がさ、女の子描いてくれって。まぁそのまま書いていいんだけど。ほしいなって思って」

「ふーん。ほかの子は?」

「いや……仲いいの君ぐらいじゃん?」

「そっか~まぁそっか。女の子怖いもんねぇ~最近失恋したばっかだし?」

「べつにそういうのじゃないですぅ~」

そんなことを言いながら1ヶ月ぐらい通っていたら。いつの間にここにいるのが当たり前になって、気が付けば一晩過ごしてた。そんなある日のことだった。

「聞きにくいこと聞いてもいいか?」

「どうぞ?」

急にどうしたこの男は

「俺らってさ。そろそろ結婚するのか?」

「いや。知らない。なんで?」

「いや~もうさ。出会って5年? それで。なんかほぼ同棲みたいなの1年ちょっとでしょ?」

「そうだね」

「ふつうのカップルってさ。これぐらいじゃね」

「いや。もうちょっとでしょ」

「そうかなぁ~?」

急になんだよ! 殺す気かよ! こっちはプロポーズされてんだぞ! そんな日常会話みたいに言うなよ! 精神ないのかよ! この男は! マジで!

「でも……その……私は。いつでもいいよ?///」

「何が?」

「いやさ! その流れでなんでわからないんだよ!」

「あ? ああ~なるほど。じゃぁさ。明日書きに行こうよ」

「いや。まずは挨拶とかでしょ」

「そっかぁ じゃぁ明日行こうか」

「うん。わかった……明日って言った?」

コイツなんか段階の意識あるか? なんか2弾飛ばしぐらいで行くなよ!

 そんな私の心は置いてきぼりで翌朝になってしまった

「あらぁ~いいじゃないあなた」

「うん~まぁ秀介君はね。いい子なんだけど……うちの真衣がねぇ~結婚かぁ~」

まぁこういう反応なのは見えてたし。うちは基本。放任主義なので反対されることはないと思っていたが。怖いのは秀介のご両親だ。

 挨拶を終えた後

「あんたのご両親にも挨拶しなくちゃね」

「あ~言ってなかったっけ。俺、家勘当されてるからさ。帰れないんだよね」

「え? あ? ん?」

そっかぁ~勘当されてるねぇ……なにした?

「いやさぁ。俺が絵で食ってくって言ったら。じゃぁうちにはいさせられないってさ」

「なんでよ。そんなの理由になってないじゃん」

「それがわかんないんだよ」

「うーんじゃぁさ。行こうよ。帰ってみようよ」

「そうだなぁ~覚悟決めるか」

そこから何日か経って……

「ついたね」

静岡県は焼津市。ここに彼の実家があるらしい。

「ちょっと待った。緊張してきた」

「ここまで来て?」

「ちょっと吐きそうだけど。頑張るわ」

そこは昔ながらの日本家屋。まずは私がインターホンを押す。

「はい~」

「あのー斎藤さんのお宅で間違いないですか?」

「ああ、ハイ」

「息子さんのことでお話ししたいんです。あ! その話はしたくないとかだったらいいですけど……」

お母さんは少し考えるそぶりを見せて

「息子もいるんですよね」

「え、ああ、ハイ」

「秀介。おかえり」

「母さん……」

涙目になる秀介とお母さん。そして中に案内され、居間に通される。

「今お茶出すわね」

「いや、お構いなく」

「あのさ……オヤジは?」

そのままお茶を淹れに行ってしまった。

「なんかごめん」

「いや。何も悪くないし、謝らないで」

お茶を持ってお母さんがやってくる

「ごめんねぇ何もなくって」

「いやいや。お茶貰っちゃって」

「いい子ねぇ。こんないい子どこで拾ってきたの?」

「いや。俺が拾われたんだ」

「ふーん」

「それでさ。母さん。もしかして……オヤジはもう」

「去年ね。癌で。それでもしあんたが訪ねてきたらこれをってさ」

封筒を手渡される。その中身は手紙だった

「これ。俺宛の?」

こくこくとお母さんが首を振る。そして秀介が静かに手紙を開き、読み始める。

「母さん。これ…ホント?」

「お母さんは知らないよ。読んでないもん」

「何が書いてあったの?」

渡された手紙はこう書いてあった

『お前が帰ってきたってことは。死にかけてるか、成功してるかどっちかなんだろう。

多分俺はもう死ぬ。だから言いたいことをこれに書いておく。

まず。俺も絵描きだった。だけど売れなかった。売れないことが。認められないことが。どれだけ辛いか。俺はお前に教えたくなかった。だからお前に俺と同じ道を歩ませたくなかった。だからお前を追い出して俺は逃げた。だからお前に子供ができたら俺を反面教師にしてくれ。それと。俺の遺産の50%はお前に渡す。母さんによろしくな。じゃぁな』

「母さん。俺は受け取れない」

「でもお父さんの意思だよ」

「いいんだよ。俺は母さんが心配だ」

「あのねぇ。お母さんだって年金貰ってるし。お金もそこそこあるし。一人になれてうれしいぐらいなのよ」

そんなお母さんの目は悲しんでいるように見えた。

「それで、母さん。話があるんだけど」

「その子と結婚するの?」

「うん。その挨拶」

「そ、その。お願いします」

フフと少し微笑んで

「そんな堅苦しくなくていいのよ。しかも挨拶なんていいのに」

「いやそんな、その。秀介のこともありましたし」

「そうねぇ~でも。勇気を出してきてくれてありがとう」


この日はお母さんと料理をして。3人でお酒を飲んで。そんな一日を過ごした。


 朝。学校に行くために支度をして、ご飯を食べる。

「いってらっしゃい」

お母さんがそう言って見送ってくれる。お父さんはいつもダラダラしてるように見えるけど、絵がとっても上手。そんなお父さんみたいに絵がうまくなりたい。

一日、学校に行って帰ってきたらお絵描きの教室に行く。お父さんの教室だ。そこにはたくさん絵が好きな友達がたくさんいる。

「あ! お迎え来た! バイバイ唯ちゃん! 先生!」

そう言って車に乗り込み、家に帰っていく。この教室は家の1階、お父さんのアトリエで開かれている。そんなお父さんは画家だ。結構人気でテレビに出ていたりする。名前は白井秀介。優しいお父さん。

「二人ともー、おふろはいってきなー」

そんな声が聞こえて。二人で「はーい」と返事をして二階に上る。そしてお風呂に入って。みんなでゆっくりテレビを見て。自分の部屋に戻って寝る。そんな毎日がずっと続いていた。そんな中。中学生を卒業する直前。あるコンテストで最優秀賞とった。大人も応募する大きなコンテストだ。うれしかった、自分が認められた気がして。でも……これが最後のつもりだった。周りから天才だともてはやされて。みんなから求められて。それを描いて。うまいと褒められて。それでまた天才だとその人たちは言う。

 私のおじさんは画廊をやっていて。たくさんのお金持ちそうな人がたくさんいて、絵について詳しく、目がいい人ばかりがいる。そんな人たちに褒められるのはうれしい。それにここはいろんな刺激を得られる。それに落ち着く。私よりうまい人たちの絵は落ち着く。奇麗で。奇抜で。かっこよくて。可愛くて。

「あ、そろそろ帰りなよ。お母さんから電話来たから」

「あ~うん。わかった。じゃぁね」

帰ってくると。

「おめでとー!」

と大きな声で抱きついてくるお母さんは嬉しそうで、それがほんとにうれしかった。うれしくて。その日から絵を描くのがもっと好きになった。だからもっと描いた。

 今日も描いた。お母さんに褒められた。お父さんも良い絵だって言ってくれた。

 今日も描いた。今日は描いていて楽しかった。『お父さんはそれが一番大切だ』って言ってた。

 今日も描いた。お母さんが描いてほしいって言った空の絵を描いた。でも。あまり楽しくなかった。

 今日も描いた。でもいつもより時間がかかった。しかもあんまりおもしろくなかった。

 今日は描けなかった。描こうと思っても手が動かなくて。楽しくなかった。

 今日も描けなかった。お母さんは描けるときでいいって言ってくれた

 今日も描けなかった。そういえばお母さんと話してないや。

 今日も描けなかった。最近お母さんの機嫌が悪い、私何かしたかな?

 今日も描けなかった。お母さんが『描きなさい」って怒られた。明日は描こう。

 今日は描いてみた。小さいキャンバスだけど1日かかっちゃった。お母さんに見せたら『こんなんじゃだめ』って怒られた。最近のお母さんは怖い。

 今日は描かなかった。お父さんに『お母さんのことは考えなくていい』って言われたし。一回休んだらまたかけるかもしれない。

 今日から高校生だ。今日は楽しみな気持ちを描いてみた。今日は楽しかったな。

 今日は描けなかった。最近お母さんに怒られることが多くなった。毎日が楽しくない。

 今日も描けなかった。あの頃みたいに描きたい。

 今日も描けなかった。お母さんが『絵を描けない唯なんていらない』って言われた。こわい。

 今日も描けなかった。そこにお母さんがやってきて。『なんで描けないの!』って私を殴ってきた。こわい。

 今日も描けなかった。お母さんに殴られていたところにお父さんが来て助けてくれた。そのまま二人が言い争ってしまった。私が悪いの?

 今日は描かなかった。お父さんが学校を休んでいいって言ってくれて。お父さんと二人で山に登った。今日はホテルに泊まれって言ったから。一人でホテルに泊まった。

 今日は描いてみた。ホテルに一人でいるのも暇だから。久しぶりに楽しいと感じた。

 今日は、1週間ぶりに家に帰ってきた。お母さんがいなかった。お母さんとは別居したんだって。

 そこから私は絵を描かなくなった。いや。絵を描けなくなった。

 そこから何事もなく高校2年に上がった。もう半年ぐらい絵を描いてない。また描いてみようかな。今描いたら楽しいかも。そんなことを考えながら家に帰ると。そこは轟轟と燃える家があった。

「え?」

思わず走り出したが。黄色いテープと制服を着た警官に止められた。

「お父さん! お母さん!」

目の前で焼け崩れていく我が家をただ見つめることしかできなかった。ただ、見つめるしか。

その夜。警察の人から。お母さんが犯人だと聞いた。お母さんが三人で心中するために火をつけたらしい。でも。それなら夜に来ればよかったのに。なんで私だけ残ってしまったのだろうか。

今はただ。今はずっと夢に浸っていたい。私はずっと。夢の中で。私は頭の中に閉じこもることを決めた。私はきれいな現実を見れなくなった。

 きっといつか私は見なくちゃならない。その現実に。だけど今は。今だけは……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(習作)宙 里芋の悲劇 @satoimonohigeki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ