プロローグ 追放の落ちこぼれ ~出会いと始まり~

「うわあああぁ!」


 遺跡内の魔物と戦闘中、アーデの魔術攻撃で石の床が崩れ、ルトラはそのまま下の階へ落下してしまった。それほど高さもなかったため大きなケガはなかったが、一緒に何匹か魔物も落下してきたようだ。


「ルトラ! 逃げろ!」


 一瞬何が起きたか分からなかったルトラだが、ショーンの言葉で我に返る。目の前では、狼によく似た六つの眼を持つ魔物が今にも起き上がろうとしている。ルトラは慌てて立ち上がると、魔物に背を向けて走り出す。


「ちょっと待って! それならいま浮遊魔術で――」


 走り出した直後にアーデの声が聞こえたがもう遅い。ルトラの後ろをすでに魔物が追いかけてきており、それを足止めするだけの攻撃方法すらルトラは発動できないからだ。


――どうしよう……! どうしよう……!


 走りながら、少しでも魔物のスピードを落とそうといつものように魔術の弾幕を放つ。


――光の弾ライトバレット


 米粒ほどの無数の光線が魔物に降りかかる。しかし、魔物たちの足は止まることがなく、むしろさらに怒ったのか、大声で吠えてルトラを追いかける。感情を逆撫でしているだけかもしれないが、ルトラはそれでも魔法を打ち続ける。


 すると、一匹の魔物が突然転び、その場でもだえ苦しみだした。どうやらルトラの弾が目に直撃したようだ。


――やった!と思ったのも束の間、よそ見をしていたルトラの頭に突然、激痛が走る。ルトラは態勢を崩し、その場で転んでしまう。何かにぶつかってしまったようだ。


「いって!」


 ルトラがぶつかった“何か”が、悲痛の声を上げる。顔を上げると、鎧を身にまとった青年がルトラと同じように転んでいた。


「――どこ見て走ってんだバカ!」


 青年の言葉に、ルトラはいつもの癖で咄嗟に謝罪しようとしたが、その隙も与えず後ろから魔物が飛び掛かってくる。


「おら!」


 魔物に襲われそうになっているにも関わらず動けないルトラを、青年が庇った。彼は持っていた剣で魔物を振り払うと、その腹部からは鮮血がほとばしる。


「立て! 逃げるぞ!」


 どうやら青年も別の魔物に追われていたらしく、青年が来た通路からも魔物が迫っているのが見えた。ルトラは返事もできないまま立ち上がると、どこに続くかも分からない遺跡の通路を青年と走り出す。


「あんた、ギルドの人間か!? パーティはどうした!」


 走りながら青年がルトラに尋ねた。持久力が限界に近付いているルトラは、何とか回答を絞り出す。


「と、途中で、はぐれました……」

「あぁ? なんだよタイミング悪いな!」

「あ、あなたは? 騎士団の方ですよね? 他の団員の方たちは?」


 ルトラは青年に尋ねた。青年が身につけている鎧は、騎士団が標準装備しているものに間違いない。王都からそれほど遠くないこの遺跡を探索しているということは、王都防衛部隊の人だろうか。背中に大きな荷物も担いでいるため、鎧も考慮すると走るには非常に不利な状態に見える。


「こっちも、はぐれたようなもんだ……!」


 青年はバツが悪そうに答える。


「えぇ! タイミング悪い……」

「こっちのセリフだ! あぁくそっ……!」


 二人が走ってきた通路は、ついに行き止まりに辿り着いてしまった。目の前には、これまで通ってきた通路と同じ、苔の生えた石壁が残酷に立ちふさがる。


「おい、魔弾で壊せないか?」

「……す、すみません」

「くそが……!」


 パーティ追放宣告を受けたルトラの脆くなった心に、青年の言葉が追い討ちをかける。しかし事態はそれどころではない。二人を追ってきた魔物が、すぐそこまで迫ってきている。


「仕方ねぇ……。 一か八かだ」


 青年はそういうと、背負っていた荷物を下ろした。それが何なのかすぐには分からなかったが、青年が筒状のそれを腕にはめた時に何かに似ていると感じた。


――大砲……?


 筒状のそれは中が貫通しているわけではないらしく、青年がはめた穴の反対側にも穴が空いており、それは騎士団が所有している大砲の口の部分と形がよく似ていた。“大砲らしきもの”は少年の腕よりも二回り程度大きいだけで、とても砲弾を装填するようなスペースがあるようには見えない。しかし、青年の腕にはめられたそれは、穴を敵に向けて何かを放つものなのだと青年の所作を見てルトラは推察した。


「下がってろ! 巻き込まれるかもしれない」

「そ、それは……?」


 青年の背後に隠れながら、ルトラは“大砲らしきもの”について聞いた。魔物はすぐそこまで迫っている。


「さぁな、とりあえずこの遺跡の掘り出し物だ」

「えっ、まさか……」


 魔物が一斉に二人に向かって飛び掛かる。青年が魔物の勢いにおされ後ずさりしたため、ルトラは青年と石壁の間に挟まれる形になった。青年は、覚悟を決めたように腕にはめたものを魔物に向ける。


――まさか……“神器”?


 ルトラがそう思った瞬間、“大砲らしきもの”の先端から、轟音とともに直視できないほどの光が溢れ出す。それと同時に、光を放った反動であろう衝撃が、青年を介してルトラの全身に襲い掛かる。


 ルトラの記憶は、そこで途絶えていた。






 気が付くと、ルトラの目の前には青空が広がっていた。仰向けになって気を失っていたようだ。一羽の鳥が、視界をゆっくりと横切っていく。


 全身に痛みがあった。おそらく、あばら骨にひびが入っているのだろう。先日魔物と戦闘した際、ユリアンナに治療してもらうまで同じような痛みに襲われていたことを、ルトラは思い出していた。


 仰向けになったまま首を回すと、遺跡で出会った青年が隣に座っていた。鎧に炭のような黒い跡が付いており、とても疲れ切っている様子だ。ようやく意識が戻ってくると、周囲が焦げ臭いことに気づく。


 何とか体を起こすと、ルトラは自身の目の前に広がる光景に絶句した。


 どうやら、砲撃の反動で遠くへ飛ばされてしまったのだろう。先ほどまで二人いた遺跡から、ルトラたちは数百メートル程度離れているようだった。


 いや、“遺跡だった場所”と表現するのが適切かもしれない。なぜなら、遺跡があったはずのその場所には、崩れ落ちた石の山しかない状態だったのだ。さらに、その付近の地面は大きく抉れており、それは崩れた石の山の向こう側まで続いているようだった。森に囲まれた遺跡だったはずだが、木々が焼き払われており、あの一撃を回避できた木にも炎が燃え移っている。このままだと森は全焼してしまうだろう。


 すべては、青年が使用した、あの“大砲らしきもの”が原因だ。魔物を倒すどころか、彼の放った光は遺跡、さらにはその先の森すらも焼き払ってしまったのだ。


「そんな……」


 ルトラがそう呟くと、青年は右腕から外した遺跡の掘り出し物を眺め、大きくため息をついた。


「これが……“神器”の力、か……」


 生温い風が南から吹き抜け、森の木々を揺らした。

 先ほどルトラの視界を横切った鳥が、上空で弧を描きながら鳴いている。

 その声は、二人の物語が始まる合図だったのかもしれない。

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プロメテウスの騎士 ~ Sランクなのに落ちこぼれの僕はエリートパーティを追放され、騎士団を追放されたもう一人の落ちこぼれと旅をするうちに、いつの間にか世界の命運を託される ~ 久田 仁 @jin_hisada

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