論破ファイターアキラ
春海水亭
論破をするな、議論をしろ
◆◆◆
論破バトル!ディベートでもない!ディスカッションでもない!インターネットでのレスバトルを起源とした!この世界でもっとも熱い戦いだ!
論破ファイターは今日も互いの意見をぶつけ合い、どちらかの意見が破壊されるまで潰し合う!己のプライドのために!正しさのために!夢のために!論破マスターを目指して!
さぁ、君も論破バトルの世界に飛び込んでみないか!
◆◆◆
「フヒャヒャ!これで論破バトル九十九連勝だぜ!」
哄笑する少年がいた。
同じ年代の少年よりも大柄な体躯、ふくよかな脂肪の下には日頃の運動で鍛え上げられた筋肉がのっている。
小学校の校庭であった。
彼の周囲には肉体的には無傷の少年が複数人倒れ伏している。
だが、彼らの表情は皆一様に沈んでいる。
肉体の傷ほどわかりやすくなくてもお、彼らの心の傷はその表情を見ればはっきりとわかる。
論破バトル――自身の意見を激しく衝突させて争う戦いによって脳を破壊されたのである。
脳というのは人体における精密機械である、恋人が寝取られた時だけではなくクソカスに論争で敗北した時にも容赦なく破壊される繊細さを持っている。
特に小学生などは今いる自分の場所が世界のすべてだと思いこんでしまう節があり、大人の論破バトル以上に敗北に依る脳破壊の危険性は高い。
「このジャイコフ様がわざわざ隣町から遊びに来たっていうのによォ!この学校には雑魚しかいないのか!?」
「くっ……」
論破バトル九十九連勝の覇者ジャイコフ――孤高の王者である。
ただ一人でふらりと隣町の小学校から訪れて、手当たり次第に論破バトルをふっかけ、そして勝利を続けた。
当然、友達はいない。
勝利よりも大切なものがあることに気づくのは大人でも難しい――むしろ、そのことには子供のほうが気づいているのかもしれない。
それでも自分の小学校のめぼしい論客こと論破ファイターを全員ぶちのめした彼は勝利に飢えていた。故に山を降りてきた熊のように隣町に進出したのである。
「お、お前なんか……アキラさんがいれば……」
「アキラ?」
「この小学校で一番強い論破ファイターだ……」
「じゃあ、なんでそのアキラって奴はこのジャイコフ様がお前ら雑魚どもを嬲っている時に来なかったんだ?アァ!?ビビってんだろ!?」
「アキラさんは論破バトルが原因で小学生にして異例の
「思ってた展開と違うな」
「アキラさんの出所は十五年後だ……十五年後に覚えてやがれよ……!」
「十五年後も俺様がこんなことをやっているかどうかは置いといて、そのアキラさんって殺ったのか?」
「殺ってない……まだ生きている!アキラさんは手加減が出来る男なんだ!バカにすするな!生きてはいる!生きてはいるんだからな!!」
「相当悪質な奴なんだな……」
ジャイコフは論破バトルにおいて、何人もの小学生をカウンセリング送りにしてきた強ファイターである。
その孤高の王者ジャイコフが得体の知れぬ寒気を覚えていた。
間違いなく恐怖の感情がある。
だが、それと同時に浮足立つような思いもある。
刑務所に送られるほどの論破ファイターとは、果たしてどれほどの実力者なのか。
「だったら、このジャイコフ様がそのアキラとやらをぶっ倒してこの小学校の最強の座も頂いてやろうじゃねぇか!」
「どうやってだ」
「どうやってって……刑務所に行って戦うんだよ!論破バトルでなァ!」
「刑務所の面会は受刑者との関係性によって制限されているし、なにより刑務所内での論破バトルなんて認められるわけがないだろ」
「法律を守るなんて雑魚の発想だろ?」
「なに!?」
「看守に囚人、その他関係者……全員脳を破壊して、そのアキラの部屋まで続くレッドカーペットを敷いてやるよ!!!」
ジャイコフは笑った、牙をむく獣のように。
その瞳に宿る獣性は議論に求められる理性とは正反対のものであったが、あるいはそれが論破バトルにおける本質を表していたかもしれない。
◆◆◆
某刑務所――単独室に一人の少年がいた。
彼の年齢の平均からは多少低い身長、鮮やかな髪色、奇抜な髪型、不敵な笑み。まるで少年漫画の主人公のような彼に着せられた囚人服は、彼に奇妙に歪な印象を与えている。
壁に背を向けて磨りガラス越しの鈍い陽光を浴びている内に、彼は気づく。
耳を和ませる小鳥や虫の声だけではない、外から聞こえる音に悲鳴が混じっている。
窓を開ける権利も扉を開く権利も彼にはない。
だが、逃げようとは思わなかった。
彼は静かにその場に座り耳をそばだてた。
「脳を破壊される悲鳴だ……」
彼の言葉の響きには子どもがビー玉に抱くようなキラキラとしたものがあった。
恐怖はない、彼は確信していたのだ。外で通り魔的な論破バトルが行われていると。
そして――外で戦っている論破ファイターは、自分に会いに来たのだと。
「へへっ、論破バトルの時間だ!」
彼は立ち上がり、扉に手をかけた。
彼にはこの部屋から出る権利はない――だが、それは彼が部屋から出られないことを意味しない。
最初から鍵など無いように、彼は扉を開いた。
廊下には脳を破壊され倒れ伏した係官達、そして――その先には不敵に笑う一人の少年がいた。
「お前がアキラだな」
ジャイコフの笑みに応じるように
「お前、名前は?」
「ジャイコフ」
「余計な挨拶はいいよな!ジャイコフ!論破バトルしようぜ!」
論破バトル!それはインターネットでのレスバトルを起源とする変則ディベートである!立会人はなし!あらゆるテーマが許される!そして人間によってはデータすら必要としない!相手の脳を破壊した方が勝者となる――極論を言えば声の大きい方が勝利する揚げ足取りのカスの競技である!
「さて、ジャイコフ様がテーマを決めさせてもらおう……今回のテーマは歩きスマホの是非だ!」
「歩きスマホの是非!?いいぜ!で、ジャイコフ……お前は肯定の立場か?否定の立場か?」
「このジャイコフ様は歩きスマホ肯定の立場で行くぜ!」
「オッケー、じゃあオイラは歩きスマホ否定だ!」
歩きスマホ――その名の通り、歩きながらスマートフォンを操作する行為である。周囲に注意が向かないため、数々の事故の要因となっている危険な行為であるが、ジャイコフはその歩きスマホを是とすると言うのだ。
「よし、ジャイコフ……いいか、歩きスマホは視覚が通常の約20分の1と言われるほど狭くなると言われていて非常に危険な行――」
「でも、それってお前の意見だよな」
「実際に起こった事故のケースも――」
「そんな事故った奴が無能だったからだろ!?お前みたいなアホも歩きスマホで事故を起こすんだろうけど俺なら違――」
「死ねェーーーーーッ!!!!」
「グェェーッ!!!」
意見の詠唱を続けようとしたジャイコフの顎をアキラの拳が砕いた。
論破バトルの本場であるインターネットにおいては画面を突き抜けて相手を殴ることは出来ない――しかし、現実に人間が二人で向かい合っていれば、相手を殴ることは難しいことではない。
意外に思われるかもしれないが論破バトル中での暴力行為はルールで禁止されていない――そもそも法律で禁止されているからである。
つまり法律を無視すれば論破バトル中に相手を殴っても良いのだ。
「しゃらくせぇこと言ってんじゃねェーーーーーッ!!!!タコスケ!!!テメェが歩きスマホしてなかったらこの拳は回避できてたんだぜェーーーーーッ!!!!」
「
説得力抜群の一撃であった。
さらに相手の顎を粉砕することで、相手の意見を封殺できて一石二鳥である。
論破バトルに一石を投じる一撃とも言えるだろう。
だが、冷静に考えていただきたい。
議論というのは相手が拳を収めているからこそ成立するものなのである。な?
「オイラにゃ難しいことはわからねぇ!けどよォ!暴力に躊躇のないオイラに舐めた口叩いてんじゃねぇ!!」
アキラはそのままマウントポジションに移行し、ジャイコフの頭部を必要に殴り続ける。頭部という器を打たれ続け、脳という中身は揺れ続ける。
「グベッ!グベッ!グベッ!グベッ!」
「トドメだァァァァァァァァァァァッ!!!!」
膝がジャイコフの頭部を強く打ち付け――それが最後の一撃となった。
ジャイコフの脳へのダメージは寝取られ2億回分に匹敵する――彼の脳は完全に破壊されたのだ。
「ハァ……ハァ……楽しいバトルだったぜ!」
返り血と、血ではない体液で全身をべっとりと染めて、アキラは笑う。
そして、ジャイコフが脳を破壊した係官達を辿るようにしてアキラは出口へと向かった。
本来ならば法に則り、刑期を全うするつもりであった。
だが、これも運命なのかもしれない。
「しゃらくさいことを言う奴を全員ぶちのめしてやるぜ!!!!」
論破ファイターアキラの戦いは始まったばかりだ。
論破ファイターアキラ 春海水亭 @teasugar3g
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