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この軍は気が狂っている。だが、この寡黙な男ほど気が狂っている奴はいないに違いない。

アルファードという名の青年は、眉間に皺を作りその男を見ていた。男は牢獄の中で、アルファードに向き合うようにベッドに座っている。


「――そんなに納得ができないか」


不意に零した男の言葉に、アルファードは「ああ」と返事をする。


「アンタは間違いなく英雄なんだ。なんで処刑されなきゃならないんだよ」


それはこの日、何度もアルファードがこの男に向かって吐いた言葉である。男――シュヴァルツは困ったような笑みをアルファードに向ける。まるで、聞き分けのない子供に説得する親のように、「決まったことなんだ、アルファード」と諭すように告げる。しかし、それはアルファードの機嫌を損ねるだけの物であって、良い選択とはいえない。現に、アルファードは声を荒らげ、シュヴァルツを睨んだ。


「なんでだよ! なんでそんなに悟ってるんだ! アンタは! 無実の罪で殺されるんだぞ!」


そう、シュヴァルツという男が何故牢獄にいるかといえば、無実の罪で捕らえられているからである。

数ヶ月前までこの国は内紛が起こっていた。社会主義に嫌気がさした学生達が武器を取り、巨大な祖国に向かい反旗を翻したのである。実際は、学生達に武器を取るように教師陣や政治家がしかけたのだが、表向きにはそうなっている。アルファードもシュヴァルツも元をたどれば唯の学生だった。

 いや、この新政府軍の殆どが学生である。大学生だけではない。高校生だって、下手をすれば中学生もいる。多くの命が失われ、勝利したものの、残ったものは教師や政治家達の「理想」とはかけ離れた現実。ライフラインも安定しない。物資供給も、だ。

それを国民が受け入れるかといえば、そうではない。不満は高まる一方だ。武器を取った学生達の不満も同等に高まる。その矛先を向けられた教師陣や政治家は責任のなすりつけ合いをするだけで、一向に良くならない。一度は元学生達で下克上をしようか、という話が出たぐらいである。

その話をどこからか聞きつけた教師や政治家達は慌てて一人の生贄を用意し、不満や怒りの矛先を生贄に向けた。そして、その不満を断ち切るために生贄を処刑することに決める。それがシュヴァルツであった。

彼を擁護する兵の殆どは僻地へ飛ばされてした。アルファードもそうだ。もうじき、ずっと遠くである北の地方に飛ばされることになっている。だからこそ、面会に訪れた。助ける手助けをするために。しかし、どうだ。シュヴァルツが死ぬ気なのである。


「ああ、そうだな。俺は無実の罪で死ぬことになるだろう。しかし、また、何十万の命が失われるよりましだろう?」

「どっちも同じだ! 責任ある立場のアイツ等が処刑されるならわかる! でも、アンタはそうじゃない!」

「どちらも同じことだ、どちらにせよ、一人の命は失われる」

「なんでだよ! こんな世界になった責任はアンタにはない!」

「……」

「なんでだ! この世界に絶望したのか?」

「いや、」

アルファードの言葉にシュヴァルツは首を振る。

「なら、どうして」

「俺という存在で、全てが救われるなら、俺は喜んで命を差し出す。それだけだ」


そう告げて目を伏せたシュヴァルツに、アルファードは呟くように尋ねる。


「……死にたいのか?」


その問いに、シュヴァルツは答えない。アルファードも俯く。


「アリッサはどうするんだよ、恋人なんだろ?」

「……彼女は強い。俺が死んだとしても、俺よりもいい男と添い遂げる」

「馬鹿じゃねーの、」


ゆっくりとアルファードは牢の柵から手を離した。そして、そのまま一歩下がる。シュヴァルツは顔を上げると、緩やかに笑う。


「……お前が友人でよかった。今までありがとう」

「俺はお前が友人で恥ずかしいよ。気狂い野郎が」


顔を伏せられたまま弱弱しく発せられた言葉に、シュヴァルツは苦笑した。あいかわらず、この青年は気が難しい。


「なぁ、シュヴァルツ、お前は生きたいとは思わないのか?」

「……それとこれとは別の問題、とだけ伝えておこうか」


その言葉に、アルファードは顔を上げる。何か言おうとするが、その前に男が「面会時間は終わりですよ」と言いながら現れた。


「さよならだな、アルファード」

「――ああ、またな、シュヴァルツ」


引きずられるようにしてアルファードはその場を後にする。シュヴァルツはアルファードの言葉に、一瞬きょとんとしたが、すぐに苦笑いをした。




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