チョコレートをとられた

杏野楽

絵麻とチョコレート

 チョコレートをとられた。

 

 絵麻が学校から帰ってきてから、もらおうと思ってたのに。


 新学年が始まる3日くらい前に親戚のおじちゃんが、みんなでどうぞって言ってまたくれたの。「じょうとう」なんだって。

 お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、みんな喜んでた。大きな入れ物いっぱいに詰まってたのに、もうなくなっちゃった。


 きっと、今頃お父さんのお腹の中だよ!お父さん、食いしん坊だし、前にも絵麻のおやつ勝手に食べたことあったもん!ちょっと叱らないとね。


 そう思って絵麻はお母さんに、「ねえ。お父さんってどこ?」って聞こうとしたんだけど、何かに夢中みたいだったから邪魔しないであげた。絵麻はもうお姉さんなんだよ。お姉さんならお父さんくらい自分で見つけないと。


 お父さんの部屋、お風呂、トイレ、ソファーの下、家じゅうをぜーんぶ探したけどお父さんはいなかった。どこかに出かけたのかな?


 仕方がないからお外に出て探すことにしたの。最近買ってもらった、お気に入りのピンクの靴を頑張って一人で履いたよ。

 それから玄関の黒いドアを開けて、外を見るとお兄ちゃんが帰ってくるのが見えたから、走って迎えに行ったんだ。


 お兄ちゃんは黒い服に、プリンみたいな色の髪をして、絵麻を見つけるとお耳についたキラキラを夏のお日さまで光らせながら、ふらふらゆっくり近づいてきた。


「どうした?」


「お父さん探してるの。どこ?」


「見てはないけど、富井さんの店じゃないか?この時間はいつもそうだ。」


「分かった。ありがと!」


 お兄ちゃん、ナイス。これでお父さんは見つかったのと同じだね!嬉しくなって走りだちゃった。さあ、富井さんのお店に行こう!たしか富井さんのお店はここから学校への方向だったはず。

 

 走りながら絵麻、ふと今日の先生の言葉を思い出したんだ。「もう9月も半ば。そろそろ秋が来ます。」なんて言ってたけど、嘘っぱちだよね。だって、夕方なのに暑いのなんのって。絵麻溶けちゃいそうだよ。


 そろそろ走るのにつかれてきた頃に、道路の向かい側にチョコレートをくれた親戚のおじちゃんがいたの。この辺に住んでたんだ。知らなかった。

 声をかけようとしたけど、路地裏に入ってっちゃったからやめた。それに、今はお父さんを見つけなくちゃ。まだチョコレートを持ってるかもしれないしね。


 途中でつかれて歩くことになっちゃったけど、10分くらいで富井さんのお店についた。よし、ここにいるお父さんにガツンと言ってやるんだから!そう思ってお店に入ると中にはジュースと駄菓子はおいてあるけど、店番の富井さんしかいなかった。


「お嬢ちゃん、なにしてるの?」


「えっとね、ここにお父さんがいるはずなんだけど。」


「あー。栗栖さんとこの娘さんか。どうしたの?」


「お父さんがね。私のチョコとっちゃったの。一週間前に貰ったやつ。だから探してるんだ。まだとってあるかもしれないし。」


「そうなんだ。でも栗栖…お父さんはチョコレートみたいなものは持ってなかったなあ。」


「でも!まだポケットとかに入ってるかもしれないじゃない!だから、お父さんがどこに行ったか教えてよ!」


「ああ、ごめんごめん、隠してるつもりはなかった。ほらすぐそこの酒屋だよ。ところでお嬢ちゃん、お父さんがチョコレート持ってなかった時のために、これ買っていかない?」


 そう言って富井さんが差し出したのはスーパーとかでよく見るような板のミルクチョコだった。今日絵麻が読んだおとぎ話のお姫様が描かれた箱に入ってて、かわいいとは思ったけどもちろんそれで満足できるわけがないよね。


「違うよ。絵麻が欲しいのはホワイトチョコレート!それにとっても「じょうとう」なんだよ。」


「ホワイトチョコレートは甘くて美味しいもんなあ。すまんな引き留めて。行ってこい、お嬢ちゃん。」


「うん、ありがとう!」


 酒屋はこっちだったよね、お父さん今度はいると良いんだけど。ていうかいないと困るなあ、もう絵麻ふらふらだよ。いつもは通らない道を重い足を無理やりに動かして歩いていると、突然曲がり角を曲がってきたお兄さんとぶつかった。


「ごめんなさい!」


 って絵麻は謝って、相手も


「大丈夫かい?」


 と聞いてくれたけど驚いちゃった。だってその男の人は悪魔みたいな顔してたんだよ。鋭くとがった耳に、狐みたいな吊り目、角まで生えていて、顔の色なんてとても人間とは思えないほど真っ青だった。

 そんなんだったからせっかく謝ってくれたのに、なにも返事をせずに叫びながら逃げたんだけど、後から気づいた。歩いてくる人みんなそんな格好してるの。何かのお祭りでもあるのかな?絵麻は怖くてとても行けそうにないな。


 そうこう考えている間に酒屋についた。ドアに近づいて開けて、奥のコーナーまで行くと…やっと見つけた!お父さんは灰色のシャツに紺色のズボンで、お酒を選んでいるみたいだった。


「お父さん!」


「おお、絵麻か。どうしたんだこんなところで」


「お父さんを探してたの。絵麻が学校から帰ってからもらおうとしてたチョコレートもってる?もう食べちゃった?」


お父さんは気まずそうに笑いながら答えた。


「いや、持ってるぞ。正直お父さんがもらうつもりだったけど、見つかったなら仕方ない。店から出たら絵麻に返すよ。」


「本当に!?やったあ!」


 絵麻のチョコレートをとろうとしていたのは怒りたくなったけれど、そのチョコレートが戻ってきたからどうでもよくなっちゃった。早くチョコレートを絵麻にちょうだい!会計をするお父さんの腕につかまってそのまま店を出た。


 「はい、じゃあこれどうぞ。とろうとしてごめんな、絵麻。」


 絵麻はお父さんのポケットの中にあった、袋に入ったチョコレートを受け取って口に入れたの。思ったより多くてちょっと残しちゃった。ゆっくり飲み込むと…そうそう、これこれ!ふわふわお空にのぼっていく感じがして絵麻は今最高のきぶんだよ。やっぱりこれじゃなきゃチョコレートとは言わないよね。

 今日読んだおとぎ話のお姫様もこれを食べてたのかな?そうじゃないなら絵麻は今そのお姫様より幸せじゃないかな?そう思いながらふと遠くを見ると、いつもの山が王様の住んでいるような大きなお城に見えた。ほら、カボチャの馬車も来たよ、絵麻たちを迎えに来てくれたんだ。絵麻ここまでお父さん探し頑張ったもんね。街並みがピンク色に染まって、雲は綿菓子に、家もお菓子の家になった。この町すべてがキラキラ輝いてる。絵麻がこの町のお姫様になるんだよね!きっと!


 お家に帰ると、玄関の前にピエロさんが5人くらいいてお母さんと話をしてるみたい。今夜はサーカスでも来てるのかな?ライオンとか、ジャグリング、空中ブランコが見れるかもね!お父さんは絵麻の後ろから帰ってきてたんだけど玄関の様子を見てすぐにどこかに行っちゃった。ピエロが怖いんだ。絵麻のお友達にもそうやって言ってる子がいたもん、絵麻は全く大丈夫なんだけど。


「命令です。捜索のため早く家に入れなさい…」


 ピエロさんの話してる声が聞こえた。なにか難しいこと言ってて、お母さんにちょっと怒ってるみたい。みんな仲良くしないとだめなのに、こんなことになってるのはどうしてなんだろう。

 そうだ!ピエロさんにさっき残ったチョコレートをあげればいいんだ!きっと幸せな気分になって怒ってることなんて忘れちゃうよ。そう思って絵麻はピエロさんたちに駆け寄ったの。





“Hey, clowns! I’ll give you chocolates.”

(ねえ、ピエロさん達!チョコレートあげるね)






 覚醒剤

 薬用植物のアルカロイドの成分を精製してできる白い粉のような薬物で、強い依存性をもつ。摂取によって、気分が高揚する一方で、めまいや脱力感、呂律が回らないなどの身体的症状に加え、幻覚や幻聴などの精神的症状も引き起こす。世界的に法律によって所持、製造、取引が厳しく規制されていることが多い。隠語としては「シャブ」が有名だが、アメリカでは「チョコレート」が使われる。

            





 






 

 


 

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チョコレートをとられた 杏野楽 @noppy2323

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