第9話

 夕飯の誘いを断って、店に戻ると、俺は新品のペンと反古紙とをいくらか持って、奥の水場に立った。開封した火蜥蜴サラマンドラの血清を一滴、コップの水に落とす。その液体にペン先を浸し、流しのなかで魔法陣フィグラを描く。発動するまで、一滴ずつ血清を追加し続ける。


 炎が噴き上がったのは、五滴目だった。初めに書いた魔法陣は乾き始めている。ほとんど水で描いたためか、水のよれはあるが、うまく乾かせば、目立たなくなるだろう。


 レオナルドに教えるため、水の量を正確に記録に残す。魔法陣の大きさも計る。あとは、そうだな、魔法陣の大きさを変えてみようか。全版が有効かどうかは、縮小してもおおよその予想がつくに違いない。


 俺は普通のインクで魔法陣の大きさの目安となる線を引き、いくつかの大きさを試してみた。炎は、レオナルドの想定どおり、魔法陣の大きさに左右されることもだいたいわかった。たぶん、いちばん使いやすいのは、親指の第一関節程度の図案だ。これなら、火起こしにもってこいの規模だった。


「この魔法陣を持ち歩ければ、旅先の火起こしが格段に楽になるだろうに」


 思いつきを口にして、俄然がぜん、試してみたくなる。どうすれば、発動させずに持ち歩けるだろうか。俺の場合、バケッタ呪文フォーミュラなしに魔法陣から火が出るのだから、魔法陣を旅先で完成させたいワケだ。まさか、火蜥蜴の血清を持ち歩くことはできないので、たとえば──


 俺は紙を正方形に切り、それを花のかたちに折りたたみ、四枚の花弁のそれぞれに印をつけ、もう一度開いた。印のある四隅にちょうど四分の一ずつの魔法陣を描く。初めにつけた折り目に従って、慎重に折り戻す。


 ぼっ……


 適度な炎が紙を燃やし、流しの底で消える。成功だ。思いもかけない発見に興奮する。これ、もしも魔力持ちじゃなくても火が起こせたら、大発見なのではなかろうか!


 ──後日、ジャンに折らせた紙は、見事に燃えて、彼を非常に驚かせた。


 俺の文具店の名を城下に轟かせた逸品、魔法紙マギア・カルタ「燐寸紙」が生まれた瞬間だった。



 

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貴族様御用達! 城下町の文具店 渡波 みずき @micxey

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