エピローグ
エピローグ
『セカ・イサンでの戦いから、数週間が過ぎました。あのとき初秋だった季節は移りゆきます。紅葉の季節はすでに終わりました。木々は葉を落とし、冬を迎えようとしています。寒くなりました』
『グレミオは反逆の罪で捕らえられ、王都へと連行されました。反逆は最大級の重罪です。これから裁判にかけられますが、たとえ貴族階級とはいえ、厳しい処罰は
『最大の懸案だったアミュレットは、フロッガの胃の中から無事に発見されました。無事にとはいっても、作業に当たった医師たちの中の数名は、悪臭とおぞましさで体調不良を起こしたそうです。回収されたアミュレットは、ふたたび魔法学院の地下へと戻され、これまで以上の厳重な封印がなされました』
『グレミオ事件の収束に合わせて、女王は国民に対して、混沌の時代に入ったことを正式に発表なさいました。不測の事態に備えるため、新兵の募集もはじまっています。人々の危機意識も、少しずつ高まっていくでしょう』
『ビアンカは、王都で薬師の修行に励んでいます。今回の旅で、彼女なりに、なにか思うところがあったのでしょう。そのうちイナカン村へ遊びに来ると手紙をよこしてきました』
『私こと、魔法学者アリウス・アリゲイトは、イナカン村へと帰ってきています。村の風景も、少し変わりました。モンスターに備えて、村の周囲には空堀と柵を設けることになりました。村の人々が、毎日交代で土木作業をしています。自警団も組織されることになりました』
『そんな村の様子を見ながら、私は思いをはせるのです。この世界を、今日という日を守るために戦ってくれた、異世界の勇者のことを。ほんの数週間前まで、つねに私の隣で生死を共にしてくれた、かけがえのない友のことを』
ふう、と、ため息が聞こえました。
「うーん。これはちょっと、どうかなあ……」
大工ハンスの声です。
「そうよねえ。おばさん、はっきり言ってイマイチだと思うわぁ」
大家のフランさんです。
「そうかのう? なかなか味わいのある、いい文章だと思うんじゃが? 特にこの、わしが究極魔法を発動させるシーンなんかは……」
博士がパイプをふかしながら、意外そうに反論しました。
ここはイナカン村。博士の家です。ハンスとフランさんは居間のソファに腰かけて、博士の書いた冒険手記の下書き原稿を読んでいるのでした。
「だってこれ、戦いの旅の記録でしょう? 博士がかっこよすぎますよ」
「そうそう。まるで博士が主人公みたいじゃない」
二人の意見は一致しているようです。
「それじゃあまるで、わしがかっこよくて主人公だったらおかしいみたいじゃないかね?」
「そりゃそうよ。ねえハンスさん」
「そうですよ。自分を美化しすぎですよ。書き直しですね」
「やれやれ、手厳しいのう」
博士は、原稿をテーブルのすみへ押しやりました。
ハンスがさらに言葉をつづけます。
「それにこのエンディングだと、クロコディウスが死んでしまったみたいじゃないですか」
「そう、おばさんもそう思ったわぁ!」
博士は頷いて答えました。
「やっぱりそう感じるかのう? わしも、そこだけはちと気になってはおったんじゃ。だとすると、うん、残念ながらボツじゃな」
博士は空になった三つのカップに、コーヒーのお代わりを注ぎました。三人は、温かいコーヒーに口をつけます。
「ねえ博士。クロちゃんの傷、かなり重傷だったって本当なの?」
「本当じゃ。あと少し傷が深ければ致命傷だったと、王都の医師が言っておった」
博士は、部屋の一角においてある飾り棚に視線を向けました。
棚には、あのバーバ・ヤーガのメダリオンが飾られています。メダリオンには、中心部から放射状に六本の亀裂が走っていました。六つに割れたピースを、ニカワでくっつけて修理してあるのです。割れる原因となった中心部には、きわめて強い力で突き刺された痕があり、深くえぐれていました。
「そういえば、クロコディウスはどこへ行ったんだい?」
「バウマンとバーナードといっしょに、フェアリーテイル川へ釣りに行ったよ。バーナードの爺様の書きつけに、川妖精の釣り方が書いてあったそうじゃ」
「こんな寒いのに出歩いて、クロちゃん大丈夫なの?」
「傷はふさがったから、これからは無理しないていどに体を動かしたほうがいいんじゃと」
そんな話をしているうちに、玄関から笑い声が聞こえてきました。帰ってきたようです。クロコディウスたち三人が居間に現れました。
「釣れたかね?」
「ああ、ばっちりだぜ」
三人は得意満面でサムズアップです。
「え? 川妖精が釣れたの? おばさんにも見せてよ」
「甘いなおばちゃん。キャッチ・アンド・リリースしたに決まってんだろ。レア生物なんだぜ」
「あんなもの見ないほうがいいよフランさん。きれいなフェアリーを想像してたのに、むさくるしいおっさんの姿をした妖精だったんだ。がっかりだよ」
大笑いする一行。
そのとき、クロコディウスが窓の外を指さしました。
「おい、なんだありゃ?」
空から、白いものが舞い落ちてきました。今年の初雪です。
「ほう、初めて見るのかね。あれは雪というものじゃよ。冬になるとな……」
博士がファンタジアの冬について講釈をはじめました。これは長くなりそうです。
五百年続くといわれる、混沌の時代は始まったばかりです。これからさき、いつどんな災厄が待ちうけているのか、誰にもわかりません。
しかし、この世界にはクロコディウスと博士がいます。なにが起ころうとも、世界を守るために立ち上がってくれることでしょう。
困ったことが起きたら、イナカン村でのんびり休暇を楽しんでいるワニ獣人を訪ねてみてください。きっとぶつくさ言いながら、話を聞いてくれるに違いありません。
正義の勇者に、栄光あれ!
『正義の勇者がやってきた!』 完
正義の勇者がやってきた! ~ワニとエルフのトホホな冒険録~ 旗尾 鉄 @hatao_iron
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