アイドルPは無防備な彼女をたしなめたい
ななよ廻る
アイドルPは無防備な彼女をたしなめたい
アイドルのプロデューサーをしている僕には、困っていることがある。
それは、担当アイドルについてだ。
仕事が取れないというわけじゃない。アイドル活動を始めて間もないけれど、彼女には人を惹き付ける魅力があった。
容姿・スタイルは現役モデルにだって負けないし、歌唱・ダンス・演技と軒並み高い技術と表現力を持っている。本人の努力もあって伸びしろも大きい。
いずれは武道館だって夢じゃない。そんな期待大の新人アイドルだ。
そんなアイドルとして輝くために生まれたような彼女に、どんな不満があるんだと人は言う。実際、プロデューサー経験の浅い僕の方が問題だと、先輩プロデューサーから言われることもある。
確かに、彼女はアイドルとしては完璧だ。文句の付けようなんてない。
けれども、男性である僕にとっては、大きな欠点を1つ彼女は抱えていた――
■■
「只今戻りまし、たぁああああっ!?」
昼の営業を終えて戻ってきた僕の目に飛び込んできたのは、事務所のソファーで寛ぐ担当アイドルだ。
「おかえり」
スマホから目を離すことなく、生返事をしてくる。
まるで自宅かのようにソファーで仰向けに転がってだらけている姿は、どこにでもいる女子高生そのものだ。
アイドルとしてどうなんだと思わなくはないが、ファンの前では気を張っているのだ。(たぶん)
見えない所で少しだらけるぐらいは許してもいい。
けれど、それにも限度というものがある。
「ちょっと、マキエさんっ!? その格好はなに!? だらしなさ過ぎる!」
「別にいいでしょ。休憩中なんだし」
「そうだけども……! せめて、スカートぐらいは直してくれ!」
膝を立てているせいで、スカートが捲れてしまっている。
染み一つない真っ白な太もも。普段見えることのない、その付け根部分までも見え隠れしていてとても目に毒だ。
僕の指摘で自分の格好を理解したマキエさんだけど、チラリと一瞬スカートに視線を向けただけで直そうとはしない。
「いや直そうねッ!? アイドルとして以前には女の子としてあるまじき痴態だからね!?」
「うるさいなぁ。いいよ、別に。どうせ下に短パン履いてるし。見られても」
「……それでもどうかと思うんだが」
僕のなんとも言えない気持ちに、マキエは答えてくれる気はないらしい。
気ままな猫のように、知らぬ存ぜぬを決め込むと、スマホを操作し続けている。
(まぁ、短パン履いてるならまだマシか)
なんて、油断したのがいけなかった。
もぞり、とマキエが体勢を変えると、元々際どかったスカートが更に落ちてしまう。
いくら短パンを履いているとはいえ、スカートの中身が見えているのは宜しくない。せめてブランケットでも掛けようと近付いて、
「ぶほっ!?」
と、思わず咽てしまう。
「短パン履いてないじゃないか……ッ!」
「……あ、今日体育あって汗で汚れたから脱いだんだった」
「あ、じゃない!」
安堵したところに飛び込んできた、扇情的な赤い下着。部分的に透けた色気のある下着は、子供から大人へ成ろうとするマキエが身に着けると、どこかアンバランスで背徳的だった。
慌てて視線を逸らして手で顔を覆う。
年下の、それも担当アイドルの下着を見て顔を赤くする自分が、なんだかとても情けなく思えてならなかった。
そんな僕の気持ちなどつゆ知らず、スカートを直したマキエは揶揄するように笑う。
「短パン履いてるとは言ったけど、わざわざ回り込んできて女子高生のスカートの中身を確認しようとするなんて、良い趣味してるね?」
「止めて……! 社会的に死んじゃう!」
別に見ようとしてないから。不可抗力だから。
僕はモヤモヤとした気持ちを吐き出すように、深いため息を付く。
そう。彼女の欠点とは、この隙の多さだ。
一見完璧なように見えて、要所要所で抜けているというか、油断している。
パンツを見えるなんてざらで、ブラウスが透けて下着が見えていたり、人の出入する事務所で平然と着替えていたり。あまつさえ、事務所のシャワーを浴びて、身体にタオルを巻いただけの状態で飛び出してきた時には、羞恥心よりも先に逮捕の二文字が浮かんで青ざめたぐらいだ。
(まだ事務所内だからいいけど、そのうち大事になるんじゃ)
不安は募るばかり。
マキエにはどうにか改めてもらいたい。
男である僕にパンツを見られてしまったばかりだというのに、平然と元の体勢に戻っている。またもや、スカートの端が危うげに揺れているを見て、僕は額に手を当てた。
「マキエさん。流石にその隙の多さは問題だよ」
「なにが?」
「記者もだけど、今はSNSで誰でも情報を発信できるんだから。下着とか撮られたりして、拡散されるかもしれない」
「外では気を付けてるから」
もはや定形となった返答。娘に小言を言う母親の気持ちが少しだけわかってしまう。お母さんは貴女が心配なだけなのよ。
「それに僕も男だ。君の無防備な姿を見て、狼にならないとも言えないんだ」
「狼?」
ふふ、とマキエさんは小さく笑みを零し、僕を見上げてくる。
まるでおかしな冗句でも聞いたかのように、楽しそうに笑っている。
「随分と牙のない狼ね? 狩りの仕方を忘れてしまったの? がおー」
爪を立てるように両手を広げて、からかうような態度。
少しムッとなるが、相手は女子高生で、僕は大人だ。子供のように怒り出すわけにはいかない。冷静に、あくまで小さな子供を嗜めるように。
「そんなことを言って、本当に僕が君を襲ってしまったらどうす――」
「――へぇ……襲ってくれるの?」
気が付いた時には、腕を引っ張られてそのままソファーに倒れ込んでしまう。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離。彼女の顔が視界一杯に広がって、僕は息を飲んだ。
「じょ、冗談は止めよう」
「ふぅん。やっぱり、牙はないみたい」
いきなり口の中にマキエの指が差し込まれる。
「
「凸凹してるけど、滑らかで、狼なんて笑っちゃう」
無遠慮に指を動かし、歯をなぞってくる。
女の子に指を突っ込まれるなんて生まれて初めての経験だ。想像すらできない感覚に、身体を身震いさせる。
僕は慌てて彼女の手首を掴んで止める。
「な、なにをするんだ!?」
「狼なんてありえない冗談を言うものだから確認してみただけ」
――で、襲う?
なんて、可愛らしく小首を傾げてくる。
子供と大人を使い分ける、なんともズルい子だ。
僕は弄ばれた口を隠すように手で覆いながら、諦めたように嘆息した。
「……降参だ。今日のところは諦める」
「そう」
それきり興味を無くしたように、スマホを操作し始めるマキエ。
ほうほうの体で彼女の上からどいた僕は、やたら存在を訴えてくる心臓の音を聞きながら、安堵と落胆の混じった息を吐き出した。
(心臓が持たない……この先やっていけるのかなぁ)
女子高生相手に、なんとも情けない。
「顔洗ってくる……」
「いってらっしゃい」
火照った頬を冷めそうと、洗面所に向かう。
落ち込みふらふらと歩く僕の背中に、小さな声が届く。
――……はぁ、鈍感。
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『5分でラブコメ!』第1弾いかがだったでしょうか。
楽しくお読みいただけたなら嬉しく思います。
『5分でラブコメ!』とは、
『5分で読めるイチャイチャラブコメ』をコンセプトに、短編ラブコメを執筆する企画。
個性色とりどりな主人公×ヒロインのもどかしくニヤニヤしたくなるラブコメを執筆しますので、
日々の息抜きとしてお楽しみください。
『5分でラブコメ!』企画開始!
https://kakuyomu.jp/users/nanayoMeguru/news/16817139558714306876
アイドルPは無防備な彼女をたしなめたい ななよ廻る @nanayoMeguru
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