第2話 依存の結末
彼女が自殺したと聞いたのは、それから半年後だった。あれほど彼女を失うのを恐れていたのに、私は不思議なほど悲しくなかった。なぜかはうまく説明できない。でも、彼女が嫌いだし、精神的に苦しんでいるならいい気味だと思っていた。だから、愚痴を聞いているのが面白かったんじゃないかな。私は自分でも自覚できるくらい、彼女を恨んでいて、死んでくれたらいいと思っていた。彼女と毎晩電話していて、精神的にどんどん病んでいくのがわかって愉快だった。もう友達は一人もいないけど、すがすがしい気分だった。
私はお通夜に出かけた。両親が亡くなった時に買った喪服をまた着られて嬉しかった。そこには、高校時代の同級生がたくさん来ていた。私は彼女としかつながっていなかったけど、彼女には友達がたくさんいたんだと気が付いた。私が死んでも誰も来ないのに。みんな「久しぶり」と戸惑ったような顔で声を掛けて来た。
「元気?」
「うん」
「今、派遣なの?」
「う、うん・・・」
「どこで働いてるの?」
「〇〇〇の工場」
「独身?」
「うん」
「彼氏いないの?」
「いないよ」
「実家?」
「ううん」
私は短時間で個人情報を吸い上げられる。これがみんなの話のネタになって、面白可笑しく語られるんだろう。
みんなすぐ私から離れて行った。聞くことを聞いたらもう用はないんだろう。
私はきょろきょろする。一番前に座っているのは、A子の旦那だ。本当にイケメン。暗い顔でうつむいている。悲痛な顔にキュンとなる。芸能人で言うと、長谷川博己に似てる。いいなぁ・・・あんな人が旦那だったら自慢だわ。隣に小学生と中学生の子どもが泣きながら座っていた。私、子どもの世話できるし、家事も頑張るから・・・何か手伝えないかなぁ・・・。
私がぼんやりしていると、何と、彼が私の方を見た。そして、つかつかと歩いて来た。チャンスだ。私の胸は高鳴った。きっと「妻と仲良くしていただいてありがとうございました」って言われるんだろう。私も「すごくいい子だったのに・・・って」さも嘆いている風にお悔やみを言わなくちゃ。旦那が感動するような言葉。何だろう。私は頭をフル回転させる。
「富澤さん」
「この度はご愁傷様です」
「いいえ。あなたには言われたくありませんよ!あなたが毎晩、愚痴の電話を掛けて来るせいで、妻はうつ病になって自殺したんですよ。それだけは覚えといてください」
「え?」
みんなが私たちの方を見ていた。ひそひそ話しているのが聞こえた。
「妻は断れない性格で、あなたから電話が掛かって来るのを無視できなかった。それで、精神的に参ってしまって、結局、こういう風になってしまったんです。僕が車の中で浮気してるとか、あることないことでっちあげて、何の恨みがあるんですか」
旦那は泣きながら私に怒鳴った。
「あなたから電話が掛かって来ると、1時間経っても切らないって妻は困ってましたよ。僕は仕事で帰りが遅いから、それを聞いたのは、子どもたちからでした。亡くなるまでうつ病だって気が付きませんでしたよ。あなたなんかには来てほしくありません。今すぐお帰りください」
旦那は私があっけに取られているのをじっと睨んでいた。
「さあ、出口はあちらです。どうぞ」
私は参列者の冷たい視線に晒されながら、その場を立ち去った。ちょっと笑みを浮かべながら。葬式では笑いそうになってしまう。笑ってはいけないとわかっているからだと思う。
私は愚痴なんて言ったことはない。愚痴っていたのは彼女の方だ。
「独身で子どももいないし、これからどうやって生きて行っていいかわからない」
私は言う。
「そんな、旦那なんて、わがままだし、面倒なだけだよ。買い物ばっかりしてて大変。友達も多いからお金も使うし」
「でも、子どもはかわいいでしょ。私なんて子育てしたことないんだよ」
「子どもはすぐ巣立って行っちゃうしね。小5までだって。最近はクソババアって言われてるんだよ。勉強はしないし、部屋は散らかすし」
私は彼女の愚痴が聞きたくて、毎晩電話していた。夜8時に。そして1時間くらい話す。9時になると、好きなYouTuberの配信があったり、ラジオを聴くから、電話を切る。「また、電話してね」と私はいつも言うけど、彼女から掛かって来たことはない。
私は一人になった。夜、電話する人が誰もいなくなった。
携帯が鳴った。非通知だ。
「もしもし」
「富子?私・・・これからは私の話、聞いてね」
A子だった。これはきっと夢か幻聴だ。私は気にしないようにする。
それから毎晩電話が掛かって来る。電話を解約しても、かならず夜8時になると電話が来る。出るまで鳴りやまない。電源をオフにすると、日中、電話が来る。私は電話を持たなくなった。
電話を持ってないと、人づきあいが出来ない。
もう、完全に1人だ。どうやって生きて行っていいか、途方に暮れている。
依存 連喜 @toushikibu
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