成長期
成長期-1-
あれからまた数十年は経ち、集落は様変わりした。
住民たちの努力の甲斐あってか、ティクムの栽培が大成功したのだ。
今では特産物として他地域との交易が盛んになったのである。
さらに、他の『街』とも遠かったこの拠点も、ほど近いところに『街』が生まれたことで、その『街』の支援とともに、交易のチャンスが広がったのだ。
そうして移住者も増えていった。
すると、自然と人々は行政を司る機関や自警団を作り、家や道は舗装され、今までの農業だけでなく商人や職人といった様々な立場の人々が集まるようになる。
こうして集落は大きな自治共同体として成長していったのであった。
今では居住地から森を挟んで反対側に鉱山も見つかり、これからこの『街』はますます発展していくことが約束されたものとなっていた。
その発展に伴ってか、はたまた彼女の成長が発展に寄与してなのかはわからない。
如何にせよ、彼女も順調に成長を重ね、今では15歳ほどの姿に見えるほどに成長していた。
そんな中、彼女自身は『街』の象徴としての役割をどんどんと担うようになっていった。
直接的に実務を行うわけではないが、象徴として、政治や行政、貿易に関してなど様々な知識を身につける必要が出てきたのだ。
日々、変わりゆく人々のこと、そして自分の目の前に広がる世界の情勢など、一日のうちほとんどが勉学や自分の仕事で費やされた。
さらに、勉学や成長速度だけでなく、人々と違うことがまた一つ増えた。
『街』だけが扱える不思議な玉璽である。
グアリオーツという緑色の透明な綺麗な鉱石から作られ、そこに『街』の血を一滴たらしたもの。
これを使うことで、契約の正当性や様々な条件などが保証される。
担保としてなのか、その強制力も強い。
人々が不当に契約を破れば、この『街』から永久に追放されることとなってしまい、『街』同士での契約締結に使用されれば、契約を反故にすると『街』の存続・成長のための利益が減るのだ。最悪の場合『街』が滅びるか、というほど衰退してしまうこともあるという。
ある意味物騒なものだったが、その効力は人々には魅力的なようだった。
少しずつ、『街』は自分の立場が純粋な少女のそれとは違うものになっていくのを感じていた。
だからこそ、いつの間にかフィルターを通してでしか触れ合えなくなってしまうかもしれない人々との交流を『街』は続けていきたかった。
少し前まで、生まれ行く命、去り行く命そのすべてに寄り添えるほど近かったというのに。
息抜きも含めて、『街』は人々で賑わう場所へ出る。
『街』は石畳の通りを闊歩しながら街並みを眺めた。
時折、気づいた人たちがこちらに手を振ってくる。
それだけでも、まだ市井の人々と繋がっている気がした。
でも、隣に『鬣犬』はいない。
それは、『鬣犬』の蘇りを見た人々があの一件以来、『鬣犬』を自分たちのコミュニティから遠ざけてきたからだ。
さらに、移住してきた者たちも、元々『鬣犬』に対して嫌悪感を持っている。
その連鎖を前に、大きくなったこのコミュニティでは、『街』も『鬣犬』も以前のように堂々と市街地で一緒に行動することが難しくなってしまったのである。
店に入ろうとすれば拒否され、さらにはじろじろと悪意を持った視線がこちらを見るようになっていた。
最初のうちは今まで通り一緒にいれば『鬣犬』への対応は変わっていくと期待していた。
特に、子を救ったことで立場が少しでも好転することを願ったが、むしろ人々は『鬣犬』を遠ざけ、状況は良くはならなかった。
玉璽を使って、『鬣犬』の立場を向上させようとしたが、力不足の少女が考える条文だからなのか、それとも何か『鬣犬』を取り巻くものがそうさせるのか、効力が発動することはなかった。
逆にその行動も人々の不安を逆なでしたのか、状況は芳しくなることはなかった。
『鬣犬』は『街』の理の外にいるように見えた。
当の『鬣犬』は変わらず、森の泉近くの家で緩やかに年を重ねていった。
今では30代ほどである。
『街』のことを考えて行動は控えているものの、彼にとってはさほど大きい問題のように映っていないのか、平然としていた。
蘇って以降も二人は市街地へ出る以外は共に過ごした。
『街』は泉のほとりの家に帰ってきたし、その帰りを『鬣犬』は待っていた。
大きくなった『鬣犬』の手が頭を撫でるとき、
少しだけ、まだ見た目相応の自分でいるのを許される気がした。
『街』にとって、関係の変わらない唯一の存在が『鬣犬』だった。
そうやって目まぐるしくも穏やかな日々は過ぎていった。
街と鬣犬 水無月はつか @baselard06
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