夜明けと始発


 山の麓までは鎌仲さんが案内してくれた。トンネルを抜けた瞬間に燐火の鳥は消え、代わりに心配そうな顔をした小鳥と梟が出口で待ってくれていた。私は二人にひとしきり事の顛末を語って、お礼を言った。


 夜が明けて帰りの始発が来るまでの間、私たちはこの奇妙な町を観光した。蛙の弦楽合奏が聴ける川、群れを成して鯨の真似をする蛍の家、桜と椿が同時に散ると言う場所、世界中の様々な言語を話す猫が集まる郵便局、3㎤の図書館。鎌仲さんがあまりに嬉しそうに案内してくれるものだから楽しくなってしまって、後ろめたかった。がいなくなっても笑顔が浮かぶのがつらい。


 真にそのことを話すと「大丈夫。きっとあいつも楽しんでくれているよ」と懐から取り出した手帳を見せてくれた。いつか私も、それを形見に笑顔で彼を思い出すことができるようになる日が来るのだろうか。私を慰めようとしてくれる弟の方が、ずっと大人になってしまったような気がする。


 ――この電車は直通「此岸」行きです。間もなく発車します。


 アナウンスが聞こえた。駅のホームからは鎌仲さんと占い師さんが手を振っている。もう少し視線を上げると町長さんの家も見えた。私たちは身を乗り出してめいいっぱいに手を振った。ありがとうと大声で叫ぶ。もう片方の手で胸元に手帳をぎゅっと抱きしめた。やがてホームも町も見えなくなって田園地帯へと入る。そこでようやく私は窓を閉めた。


 暗かった空が白んでいく。黎明あけがたが近いのだ。私たちは景色を見ながら言葉を交わしていた。こうして話をするのも何だか久しぶりな気がする。途中、突然鶏が高らかに鳴いたのでびっくりしてしまった。コケコッコーとも違う、クックドゥードゥルドゥーでもない、不思議な鳴き声だった。すると真が「これは鎌仲さんに聞いたんだけどね」と前置きして、


「とをてくう、とをるもう、とをるもう、だったかな。そんな風に鳴いてるんだよ」


 本当? と私は尋ね返した。しばらくして、高らかな鳴き声がもう一度聞こえる。言われてみればぴったり嵌まるような気もした。「とおてくう、とおてくう、とをるもう?」と聞き返すと、真はおかしく思ったのか「ちょっと違うけど、ね、そうでしょ」と言いながら笑い出す。


 夜明けの青に、鶏の声がよく冴えた。

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とおてくう、とおてくう、とをるもう 藤田桜 @24ta-sakura

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