第13話 朱姫
「早く終わりすぎて、まだ昼だな……」
真上にある太陽に目を細めて呟く。
とはいえ、すでにミスリルの量は十分すぎるほどある。
隠し部屋はまだありそうだったから、さらに取りに行ってもいいが……メイがどれだけストックできるかわからないし、今回はいいだろう。
「ギルドに売りに行くか……」
ミスリルを売るために、その足でギルドへ向かうことにした。
昨日は落ちていた欠片ばかりだったけど、今日は根こそぎ持ってきたので、状態の良い塊がいくつもある。
比べものにならない金額で売れるだろう。
ギルドに入り、買い取りのカウンターに並ぶ。
「あ、シクレさん!」
俺を見つけたリリーさんが、ぱっと明るい顔をした。
「地図ですか? 地図ですよね? ありがとうございます!」
「まだなにも言ってねえ……」
俺は地図にしか価値がないの……?
いや、地図の価値を認めてくれるだけありがたいか。元パーティメンバーはまったく認めてくれなかったから、こうして追放されたわけだし。
「地図じゃないです」
「地図じゃないんですか……」
「……地図もあります」
「ほんとですか!」
なんてわかりやすい反応なんだ。
【万能地図】によって地図を書く必要性がなくなったため、作図用の紙は持ち歩いていない。
だから、売るような地図は持っていない。
けど、ないなら作ればいい。
「じゃあ、紙を貰えますか? 地図用の」
「はい……? それはまあ、いいですけど。買い取り金額から天引きで」
「ちゃっかりしてんな……」
リリーさんは買い取り所から直結の倉庫に一度入り、紙を持ってすぐ戻ってきた。
それを受け取り、カウンターに広げる。
売買を行う関係でカウンターはかなり広いので、地図用の紙でも問題なく広げることができた。
俺は羽ペンを取り出し、常備しているインクに付ける。
「少し待っていてください」
「え、結構並んでるんで別に今日じゃなくても……」
「すぐ終わりますから」
【万能地図】は開いているが、他人からは見えない。
リリーさんには、俺がただ白紙の紙を前にしているようにしか見えないだろう。
だが、俺には全ての情報が乗った完全な地図がある。
「【転写】」
これは、スキルが進化する前の【地図作成】の時から使えた能力だ。
地図を、他の紙に正確に写す。それだけといえばそれだけだが……万能地図を写すなら、これ以上ないほど有用な能力だ。
「できました」
「……へ?」
ものの数秒。
高速で駆けまわる羽ペンを呆然と眺めていたリリーさんが、俺の声で我に返る。
目を白黒とさせて、声を震わせた。
「い、今書いたんですか……?」
「はい」
「適当に書いたわけじゃなく……? このスピードで? こんな細かい地図を?」
「そうです。あ、これ十七層の地図です。まだ解明されてなかったですよね?」
「じゅ、じゅうなな……!?」
あのダンジョンは最高でも十六層までしか攻略されていないし、俺が元いたパーティは十五層までだった。
「そんな、デタラメです! まだ誰も行っていないのに、ましてやシクレさん一人で……あ、もしや新しいパーティに?」
「いえ、一人で」
「ありえません!」
「なら、大丈夫ですよ。俺はミスリルを売りに来ただけなので」
ポーチに手を入れて、メイの頭を指先で撫でる。
それだけで察してくれたのか、一つだけミスリルを出してくれた。ただし、大サイズの綺麗なものだ。
「じょ……」
「じょ?」
おい、声出したせいでリリーさんが怪訝な顔をしてるだろ!
リリーさんに気取られる前に、ミスリルをカウンターに置く。
「見ろ、なんだあのサイズは……!」
「嘘だろ、あんなの二十層でもなかなかお目に掛かれないぞ……」
「あいつ、Aランクだっけ!? 違うよな!?」
盗み見ていたギルドの冒険者たちが、俺を見てざわついている。
この街の近くには大小様々なダンジョンが乱立しているが、状態の良いミスリルを安定供給できる者は少ない。
二十層付近でしか採れないうえ、隠し部屋のようにまとまってあるわけではないからだ。それに、魔物に壊されている場合も多い。
「これ、お願いします」
「……驚きすぎて、驚きが追いつけません。シクレさんはもっと私の情緒に気を遣ってくれてもいいと思います」
「不思議な要求だなぁ」
というか、ミスリルを取らなくても地図だけ売ってれば稼げる気がするな……。
でも街にいながらあちこちの地図を作りまくるのは怪しまれそうだし、なにより冒険者感がないので御免だ。俺は金が欲しいのではなく、冒険者として上に行きたいのだから。
「……わかりました。地図もミスリルも買い取らせてもらいます」
しばらく頭を押さえてふらふらしていたリリーさんだが、やっと落ち着いたようだ。
考えるのを諦めたのかもしれない。
「いいんですか?」
「はい。シクレさんには今までの信頼がありますから。配布する前にBランク冒険者に検証してもらいますし」
「それは助かります」
「それに……このミスリルも、買い取り担当としてはみすみす見過ごすわけにはいきません! なんですかこれ!!」
「あ、あはは……」
リリーさんは身を乗り出して詰め寄ってくる。まったく冷静になってないね……。
「おいお前、どうやったんだ!?」
「どんなスキルだ?」
「よかったらうちのパーティに……」
リリーさんが精算をしている間に、周囲の冒険者も質問攻めにしてくる。
思わぬ注目を浴びてしまった。
株が上がるのは素直に嬉しいが、俺としてはもっと正当に実力で評価されたい。この功績は、ただ進化スキルの性能によって得たものだ。もっと使いこなして、強くなりたい。
釈然としない気持ちで受け流していると、ふと、女性の声がギルドの喧騒を突き破った。
「つかぬことを聞くが」
決して大声ではない。
むしろ、静かな部屋で話すような声量だ。しかし、彼女の声はギルド中に響き、誰もが会話をやめた。
かつかつと靴を鳴らして、ギルドの中央を進み、こちらへ近づいてくる。
自然と人が避けて、中央に道ができた。
オーラとでも言おうか。圧倒的な迫力の前にすると、人は
「……
誰かが呟いた。
燃えるような朱色の髪に、小柄な体躯に似合わぬ大剣。
Sランク冒険者、ミューズ。通称、【朱姫】。
「ダンジョンに行きたいのだが、ここで合っているだろうか?」
「……なに言ってるの?」
真面目に問うてくる彼女に、誰かが素で返した。俺かもしれない……。
【地形改変】の地図士〜「地図なんて誰でも書ける」と追放されたけど、自由に地形を操作できるので最強です。隠し部屋もレアアイテムも見つけ放題で、最速ダンジョン攻略! あれ、俺を追放した奴らは迷子ですか?〜 緒二葉 ガガガ文庫ママ友と育てるラブコメ @hojo
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