シメイシャ

あじふらい

シメイシャ①~④

シメイシャ

主人公 ヤマサキ(男) 教員 4月に転勤してきたばかり 名字の読み方には自信がある


〇職員室(朝)


 慌ただしい職員室。

 欠席連絡や1時間目の授業準備等で多くの教師が仕事に追われている

 そんな中、コーヒー片手に学年通信に目を通す教師ヤマサキ。

 女性教師、ヤマサキに話しかける


女 すみません、「ヤマザキ」先生。こちら名簿です。遅くなってごめんなさい・・・

ヤ 構いませんよ。そこに置いておいてください。あと・・・

女 ・・・?

ヤ 僕は「ヤマザキ」じゃなくて「ヤマサキ」ですので。以後お見知りおきを。

女 す、すみません!!


 女性教師、申し訳なさそうに席へ戻る。

 ヤマサキ、「また間違われた」と少しやれやれ顔を見せる。


ヤN 俺の名前は「ヤマサキ」。今年の春からこの学校で日本史教師として働いている。

   そんな俺にはある能力がある、それは・・・


 隣の席の男性教師、ヤマサキに質問する。


男 ヤマサキ先生、この選手の名字って「ナカジマ」でしたっけ?「ナカシマ」でしたっけ?

ヤ えっと・・・ 「ナカジマ」ですね。いい選手ですよね。

男 ありがとうございます! いっつもごっちゃになるんですよね~

ヤ わかりますー


ヤN 人の名字を正しく読む能力だ。


〇 ヤマサキ回想シーン

 

 職員室にいる教師たちがヤマサキを残して止まる。

 ヤマサキだけが動いている。


ヤN この能力を身に着けたのには理由がある。

   まぁさっきも起こったことなのだが俺の名字はとにかく呼び間違えられる。

   「ヤマザキ」じゃなくて「ヤマサキ」だ。濁らない。

    まぁ・・・この名字を恨んだことはないが・・・ 苦い思い出がとにかく多い。

    例えば・・・


 ヤマサキの苦い思い出の数々。

 ・病院の待合室で名字を呼び間違えられ間違えを正せず座ったまま。

 ・婚活パーティーで一目ぼれした人に名字を間違えられる

 ・学生時代、ほとんどの教師に「ヤマザキ」呼びされていた


ヤN 俺は悔しかった。なんでみんな「ヤマザキ」と呼ぶんだ。

   だから決めた。誰よりも名字を正しく読んでやると・・・

   その日から俺は名字の鬼になった。


 ヤマサキの修行の日々

 ・電話帳を集め、名字の研究

 ・テレビで珍しい名字を見かけたらノートに書き連ねる

 ・はんこ屋にある回転するケースでフラッシュ暗算のように読み方の特訓


ヤN 涙ぐましい努力の末、俺は誰よりも優れた能力を手に入れた。

   だからここ数年生徒の名字を間違えたこともない。

   それが俺の数少ない自慢だ。

   ・・・というか生徒名を間違えないことが教師としてのあるべき使命じゃないか・・・?


 職員室、再び動き始める。

 ヤマサキ、先ほど渡された座席表に目を通す。

 座席表にはふりがなが振られてなかった。

 見かけた男性教師、話しかける


男 あれ?もしかしてふりがな無かったです?

ヤ そう・・・みたいですね。

男 このクラスはえっと・・・ あー4組か。ここ珍しい名字の子多いんですよね。

  新しいやつ持ってきますね。どこだったかな・・・

ヤ あ、お構いなく。僕無くても大丈夫だと思うんで。

男 ・・・そうですか。どうなっても知りませんよ??

ヤ 大丈夫ですって。自信あります。


ヤN この俺に正しく読めない名字なんぞない。

   4組の難読名字たちよ。かかって来るがよい。


〇 廊下


 授業で使う教材を片手に暗い廊下を歩くヤマサキ。


ヤN 今日の戦場は2年4組。いつもは別の先生が担当しているのだが、

急病で休んでしまい、代理として私が授業を行うこととなった。

   この先生は・・・ 穴埋めプリントを使うタイプか。まぁ教科書を読めば解けるだろう。

   それよりも・・・


〇 4組


 教壇に立つヤマサキ。


ヤ はい、それでは号令お願いします。


 日直、号令をかける。


ヤN このクラスは全員で40人。そして今日のプリントの穴は18か所。

   当てる順番は・・・ まぁ、廊下側の席からでいっか。

 

 ヤマサキ、廊下側に座る生徒を見ていく。


ヤ では、皆さんいまから5分ほど上げますのでプリントの穴埋めを行ってください。


 ヤマサキ、タイマーを押し5分間を計り始める。

 生徒たちが穴埋めに奮闘する中、ヤマサキは座席表の確認をしている。


ヤN この子の名字は「不死川」・・・ 読み方は「・・・・・」だな。

   漫画にも出てきた名字だし、これはイージーかな。  

   お!この子は珍しい。「五百旗頭」か。これで「・・・・」と読むんだから

   驚きだよな・・・

   ま、俺の能力ならそんなに予習しなくてもいけるだろ。

   でも・・・ このクラスの名字ってそんなに珍しいか・・・?


 ヤマサキ、他の座席表に目を通す。

 そこには「小林」や「吉田」などわりかしメジャーな名字が並ぶ。

 不思議に思い首をかしげるが、それと同時にタイマーが鳴る。

 

ヤN さぁ、試合開始のゴングだ。では今回も完勝。いや、楽勝といきますか!


ヤ それでは、1番に入る人物は誰でしょうか、「シナズガワ」さん!

シ えっと・・・ 徳川吉宗ですか?

ヤ そうです! 1番に入るのは徳川吉宗でございます。

暴れん坊将軍でも有名な方ですね。そんな吉宗公は2番の改革を行いました。

2番に入る言葉は何の改革でしょうか? 「イオキベ」さん!

イ 享保の改革です

ヤ そうその通り!


ヤN おいおい4組さんよ、これ位で難読名字を語ってんじゃないよ。

   次なんて「熊谷」じゃないか。こんなの・・・


ヤ では3番には何が入るでしょうか「クマガイ」さん!

ク ……

ヤ あれ?「クマガイ」さんってお休みかな・・・?

ク ・・・先生。僕「クマタニ」です。

ヤ え・・・!?


ヤN し、しまった!ヤマサキ痛恨のミス・・・!

   いや「クマ」は当たってるんだからギリセーフだ・・・ 

そうだヤマサキ! 完全な間違いじゃないぞ!


ヤ ご、ごめんね・・・ では改めて「クマタニ」さんお願いします。

ク えっと・・・


 ヤマサキ、次々と4組の洗礼に浴びてしまう


ヤ では、「タカダ」さん!

タ ・・・「タカタ」です。

ヤ 5番に入る言葉は何でしょうか「オバラ」さん!

コ 「コハラ」です…!

ヤ 「シマタニ」さんわかるかな?

シ 私「シマヤ」なんです・・・


ヤN ま、まずい!俺としたことが・・・

   そうか珍しい名字って「読み方」が珍しいってことか・・・

   じゃあこの「小林」ってのも・・・?


ヤ では7番に入る人物は誰でしょうか「コハヤシ」さん!

コ はい、松平定信ですけど・・・ 先生、私「コバヤシ」ですよ?

ヤ え! 先生今なんて言ってた?

コ 「コハヤシ」って・・・

ヤ あ・・・ ご、ごめんね先生ちょっと混乱しちゃって・・・ ははは・・・


ヤN 何だよ!これはスタンダードに読むのかよ!

   やばいこのままでは4組のペースに飲み込まれる・・・


金 何だよ先生―! 呼び間違いばっかじゃんかー! 先生なのに大した事ねえなー!!


ヤN ・・・は? 今なんて言った?

   そうだ。ヤマサキ。お前はこんなもんじゃないだろ!

   よしわかった。ここから本気見せてやんよ。

   「名字の鬼」と呼ばれる所以、思い知れ4組共・・・!


ヤ それでは8番に入る単語を…


 ヤマサキ、座席表に目を向け8番で当てる生徒を確認する

 そこには「河野」という名字が。


ヤN 「河野」か… 本当は使いたくなかったが仕方ない…


 ヤマサキ、「河野」の目をじっと見る。

 画面が某漫画に登場するスカウターに変化。

 生徒の情報(名字の読み以外)が羅列している。

ヤN 何々… こいつは中央商店街の精肉店の息子…

   確か店名は…


ヤ 「カワノ」さん!どうでしょうか?

河 はい! 8番は…

ヤN よしっ!


ヤN その後も俺は名字の鬼ぶりを発揮させていた。


ヤマサキ、生徒の名字をどんどん当てていく。


ヤ ここは「ナカシマ」さん!

ヤ 11番は「ヨシダ」さん!

ヤ 「コセキ」さん!12番わかるかな?


 生徒の表情もだんだん明るくなるが、「金城」だけ反抗的な目をしている。


ヤN よし。あと6人か… とにかくアイツの名字だけ読めれば俺は勝てる! というか名字は一体…?


 ヤマサキ、座席表を確認するとヤジを飛ばした生徒は「金城」だった。

 カウンターを使うと、読み方が大量に出てくる。


ヤN 「金城」!?まずい読み方が多すぎる… そうか。だからあいつは自信を持っていたのか… とりあえず次の生徒だ!えっと…「小形」。これはたぶんそのまま読めばいいから「オガタ」だな。


ヤ では13番を「オガ」…


 「小形」、困惑する表情を一瞬見せる

 カウンター、誤読の警告で全面が赤色に染まる。

 「金城」思わずニヤリ。


ヤ まずい!こっちか…!


 ヤマサキ、咳払いでごまかす。


ヤ ごめん!先生むせちゃった!では気を取り直して「コガタ」さん!

コ はーい。


ヤN セ、セーフ… 危ねぇ… 

   どうしたヤマサキ!「金城」にビビりすぎだぞ!次は…「丹生」…!

   これも…読み方が多い… どうする考えろ考えろ…!


 ヤマサキ、思わず固まる

 

金 あれ?どーしたんだよせんせー!

ヤ ごめんね… ちょっと立ちくらみで…


ヤN まずいまずいまずい… ここで間違えようもんなら… 

?  ヤマサキ…

ヤN ……この声は…もしや先生?


 声の主はヤマサキの恩師だった。


恩  いいかヤマサキ。お前は1度パニックを起こすと人一倍正常な判断ができなくなる。そんな時はとにかく冷静になれ。それと、1番シンプルな考え方に切り替えるんだ。

ヤN 先生…! わかりました。「丹生」… 今頭に浮かんだのは… これで行こう。


ヤ では14番はどうでしょうか「ニブ」さん!

ヤN どうだ…?

ニ はい!14番には…

ヤN …当たった!! ありがとう先生! あなたのお陰でピンチを切り抜けられました…!

   残るは2人 「金城」と…


 座席表を確認すると最後に当たるのは「林」。


ヤN なるほど…「林」か。これは大丈夫そうだな。じゃあラスボスの「金城」と戦うとするか…一番オーソドックスなのは「キンジョウ」。いや「カネシロ」もあり得るよな。いや意外性がある「カナシロ」…? …いかん!落ち着け俺! シンプルにシンプルに…


 ヤマサキ、日本史の授業をしながらも「金城」の目を見る。

 「金城」、ヤマサキを嘲笑うかのようにニヤつく。


ヤN 違う!ヤツは「キンジョウ」でも「カネシロ」でも「カナシロ」でもない! …確か他の読み方は「カナキ」「カネジョウ」… どれもしっくりこない…というか生徒が通学可能な地域にはこの読み方はないはず… 


 焦るヤマサキ。「金城」の番が近づいてくる


ヤN ヤバイ!もうヤツの順番来るじゃん!時間は…延ばせないか… 仕方ない。こうなったら一か八かだ。先生の教え通りに一番オーソドックスな「キンジョウ」で挑むしか…

…ん? というかどこかでヤツの顔見たような… ……はっ!


○回想 (朝の職員室)


 一番最初の場面。学年通信を読むヤマサキ。


○4組


 ヤマサキ、「金城」の読みを思い出し、勝ちを確信した表情を見せる。


ヤN …思い出したぞ。ヤツの名字…。


 通常の授業に戻り、日本史の授業を行うヤマサキ。


ヤ さぁ最後の18番のカッコに入る単語は何でしょうか!「カナグスク」さん!


○回想 (朝の職員室)


 ヤマサキが読んでいた学年通信には「野球部のエース、沖縄の星・金城(カナグスク)くん」の見出しが。


○4組

 

一瞬の静寂に包まれる教室。


ヤN …頼む。当たってくれ…!

カ  ……わかりません。……つーか先生。俺の名字よく読めたな。一発で読めた先生初めてだわ。……先生のことなめて悪かったな。


 静寂が一転、拍手に包まれる教室。


ヤN あ、当たった!! よしっ!! 見たかお前ら! これが名字の鬼と呼ばれた男だ!!


ヤ そ、そんな謝らないでよ! さっきたまたま学年通信を読んでてそれで覚えてたのかな~? あ、そんな話してる暇無かったね。では「ハヤシ」さん!代わりに18番答えてくれるかな?


 再び、静寂に包まれる教室。


ヤ あれ?「ハヤシ」さんもわからなかったかな… 18番に入るのは…

ハ ……アノ、センセ……


○ 職員室 (授業終了後)


 職員室で休憩している男性教師。

 そこに、ヤマサキが自信が無くなった顔つきで戻ってくる。


男 あれ?ヤマサキ先生? もしかして洗礼浴びました??

ヤ ……あの。やっぱりふりがな付きの座席表貰っていいですか。

男 ほら~ だから言ったじゃないですか~ で、誰で間違えたんですか?

 

 男性教師、ヤマサキに座席表を渡す。


ヤ ……


○4組


 休み時間、「林」に話しかける女子生徒達。


女 また間違えられてたじゃ~ん

ハ ショ、ショウガナイヨ… ダッテ… ネ…?


○職員室


 無言で座席表を見つめるヤマサキ


ヤN 留学生とは思わないじゃん…

 

 視線の先には「林」が。

 「林」の上には「イム」と書かれていた。

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シメイシャ あじふらい @ajifu

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