14話 神の一振りと観音菩薩
赤乃の肉体は山に捨て置かれ腐り風化し、霊体のみになった。霊体になっても毎日毎日山に登っては木を切り出し乾かし仏を彫り続けた。その年月およそ400年。
いつしか村にも文明の波が押し寄せ人は一人、また一人と居なくなっていった。そして村には一人もいなくなった。
空き家になったところにある薪を拝借する。ただ祈りながら仏を彫る。彫り続ける。
ざくっ ざくっ。
ざくっ ざくっ。
「僕は何のために生きたのだろう」
「芸術とはなんだろう」
「わたしとは何だろう?」
「いじめっ子は本当に殺すしかなかったのか。ほかにも方法はなかったのか?」
「ぼくはやっぱり地獄に行くしかないだろうな。そうして罰を受ける。それはもう分かっている。そうしたら残された時間で何を為したいのか」
風造様で木を削りながらそんなことを考え続ける。もう風造様は何も答えてくれなくなった。さらにもう100年が経った。
ある日のことである。いつものようにお寺の片隅で木を削っていると、木がコンニャクを削るかのように、すうっ、と刀が入った。そうして刀が光ったと思うと、赤乃から体力を奪っていく。
仏様の姿が目に浮かぶ。目に浮かぶとおりに木を彫っていく。そしてできあがる。
これが赤乃だけの一刀・・・・・・。
そうだったんだ。
赤乃の体が少しずつ透明になっていく。
目の前に風造様、土熊先生、火炎鳥の坊主、庄屋のみんなが立っていた。そしてタヌキ。
タヌキが答える。
「きみの霊体としての活動ももう終わろうとしている。成仏しかかっている。それはもう分かっているんじゃない?」
「自分だけの一刀を見つけた・・・・・・」
「分かっているじゃないか」
「この乾燥した木を預ける。この木は神木を切り出し、数百年乾燥させた。一品中の一品だ。最後にきみだけの最高の芸術をつくり出せ」
土熊先生もうなずく。
「人生、いろいろあったなあ。人を殺めたのはよくないが・・・・・・。地獄に行くにしても芸術をこの世に残してから去りなさい。そうしないとやっぱり報われないよ」
風造様は、地面に寝ころんで木の実を食んでいる。
「最後くらい力を貸してやってもいいかな」
庄屋のみんなも、えへへ、と笑っている。
「ありがとう、みんな。頑張ります」
材木を受けとると、一礼した。思わず涙がこぼれ落ちてきた。そのまま崩れ落ちて、ふえ~ん、と地面に伏せて泣き続けた。こんな人生になってしまった自分にふがいなくて、悔しくて、苦しくて、情けない気持ちでいっぱいだった。
それから何年かかけて、泣きながら観音菩薩像を彫った。彫り上がって気づいた。
お母ちゃんの顔にそっくりだった。赤乃は、ほうっ、と声に出す。
「なんだ、何百年とお母ちゃんの影を追っていたんだ」
赤乃はお母ちゃんにずっと認められたくて生きてきたんだと思った。
観音菩薩像を手にとってお寺にあるもとからあった仏さまの隣に置く。そうしてつぶやく。
「なんだかんだいって、この世は楽しかったなあ」
赤乃の身体がどんどん薄くなっていく。
「すべては夢のようだったなあ」
いつのまにかタヌキが目の前に立って赤乃の顔を眺めている。
「おタヌキさま、あとはお任せします」
タヌキは険しい顔をしてうなずく。赤乃は最後のことばを振り絞って、
「ありがとう」
とつぶやいた。ちゃぷんと音がしたかと思うと、赤乃はこの世から消えた。
タヌキはあいかわらず険しい顔をしながら、赤乃の残していった観音菩薩像を拝む。と巻物を取り出し、『アホウと呼ばれた子と無銘の観音菩薩像』とさらさらと書いた。そして巻物を脇に抱え空を駆けあがって消えていった。
これは、いつかの時代のアホウの子と呼ばれた少年と無銘の観音菩薩像の物語である。
了
アホウと呼ばれた子と無銘の観音菩薩像 澄ノ字 蒼 @kotatumikan9853
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