第102話 結婚式

 あの「革命」の日から、一ケ月があっという間に経った。


 結局、ドミニク率いる新政権がしっかり安定するまで、同盟国の王妃であるエルザががっちり後見に付くことになり、彼女の個人部隊とでも言うべき特殊部隊の面々は、俺やクリスタも含めドレスデンに留まらざるを得なかったんだ。仕事と言うほどの仕事は、ないんだけどね。


 とはいえ、退屈はしなかった。ドレスデンはものづくりの街、大小さまざまの工房が軒を連ね、日用品から貴族の装飾品まで、なんでも造って見せる職人たちのエネルギーは、俺とクリスタを大いに楽しませてくれたんだ。夜は夜で、ブルストやハムをつまみに楽しむエールで、ドロテーアやダミアンたちも一緒に、毎晩のように盛り上がった。普段は存在感のないギゼラも、飲みの席には必ずちゃっかり現れていたけどな。


 そして今日は、国を挙げての祝日だ。大公ドミニクが、めでたく配偶者を迎え……ようは結婚するのだから。お相手はもちろん、あの真面目で一途な好青年、クリストフだ。


 ドレスデン市民はまだ、かなり混乱している。


 だって二週間前までドミニクは、公式には男大公様だったのだから。それが突然「実は大公は女性である」と発表されたかと思えば、「女大公は配偶者を迎えられる、お相手は国軍司令官クリストフ閣下である」と怒涛の布告が次々出てきたのだ。


 まあ、根っから明るいドレスデン人は戸惑いつつも「まあいいか、ドミニク様もクリストフ様も、いい人だからなあ」で済ませてしまっている。もちろんその「いい人」って評価には、俺が仕掛けた「胃袋掴み作戦」で得た分が、多分に含まれているけどな。


 君主の婚姻に、お祭り的な雰囲気を醸し出している街をのんびり楽しもうと思っていた俺だが、大変不本意ながら今、ルーフェの大教会で肩を縮めながら、荘厳な結婚式に列席する羽目になっている。それも、最高位の賓客であるエルザの隣席で。ド平民の俺が、最前列でこんな堅苦しい儀式に耐えるなんて、ひどい拷問だ。


 祭壇の前に並ぶ、軍服姿の二人。さんざん衣装に悩んだらしいが、結局二人とも儀礼用の軍服……ようは男姿同士で結婚式に臨んだわけなのさ。もっとも、ドレスにしたいって言われたって、君主にふさわしい格式の特注ウェディングドレスをこんな短期間で仕立てられる職人など、この街にはいなかったわけだけど。


 このファッション選択は、なかなか正解だったようだ。長身の二人が真っ白でタイトな軍服に身を包みつつ、さりげなく身を寄せ合う姿は、実に絵になるんだ。ドミニクのキリッと引き締まった表情はいつも通りだけど、さりげなく化粧をして、唇に紅など刷いていて……男姿なのが逆に、なまめかしく感じる。エルザが「このカップリングは、たまらないわね。ドミニクが本当に男の子だったら、最高だったのだけど」とか言っているのは、聞かなかったことにしよう。エルザにBLの趣味があったとは、長い付き合いだが知らなかったぜ。


「ドレスデンを統べる女大公、ドミニクに問おう。そなたはここなるクリストフを夫とし、その生命の灯が消えるその日まで、相手をいたわり、愛しみ、励まし、助け合うことを誓うか? この男を国婿として共に手を取り合い、ドレスデンの民に平和と安寧と富をもたらすこと、ルーフェの名の下に誓えるか?」


 婚姻誓約の儀式を朗々としたアルトで進めている、青い司祭衣をまとったやや小柄で華奢な聖職者は……なんとクリスタだ。


 本来その役目を果たすべきドレスデン駐在の司教様はどうやらザグレブと浅からぬ関係があって、前大公によからぬアドバイスをたっぷりしていたらしく、そこを追及される前にさっさと街から逐電してしまったのだ。そんなわけで今この街にいる聖職者の中ではクリスタが最高位……完全に予定外だったが、彼女がこの一大セレモニーを仕切ることになっちゃったというわけだ。俺が不本意ながらこんなとこに座っているのも、クリスタが式をやっているからだ。


「是なり。ルーフェの御名にかけて、お誓い申し上げよう」

「私も、神に誓い申し上げる」


「ここに、新たな貴きつがいが誕生したことを宣言しよう。若き二人に、幸せ在らんことを」


 女に戻ったはずのドミニクが相変わらずの男前な口調で誓いを述べれば、クリストフは控えめに、だがきっぱりと決意を示す。それを聞いたクリスタが二人の手を取り、静かに重ね合わせ、契約が成ったことを宣言した。彼女のアルトが、今日ばかりはやけに重々しく、威厳すら感じさせるように響くのは、気のせいじゃないだろう。


 婚姻の誓いを済ませた二人は、礼拝堂を出て、外で待ち構えていたドレスデン市民にその晴れ姿を誇らしげにさらす。エルザが「たまらないカップリング」と評した凛々しい二人の立ち姿は、民衆を熱狂させた……腐の付く女子には、特に。


 けたたましい鳴り物が響き、民から次々花が投げられ、歓呼の声がこだまする。ドミニクがクリストフの首に腕を回せば、花婿はこの高貴な花嫁の腰を抱き寄せる。そしてゆっくりと、二人の唇が重なった。

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