いつか話したこと

からいれたす。

あの日した約束

 夏を雨が洗い流し、わずかな秋の気配。ひぐらしの声が降るような夕暮れ。受験のための学校見学会できた高校の屋上での、との会話を不意に思い出した。


「その日この時間にその場所で待っていると、ふと頭に思い浮かんだ人に会えるんだって」

「なんというか眉唾な話だな」

「まぁ、信じる心は救われるってね」

 たまに不思議なことを言う子だったけど、この会話はなぜか強く記憶に残っている。


 中学生の最後の年の秋に告白されて付き合い始めた僕ら。僕はまだ恋と言えるかもわからない曖昧な気持ちだったけど、真剣な彼女にほだされた。


 結局ほんのひとつき後には、僕のほうが彼女に入れ込んでたかも知れない。受験とか進学とか将来とか、そんなちょっとしたスパイスも喜びに変えるほどに。


「も、もっともいま会いたい人は目の前だけどね」

「私も……そう……かな」

 ふたりで顔を真っ赤にして、ちょっとだけだした勇気もこの程度だ。


 日を追うごとに記憶は薄れてはいくけれど、不意に彼女のことがひどく懐かしく感じることがあった。


「ところで、その場所ってどこだ」

「あれ、なんか興味津々かな?」

 からかうように、ほんのり緩んだ口元に目が惹かれた。キスとか想像つかないくらいうぶだったけど、真剣であったのは本当のこと。


 彼女とはいつも屋上の入り口、階段の踊り場でこっそりと待ち合わせて、グラウンドから聞こえる運動部の声と、校舎に反響する吹奏楽部の演奏をBGMにして色々と話をした。


 幼い恋だったから、周りに知られるのは恥ずかしかった。友達にも、もちろん親にも、内緒。ふたりだけの秘密の恋だった。


 クラスではお互い知らないふり。SNSでこっそりやりとり。たまに目があったけれど、それは仕方ないよね。それだけで一日を幸せに過ごせた。


 受験が終わったらを枕詞に、まだ見ぬ未来をよく語った。


 やれ天体観測にいこうとか、蛍を見に行こうとか、花火と花火手に持つやつとか、かき氷食べたいねとか、プールに行きたいねとか。ふふっ、今考えると夏の予定ばっかりじゃないか。


「次のオヤスミに図書館に行こうよ」

「お、おう。図書館デートだな」

「ちょ、ちがちが。図書館に勉強しにいくんだよ」

 デートという単語をひどく恥ずかしがった彼女が可愛くて、よくデートという言葉を僕は使った。


「高校二年生になったら、手をつないで一緒に文化祭を見て回りたいね」

「なんで、二年限定なんだよ」

「多分来年はまだ恥ずかしいから」

 ぐっ、なんだこれ可愛すぎないか。文字通り言葉に詰まらされるとか。本当に彼女に夢中だったんだな。


 あれから二年。女々しい、と言われればそれまでだけれど、僕はまだ彼女のことを忘れられない。過去の会話を噛みしめる。




 今日は待ちに待たなかった文化祭。果たされなかった約束を不意に思い出した。なんとなく気になって、クラスの当番をほっぽりだして、屋上への階段を登る。


「よう久しぶり、なんで中学校の制服なんだ」

「高校の制服だったら私って気が付かないでしょ?」

「いや、背格好が変わってないし」

「なんかキミは大きくなった?」

「流石にな、もうすぐ二年になるからな」


 頬には自然と涙がながれて、ぼやけて彼女が見える。その彼女はうつむき加減にそっと前に手を差し出してくる。耳が真っ赤だぞ。


「あの時の約束を果たそうよ」


 そこには受験の帰りに事故で亡くなった、あの時とかわらない懐かしい彼女の姿があった。

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