第91話 二人の署名

 使いの男を抱きかかえる様に倒れた、子爵の襟を掴んで引き起こす。


 「ベルザ・ムスランと言ったな。王家が出した通達を忘れたのか? それとも従う気が無いのか知らないが良い度胸だ」


 見えない何かに引き起こされて、言葉を掛けられて焦りまくるムスラン子爵。

 護衛の騎士達が剣を抜くも、俺の姿が見えない為に躊躇っている。

 ムスランに往復ビンタをしてからソファーに投げ捨て、隠蔽魔法を解除して身分証を目の前に突きつける。


 「此が何を示すのか判るよな」


 俺に斬りかかろうとした護衛の騎士達は、サランに叩きのめされて床に転がる。

 俺一人じゃ無いんだよ、お前には見えないだろうが俺にも護衛はいるのさ。


 目の前に突きつけられた身分証を見て硬直するムスランに、本物かどうか確認しろと命じる。

 口の中でもにょもにょ呟き、身分証が本物だと知り震えている。


 「王家の通達を知らないとは言わせないぞ」


 「おっ、お許しを・・・お許し下さい、二度とこの様な事は致しません!」


 「無駄だ、俺達以外にもあの場に居た者達が報告するだろう。貴族位を剥奪されたくなければ隠居届を出せ!」


 「・・・お許し下さい! お許し下さるのなら金貨500・・・1,000枚をお渡し致します。何卒なにとぞお見逃しを!」


 「残念だねぇ、その程度の端金を貰って見逃す気は無いんだよ。この屋敷に居る家族を此処に呼び出せ!」


 震える手で机の上の呼び鈴を振り執事を呼び付けた。

 やってきた執事は、室内の惨状と見知らぬ俺を見て棒立ちになり言葉も出ない。

 その執事にも身分証を見せ、ムスランの家族全員を連れて来いと命令する。

 やってきたムスランの家族を前に、ムスランと執事に確認させた身分証の意味を家族に伝えさせる。


 「宰相閣下と同格の身分を示す物です・・・まさか本当に存在するとは・・・」


 「王家の通達を軽く見過ぎだな。ベルザ・ムスランは王家の通達を蔑ろにしている。宰相資格で各地を視察している俺に対し、貴族の身分を笠に横暴な振る舞いをしたもので、王命無視は許し難く当主は間違いなく処罰される事になるだろう。お前達の中で、ここ半年の間に出された通達を覚えている物はいるか?」


 20代~40代と思しき男子三人に夫人と10代の少女、5人の中で最年少の男が口を開いた。


 「魔法使いに対する解放と雇用に関するものが一つ、冒険者に対する規制と行動の自由です。その中には冒険者に対して身分を理由に、横暴は許さずと有ります」


 「魔法使いの通達を言ってみろ」


 「如何なる理由が有ろうとも魔法使いを貴族の支配下に置くことを許さず。魔法使いが必要な者は、1年契約での雇用を認める。領主は魔法使いの権利と安全を守る義務が有る。魔法使いの目印は・・・」


 「良いだろう。名は?」


 「ベルザ・ムスランが六男、クラザ・ムスランで御座います」


 「ではクラザ、王家の命が下るまで子爵の代行を命じる。残りの二人はその間クラザの補佐をしろ。立派に領地を治められるのなら軽い処分で終わるだろう」


 「有り難う御座います。アラド様」


 「使用人や警備兵の末端に至るまで通達の徹底を図れ。ベルザは幽閉しておけ、明日の昼にもう一度此処へ来るので待っていろ」


 それだけ言い置き、屋敷の上空にジャンプする。


 〈えっ・・・〉

 〈まさか・・・転移魔法〉


 「父上、何処へ行かれるおつもりですか」

 「煩い! このままでは儂は殺される。幽閉なんぞされてたまるか!」

 「逃げ出すおつもりですか。アラド様の言葉を聞いていなかったのですか!」


 「黙れ! お前が儂の代行だと、ふざけるな!」

 「父上、逃げ出せば父上はおろか一族皆殺しですぞ」

 「それがどうした! 此処に居ても儂は殺されるのなら逃げる! お前達も直ぐに用意しろ!」


 「父上、御免!!!」

 〈グッ・・・お・・ま・ぇ〉


 「兄上! 何故」


 「父上が逃げ出せばムスラン家は取り潰される。誰が当主になろうとも潰す訳にはいかない」

 「クラザ・・・父上は己の行いを恥じて自害為された。明日アラド様が見えられたらそう報告してくれ。母上も宜しいですね」


 * * * * * * *


 ホテルに入ると食堂でザンド達一行が、エールを飲みながら待っていた。


 「サランちゃんこっちよ」

 「早かったな、片付いたか?」


 「明日もう一度行って終わらせるよ」


 「なら後は待望の、オークキングのお肉を楽しみますかぁ~」


 支配人を呼び、オークキングの肉を渡してステーキにして貰う。

 俺達が満足するまで食べたら、残りはホテルに提供すると伝えると深々と一礼し、捧げ持つ様に厨房に肉を運んで行った。


 楽しい一夜が明けると、ムスラン子爵の六男クラザに子爵代行を命じているので、街の変化を観察していてくれとザンド達に頼む。

 ザンド達がこの街に居る間は、夜明けの風と行動を共にする事にしたが一度子爵邸に事後処理の為に出向いた。


 * * * * * * *


 ムスラン子爵の執務室内にジャンプすると、三人の兄弟が硬い顔に驚きの表情で待っていた。


 「待たせたかな」


 「いえ、アラド様にご報告が有ります。父ベルザ・ムスラン子爵は昨夜、国王陛下を蔑ろにする行いを恥じて自害致しました」


 「・・・そうか、お悔やみ申し上げる」


 悪あがきをして家名を傷付け、国外追放や一族皆殺しよりは一人の犠牲で全てを終わらせる。

 三人の誰が手を下したのか知らないが、貴族なら当然の行動か。


 執務机を借り、国政に介入したことを詫びると共に、ベルザ・ムスラン子爵の死亡報告と六男クラザ・ムスランを子爵代理とした事を記す。

 クラザなら王国の通達は遵守されるだろうが、ザンド達の報告を待ってムスラン家の処遇を決める様にと頼む。

 追伸として、不可侵条約署名の準備が出来たらムスラン家に連絡するようにと書いておく。


 封をした書状をクラザに渡し、早馬にて王城のホーヘン宰相まで届ける様に命じる。


 「王家の通達を遵守し、領民の安寧を願った治世を行えば子爵家は安泰だろう。全てはお前の手腕に掛かっている、未熟な所は後ろの二人が補佐して呉れるだろう。後、王家から俺宛の伝言が届くので、伝言が届いたら屋敷の屋根の上にシーツを掲げておいてくれ」


 それだけを告げて、執務室からジャンプしてザンド達の待つ草原に向かった。


 * * * * * * *


 アラドの姿が消えた場所に向かって深々と頭を下げると、預かった書状を王都に送るべく執事を呼ぶ。


 アラドが宰相宛てに送った書状は、20日余りでクラザ・ムスラン子爵名義で返書が届いた。

 返書の内容は、クラザ・ムスランをベルザ・ムスラン子爵の後継と認めて、子爵を名乗ることを許す事と、子爵継承の授爵式日程は改めて知らせるとあった。


 * * * * * * *


 アラドは夜明けの風一行と行動を共にしたが、時々ミルバの街上空にジャンプしてムスラン邸にシーツの旗が翻るのを待った。

 一月を過ぎ、ザンドから次の街ハロンに移動すると言われてお別れをする。


 ミルバの街外れの草原に拠点を置き、野営用の小屋に寝泊まりする身としては、ハロンはほんのひとっ飛びなのだが彼等の視点で観察して欲しいので別れた。


 後は森の奥へジャンプして、薬草や美味しいと言われるお肉を求めて彷徨う日々を送っていた。

 もっとも彷徨う日々と言っても、拠点はミルバに置いたままなので日帰り通勤の様なものである。


 クラザに書状を預けてから50日程で、ムスラン邸の屋根にシーツがたなびいているのが見えた。


 ムスラン邸の正門前に着地、身分証を提示してムスラン子爵との面会を求める。

 直ぐに屋敷に案内され、執事に迎えられてムスラン子爵の執務室に入る。


 「お待ちしておりましたアラド様。王都からの書状で御座います」


 クラザが恭しく書状を差し出す。

 受け取って開くとたった一行、〔全て合意に達した〕とのみ書かれていた。


 礼を言って辞去しようとして呼び止められた。


 「アラド様のお陰で、子爵家を存続させる事が出来ました。改めてお礼申し上げます」


 「様は要らないよ。俺はただの冒険者だから。これからも子爵家を存続させたければ、王家だけではなくの領民が君達の治世を見ている事を忘れるなよ」


 一家総出の見送りを受けそうな気配を察知し、執務室から転移魔法で失礼させて貰う。


 * * * * * * *


 王城の正面から入るのは憚られるし、国王陛下の執務室に跳び込むのも問題だ、迷った末に王城内に在る教会に跳び込むことにした。

 教会の神父に頼みカリンガル侯爵様に帰ったことを伝えてもらう。


 * * * * * * *


 迎えに来た従者に案内されて入った部屋は謁見室のようで、左右の壁には正装の貴族がずらりと並んでいる。

 部屋の中央に置かれた机を挟みゴドラン・ホーヘン宰相とフォルタ・カリンガル侯爵様が向かい合い正面にメリザン・パンタナル国王。


 「只今よりパンタナル王国とホーランド王国、両国の不可侵条約の署名式を行います。当署名立会人は冒険者アラド殿であります」


 最後の一言で左右に並ぶ貴族達が騒めき出した。


 「尚、アラド殿と控えるサラン殿はホーランド王国王家より絶大な信頼を受け、当パンタナル王家もアラド,サラン両人に対し宰相待遇を与えて全面的な支援をするもので在ります」


 従者の声に、左右に居並ぶ貴族からは驚愕の悲鳴や罵声が飛び、大混乱が起きたがパンタナル国王の一喝で混乱は静まった。

 ホーヘン宰相とカリンガル侯爵様が2枚の書面に署名し、俺の前に書面とペンが置かれる。

 署名欄が二段になっていて、俺とサランの署名を要求された。

 キョドりながら署名するサランを、カリンガル侯爵様が微笑みながらみている。


 それぞれの書面を手に、がっちりと握手を交わすホーヘン宰相とカリンガル侯爵様。


 やれやれ、やっと片付いた。 当分依頼は受けないからな!


 ** ** 完 ** **

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神様のエラー・隠蔽魔法使いは気まぐれ! 暇野無学 @mnmssg1951

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