4
その日、シュヴァルツに一つの知らせが届いた。アルファードがシュヴァルツの恋人であるアリッサのいる場所へ飛ばされたという知らせだ。またな、という言葉が嘘になったな、とシュヴァルツは目を伏せる。
――後は、大人しく死を待つだけだ。
アルファードがいなくなったことで、自分を救おうとする輩はいなくなった。いるのはカールのように肯定的な人間か、自分を恨む人間ぐらいだろうとシュヴァルツは推測する。別に、死ぬことは怖くはない。自分ひとりの命で、もう、あんな悲惨な戦争はおこらないですむのだから。
不意に聞こえてきた足音に、シュヴァルツは顔を上げる。カールだろうか、と廊下を見れば、一人の男がシュヴァルツの檻の前で止まった。色あせた茶髪に、頬に走る傷跡。傭兵団の隊長だと記憶してはいるが、名前は知らない。
「お前がシュヴァルツか?」
「ああ、アンタは確か傭兵団の隊長だったな」
「しってくれていたのか。嬉しい限りだな」
「アンタが俺を知っているほうが驚きだが」
「名前は最近知ったが、活躍はしっていたぞ」
「そうか。俺はアンタの名前をしらない」
「俺はレスとでもよんでくれればいい」
「レス?」
「ああ、『ネームレス(名無し)』のレス、だ。名前は捨てたんでな」
そう告げた男は何処か飄々としている。
「では、レス、さん」
「レスでいい」
「……レス、何しにここに?」
「嫌、なに、興味をもってな」
男――レスは細い廊下の壁にもたれかかる。シュヴァルツは首をかしげた。
「俺のいた国ではお前の行動は大統領からの表彰ものだ。だが、なぜ、お前は処刑されることに?」
「今の国の重役が描いた理想郷と現実が違いすぎた。ただ、そのためだ。俺が死ねば国民は納得するらしい」
「……お前はそれに納得を?」
「今度は俺ひとりの命ですむ」
「国の名誉の為に命を捨てるのか。美談だな」
そう告げたレスはタバコを取り出し、火をつける。
「お前の考え方は模範的だろう。確かに、お前一人の命で国民の怒りはすむかもしれない。しかし、それは推測でしかない。足掻こうとは思わないのか?」
「ああ」
「だが、お前が今のまま処刑されたとして、その事実がばれたらどうするんだ。どちらにせよ、国がまたひっくり返るぞ」
「それはっ!」
シュヴァルツは焦ったように声を上げる。レスはタバコを深く吸って紫煙を吐き出す。
「そうだな、もっと簡単な話をしようか。処刑の話は置いておいて、お前は生きたいのか死にたいのかどちらだ」
「……」
「返答がないことを見れば、どうでも良くはないみたいだな。で、どっちなんだ?」
俯いたシュヴァルツは、ぎゅっとこぶしを握る。そして、苦しげに言葉を放った。
「……できるなら、生きたいに、決まってるだろう」
「だろうな。恋人とも会いたいだろう」
「ああ、会いたいさ。だが、もう――」
「さて、ここからが俺の本題だ」
シュヴァルツの言葉を遮って、レスは口を開き、ピンと人差し指を立てた。
「お前に与えられた選択肢は二つだ。一つ、このまま処刑を待ち、死ぬか――」
レスはもう一本指を立てる。
「俺達の仲間になり生き延びるか。さぁ、どうする」
にやり、と笑ったレスにシュヴァルツはまた俯く。
「生き延びるなんてできない、俺には」
「ああ、もう、まどろっこしいやつだ。俺達と共に来い」
レスが指を鳴らせば、扉から兵が入ってきた。その兵は檻の鍵で扉を開ける。
「気にするな、変装している俺の部下だ」
ほら、とレスがシュヴァルツに手を伸ばす。シュヴァルツは迷いを見せたが、鍵を開けられて以上腹を括ったらしい。その手をとって、呆れたように笑う。
「最初っからこのつもりだったのか」
「ああ、まあな。歓迎する、ルーキー」
「……あんたのこと、嫌いになりそうだ。せっかく死ぬ覚悟ができていたのに」
呆れたようなため息と共に吐き出されたその言葉に「そうか、俺はお前を結構気に入っているがな」とレスは返す。
「いらない死の覚悟なんて、溝に捨ててしまえ。それに、」
「それに?」
「頼まれていたし、約束したからな。アルファードとアリッサに」
レスの言葉に、シュヴァルツは驚く。そして、穏やかに笑った。
「――さて、急ぐぞ、この地方から脱出しないと話にならない。こっちだ」
レスはそう言って、進んでいく。シュヴァルツはその後を追った。
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