第103話 【完結】披露宴
「いやあ、感心したよクリスタ、本当に聖職者っぽかったよ」
「ウィルお兄さんは失礼ですねっ! 『ぽい』じゃなくて本物の聖職者ですからっ!」
「そういや、そうだったなあ……もうすっかり冒険者っぽくて、クリスタが司祭だってことを忘れてしまうよ」
ぷうっと頬を膨らますクリスタが、なんだかリスみたいで可愛い。昼間と違って少女っぽいプリンセスラインの薄いピンク色したドレスに身を包んだ彼女は、これはこれでとっても魅力的だ。そして、額にはあの……アンデッド司祭が執着していた、禁教の教主が着けていたというサークレットが、銀色に輝いている。
俺とクリスタ、そしてエルザは、ドミニクたちの結婚披露パーティーに招かれていた。本当は浮かれ騒ぐ街の飲み屋で、ダミアンたちと楽しく飲み食いしたかったんだけど、これも浮世の義理ってやつだ。
こんなとこに着てくる服なんか当然持ってきていないから、俺もクリスタも当然借り着だ。ちなみにクリスタのドレスは、ドミニクの妹コルネリアが貸してくれた。控えめな胸も含めて、体形がほとんど一緒だったのだ。まあコルネリアのほうは十三歳だって言うから、これからたっぷり成長するだろうけどな。
クリスタと違って、エルザは自前の衣装だ。戦勝が決まるなり王都に早馬を走らせて、衣装とアクセサリーを特急で取り寄せていたからな。まあ、エルザは最も重要な国賓だ。借り着と言うわけにはいかなかったんだろう。
そのエルザは、今日の主役であるドミニク夫妻以上に、目立ってしまっているようだ。国内で好んでまとっている真紅の派手ファッションは封印して、シックな濃い碧色のドレスでキメているのだけど、存在感が半端じゃない。ドレスデンの高官たち、そして近隣の大領主たちが、争うように彼女の知己を得るべく、群がって来ている。
「やあ、こんなところにいたのか。探したよ」
声を掛けられて振り向くと、今夜の主役たちがそこにいた。
「あんたたちこそ俺たちになんか、かかずらかってていいのか? みんな女大公や国婿と話したくて、うずうずしてるようだぜ?」
「でも、お声を掛けて下さって嬉しいですっ! 本当に、おめでとうございますっ!」
なんだけ照れくさくて、ぶっきらぼうに塩対応する俺だが、クリスタが絶妙のフォローを入れてくれる。こういうところ、本当にありがたい。
「司祭様……本当に、ありがとう。司祭様がいなければ……私はクリストフに想いを告げることができなかった。今日の幸福があるのは、ウィル殿と司祭様のお陰だ」
そんなことを言いながら、一歩引いたところに立つクリストフに優しい視線を向けるドミニクは、本当に幸せあふれる表情をしている。
「俺たちは、エルザの命に従ってここに来ただけさ。礼を言うなら、エルザに。そしてノイエバイエルンと、仲良くしてくれれば十分だ。俺もクリスタも、あんたたちとは戦いたくないからな」
「そうですっ! エルザお姉様は、同盟国を決して裏切りませんよっ!」
そうだな……幼馴染との恋は、裏切っちゃったけどな。そんなことを思っていたら、その当人が不意にこっちに歩み寄ってきた。
「ドミニク! やっと話せるわね。クリストフも、今日はお疲れ様。ああ、今晩は初夜か。もっと、疲れることをするわよね……」
純情な二人が、仲良く頬を真紅に染める。なんかういういしくて、いいじゃないか。
「いえエルザお姉様っ! お二人は今夜を待ちきれなかったみたいで、昨晩むぐっ、むぐむぐっ」
エルザが一気に話を下世話な方向に切り替えると、それに応えるかのように不適切発言をぶちかまそうとするクリスタ。慌てて黙らせたけど、ドミニクはもちろん、クリストフの方がむしろ真っ赤になって照れている。
「そうだったな。司祭様には隠し事はできないのだった」
「お祝いすべきことだから、いいのですっ! 次は是非お世継ぎを、何なら出産のお世話も私がっ、むぐぐっ」
「突っ走りすぎだ、クリスタ」
さすがにたしなめる俺だが、ここんとこ少し、違和感を感じている。この一月ほど、何だかクリスタの性格が直情的って言うかそういう方向に、微妙に変わってきた気がするんだ。俺が軽い気持ちでその疑問を口にすると、クリスタは明るい口調で、かなり重たいことをぶちまけ始めた。
「あらっ、それは当然ですねっ! だって、あんなに一途な禁教の司祭様と、心が一体になっていますから……彼の影響を、少なからず受けているのです。こんな私は、お嫌いですか?」
「いや、むしろ今の方が好ましく感じることもある。クリスタは何かと言いたいことややりたいことを我慢する癖があるからな。だけど、あの司祭の影響がどんどん強くなるのは心配なんだ」
そう、その行き着く先に、何があるのかが気にかかる。クリスタが完全にあいつの支配下になってしまうことはないのか。そんなことになったら俺は……どうすればいいんだ。
「そうですね、その時は私を殺さない程度に痛めつけて、迷宮の奥にでも生き埋めにしてもらうしかないですね。あっ、そんな顔をしちゃダメですっ! きっと大丈夫です、私の精神が強くある限り、負けることなどありません。そして、私がポジティヴな気持ちを感じれば感じるほど、彼は憎しみや恨みを忘れていくのです。ですから……」
「ウィルが、思いっ切り幸せにしてあげればいいってことね」
シリアスになりかけた会話を、エルザが混ぜっ返す。エルザも同じ懸念を抱いていたのだろう、笑いながらもその紅い瞳は、少し揺らいでいる。
「そういうことですねっ! 私を『死霊の王』にしたくなかったら、ずっと一緒にいてくださいね、ウィルお兄さん!」
おどけたような口調だけど、その翡翠の瞳は、ガチで真剣な色をたたえている。うん……ここは、俺も真面目に、答えないといけないな。
「ああ、クリスタ。ずっと、ずっと一緒にいよう、クリスタが……もういいって言うまでは」
その時、大きく見開いた翡翠の瞳に、不意に涙の膜がかかって……クリスタは半泣き顔から無理やり笑みをつくると、その頭を、ぼふっと俺の胸に預ける。う~ん、なんか俺もしかしてたった今、取り返しのつかないことを言っちまったんじゃないか。
「なあクリストフ、この二人は私たちより、アツいんじゃないか?」
「まったくだね、見せつけてくれるよ」
いや、あの……必ずしもそういう意味では、ないんだけど。そう言っても、誰も信じてくれないよな。
「ねえクリスタ。もしかして貴女……ウィルにあの台詞を言わせるためだけに、あんな恐ろしい悪霊を、その身に受け入れたというの?」
「えへっ、ばれちゃいました?」
泣いているのかと思ったクリスタが、エルザの突っ込みに顔を上げ、弾ける笑顔でいたずらっぽく答える。
「あのまま彼を放って置いたらドレスデンが大変、なんとかしなきゃっていう理由は、もちろんあったんですけど……やっぱり一番の動機は、そっちですね! だって、普通に迫ってもお兄さんは『ずっと一緒に生きよう』って、いつまでたっても言ってくれそうにないのですものっ!」
「いや、何もそこまでして……」
「そこまでする価値が、私にとってはあるのですっ!」
そう口にしながら上目遣いに俺を見上げるクリスタ。ああ、結局俺は、この翡翠の瞳から眼が離せないんだ。うん、認めるしかない、俺はたぶん……この元気娘が好きだ。思わず、その細い腰を、ぐっと引き寄せてしまう。そしてクリスタが、眼を閉じる。
「ねえウィル、クリスタ、それ以上は、公衆の面前ではやめようね?」
「うむ。客用の寝室が開いているはずだな、さっそく用意させようか?」
いかん、思わず二人の世界をつくってしまった。気が付けば披露宴に参加している賓客たちの半ばは、会話をするのを忘れたかのように、俺とクリスタに注目している。俺は思わず頬を熱くして……クリスタは、みんなに見せつけるように、俺の胸に顔を埋めた。
◆◆作者より◆◆
エルザへのヘイトに耐えてw ウィルとクリスタのじれったいストーリーにお付き合い頂き、有難うございました。忘れた頃に、続きを書きたくなるかもしれませんが、ひとまずのお別れです。
コメントくださった方々にもお礼申し上げます、やりとり楽しかったです、ありがとうございました。
追記……
カクヨムコンも始まりましたので、新作公開しました。
「定年後は異世界種馬生活」https://kakuyomu.jp/works/16817330667316963697
異世界現地人ファンタジーばかり書いてきた私ですが、初めての転移(というより憑依かな)モノです。
本作とは異なり、ストレス少ない展開を予定しています。当面毎日更新しますのでよろしければお楽しみ下さい。
【完結】王妃の元カレ 街のぶーらんじぇりー@種馬書籍化 @boulangerie
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