画面の向こうの君
ひつゆ
画面の向こうの君
九時四十五分。待ち合わせの十五分前。
僕は東京のとある駅前で、人を待っていた。
今日はインターネット上の友達とリアルで会うこと、いわゆる「オフ会」に参加する予定だ。とはいっても二人なのだが。
「ナイトメア・ファンタジア(通称ナイファ)」というライトノベル作品がある。運命に突き動かされて出会った少年少女が、悪夢の世界で旅をするという、とてもとても面白いファンタジー小説だ。僕はその小説が好きで、小学生の時に偶然見つけた「ナイファ好き集まれ!」というチャットルームの中で、ファンの人たちと語り合っていた。
なんせ身近にファンがいなかったため、好きなものについて語り合いたいという欲があったのだ。今でも初めて入室したときの胸の高鳴りを覚えている。時代遅れなデザインで、画像がぎりぎり送れる程度で、通信速度も遅かったが、すごく現代的なことをしているように思っていた。当時、クラスメイトと家族で構成されていたせまい交友関係が、一気に広がったように感じた。
およそ五年前のチャットルームには、八人のメンバーがいた。全員が集まることはほぼなく浮上率もまちまちだったが、いつ行っても誰かがいるような、ほどほどに活気のある状態だったと思う。
そして三年前にファン待望のアニメ化が発表され、僕たちは大いに盛り上がった。しかしそれを皮切りに、チャットルームを訪れる人はだんだんと少なくなった。検索しても見つけられないために新規ユーザーも来ない。今では、僕ともう一人しかいないような状況だ。
そんなわけで、「ナイファ好き集まれ!」はネイビー(僕のハンドルネームだ)と、かぴばらさんの二人だけのさびれた電脳空間になってしまったのだ。
そして一か月前、僕がオフ会をやろうと提案した。ちょうどアニメ版ナイファの原画展が開かれることになったからだ。
僕ももう高校一年生だし、親の目をあざむけるだろうと思った。あと純粋に、オフ会というものに興味があったのだ。顔も年齢も知らない、文字だけの関係の人と実際に会うのって、どんな感じなんだろう。しかもその人は僕と同じ作品が好きで、何年も語り合った仲なのだ。あの広大なインターネットの世界で偶然出会ったんだから、運命的なものを感じても誰も文句は言うまい。なんかナイファみたいだなぁとか、ちょっと思ってみたりもした。
かぴばらさんは快く賛成してくれた。どうせ誰にも見られないし、ということで、チャットルーム内で日取りと待ち合わせ場所、目印となる服装などを話し合った。それで今僕は、わかりやすいようにオレンジ色の風船を持って駅前に立っている。これはナイファの冒頭のシーンになぞらえていたりもする。あぁぁ、改めて考えるときつくなってきた。僕が言い出したんだけど。
そして迎えた今日。親には東京の本屋に行くと言って家を出てきた。オフ会で事件に巻き込まれた話題というのは後を絶たないし、親に知られたら反対されると思ったからだ。まあ冷静に考えて、見ず知らずの人と会うんだ。危険が伴わないわけがない。
かぴばらさん、どんな人だろう。さっき、見ず知らずの人と会うと言ったが、見たことはなくても知ってはいる。そりゃあ、その人自身のことは何も知らないけど、リアルの友達でも知らないであろう、作品のどんなところが好きで、どのキャラが好きで、それらをどのような言葉で紡ぐかを知っている。
何はともあれ、五年間もチャットで語り合った人だ。悪い人ではないと信じてる。
九時五十分。あと数分で駅に着くはず。意外とぎりぎりになっちゃったな。
電車に揺られながら、これから会うネイビーさんのことを考える。
久しぶりのオフ会だなぁ……。高校生のときとか、大学に入ってからも他界隈の集まりで何回か行ったことあるけど、一対一で会うのは初だし、さすがに緊張するわ。やばいおじさんだったら全力で逃げないと。そういうことも世の中にはあるらしいから。
最初にオフ会に参加した時のあのドキドキ感はすごかった。心臓が張り裂けそうだった。全然イメージと違うっていうのもよくあることで、毎回あえてイメージを作ってから会ってる。そのほうが面白いから。ネイビーさんは……そうだな。五年前に初めてチャットに来てたから、うーん、私と同い年くらいかな。で、チェックシャツに分厚い眼鏡。そんな人、実際には見たことないけど。現実的に考えるとパーカーとジーンズだな。てかこれでネイビーの服着てこなかったら怒るぞ。
ちょっと浮かれている自分に気づく。いつまでたっても慣れないというか、新鮮というか。ワクワクする非日常的なイベントだよな。しかもネイビーさん、風船持って立ってるらしいし……おもしれ~。見るのが楽しみだ。
五年間もチャットで語り合った仲だし、信じたい気持ちはあるけど……所詮インターネットの人間だしね。信用したら負け。
そっか、わたしとネイビーさんって、ネッ友か……友達って感じじゃないけどな。仲間とか同志とか、戦友とか腐れ縁みたいな……それはちょっと違うか。
紺野颯
そろそろ時間だな。時計を確認したそのとき、
「こんにちは~。ネイビーさんですか?」
後ろから声をかけられた。体が一瞬こわばる。
慎重に振り返ると、柔らかく微笑む女性の姿があった。
「は、はい。かぴばらさんですか?」
「そうです~。今日はよろしくお願いしますね~」
初対面だからだろうか、語尾を伸ばしてわざと弛緩した空気を作っているようだ。
というかこの人、たぶんコミュ力が高い人種だぞ……完全に予想外だ。失礼だけど。
まじまじと見るのもばつが悪くてあまり直視していないが、なんかおしゃれそうな服装だ。全くわからないが。あと本当に存在してたんだな……知ってた。わかってたけど。こう、ダイレクトに目の前に存在してると実感がわかないというか。文字だけで会話してた人が、実態を伴って現れるっていう。
今の僕、ちょっと主人公っぽいなっていう、一瞬の自惚れ。
なんとなく目が合わせられず、かぴばらさんの後ろの街路樹をじっと見ていた。
望月美沙
……思ってたより若かった。いや、わたしも若いんだけど。
中三か高一くらいか? じゃあ五年前は小学生だったはず。は〜今時のインターネットキッズは違うな……いや、わたしもそうだったんだけど。
若い人も読んでくれてて嬉しい限りだ。
あと、風船を持ってるネイビーさんの図は期待通り面白かった。ちゃんとネイビーのパーカーも着てたし。
「じゃあとりあえず向かいますか」
原画展の会場に向かう。駅から十分程度だ。
「いや~楽しみですね」
「そ、そうですね。あはは……」
あぁぁ気まずい。多少慣れてるとはいえ、この絶妙な空気感は未だにきつい。ネイビーさんも緊張してるっぽいし。
「ネイビーさんは、オフ会に来るのは初めてですか?」
個人情報に触れないように。気まずい空気にならないように。話題を慎重に探す。
「は、はい。だから少し緊張してて」
「そうなんですね。わたしもサシで会うってなったのはちょっと不安でしたね~。他の人たちとも会いたかったな」
そこからチャットルームの思い出話を少しした。
「アニメの一話が放送されたとき、みんなで同時視聴しましたよね」
「ありましたね~。親に隠れてこっそり起きてたな」
「せっかく集まったのに、結局誰もチャット打たなかったし」
「そのあとの感想会も放心状態でしたね。あ~懐かしいなぁ」
意外と話題は尽きないものだ。五年という年月は、あまりにも長い。思い出話をするのにも十分だ。
「前から言いたかったんですけど、あのチャットルーム、通信速度遅すぎません? 何年前のスペックなんですかね……もう化石状態ですよ」
「あはは、わかります。あれ、管理人の
「そうだったんですか……! Φさんといえば、毎回アニメリアタイしてましたよね。あと一晩中チャットにいたり。一番熱心なファンだったな」
他のメンバーについても話が及んだ。もう懐かしいことばかりだ。
ネイビーさんもだいぶ緊張がほぐれてきたようだ。
「僕の周りでナイファ知ってる人って全くいないんですよね……だから、今日めちゃくちゃ楽しみにしてたんです。あ、でもこのまえ友達に勧めたら読んでくれて、それがすごい嬉しくて」
こ、これは光のオタクだ。若いってまぶしいねぇ。わたしのような厄介こじらせオタクは、新規ファンに対して複雑な感情を抱いているからな。こういう人間がいるせいで、界隈がさびれていくんだよなぁ。改めないと。
「最新刊もよかったですよね! ラストでリエラが意味深に微笑んでるところ、すごくぞっとしました」
「あれね! いやぁどうなっちゃうんだろ……毎回斜め上をいってくるよね~! やっぱ、リエラとソーマはさ~」
だんだん早口になっている自分に気づく。これがオフ会の醍醐味だよな~。久しぶりにこの感覚味わったわ。めっちゃ楽しいじゃん。
紺野颯
なんだこれ……めちゃくちゃ楽しい……!
同じ趣味の人と話すときって、こんなにも会話が弾むものなのか。
共通の話題が多いから、話がとぎれない。しかも、相手が同じ熱量で話しているという安心感がある。リアルの友達と話しているときより、息苦しさを感じることが少ない。
昔から、僕の趣味は微妙に周りより遅れていた。十年くらい前のアニメが一番好きだし、ゼロ年代以降の本は新刊だと思っていた。だから、この感覚は初めて味わうものだった。
会場に着くころには、僕たちはすっかり打ち解けて、十年来の親友のようになっていた……いや、五年前からの友達、だけど。
「すげぇ……」
原画を見たとたん、感嘆の声が漏れ出た。
描いた人の気迫が伝わってくるようだ。まったく、同じ人間の所業とは思えない。
「すごいね……」
ずっと笑みを浮かべていたかぴばらさんも、真剣な顔で原画を見つめていた。
……これを描いてくれた人たちのおかげで、あの素晴らしいアニメが出来上がったんだな。
ナイファを初めて読んだ日のことがよみがえる。小学五年生だった僕は、図書館でナイファの一巻をなんとなく手に取り、そのまま立ち読みの体勢から動けなくなってしまった。図書館なんだから借りろよという話ではあるが、続きが気になってしょうがなかったのだ。結局、閉館時間まで居座り、まとめて五巻まで借りて、歩きながら読んで帰った。
こんなに面白い本を今までに読んだことがなかった。新刊が出た日には開店時間に買いに行って、切ない展開に泣きながら眠って、登場人物の生き方に影響されて、何週も何週も表紙の角が擦り切れるくらい読み返した。そしてチャットルームで仲間たちと出会った。アニメ化が発表されたときには、自分の好きな作品が世界からも愛されているような気がして嬉しかった。アニメ本編も、製作者の愛が伝わってくるような素晴らしい出来だった。
いつしかナイファは、僕の生活の中心に、生き方の指針になっていた。
ナイファが、僕の人生を変えてくれたのだ。
望月美沙
ネイビーさんはじっと原画に見入っている。
やっぱり、若いっていいよねぇ。
これを見ると、否応なしに当時のことが思い出される。
わたしはこのアニメが大好きだった。当然、全人類が絶賛するだろうと思い込んでいた。
他の人がナイファを褒め称えている様子が見たくて、何気なくSNSで検索をかけた。
……そこでわたしは、ネットの悪意に触れてしまったのだ。
ちょっと苦い気持ちになっていたそのとき、
「……二期やってくれとか言われてるけどさあ、正直厳しいよな」
静謐な会場に、ぶしつけな声が響き渡った。
「だよなぁ。うーん、なんだろ、古参ファンが幅利かせてるって感じで入りにくいし……新規もいないし、ただだらだら続いてるだけなイメージ。三年経っても二期待ってるとか、現実見えてなさすぎでしょ。もうオワコンなんだよナイファは。そもそもあんま面白くないし。無駄に重苦しいんだよなー」
「はは、それ言えてるわー」
……は?
あまりのことに、脳が現実を受け入れるまでに数秒要した。
そう。わたしが三年前に見たのはまさにこういうコメントだった。
「面白くない」「重い」「時代遅れ」「二期は絶望的」
……当時のわたしは、インターネットに生息する凶悪な人間たちのことを、本当の意味で理解していなかったのだ。
そのときのわたしは、弱くて、臆病で、子供だったから、何も言い返すことができなかった。
でも今は……。
歯を食いしばり、無礼な言葉を垂れ流す輩に向かって歩き出そうとした。
「やめてください」
ネイビーさんに腕をつかまれた。
「あいつらが何を言っても、僕らには関係ありません。僕たちがナイファを好きな気持ちは、あんな言葉ごときで変わることはありませんから」
彼の表情は、言葉とは裏腹に必死に何かをこらえているようだった。
……ほんと、若いってうらやましいわ。
「わかった。ごめんね」
紺野颯
ああああああ、まじで何なんだよあいつら! は? ナイファが面白くないだと? お前らが理解できてないだけなんじゃねぇの? むかつくむかつくむかつくむかつく! 幼稚な社会のゴミ共が!
かぴばらさんの前では冷静そうにふるまったものの、心中では罵詈雑言を吐いていた。
心拍数が上がっているためか、どくどくと鳴る心臓の音がうるさい。何度か深呼吸を繰り返したが、この怒りは収まりそうになかった。
そのとき、
「ふざけんじゃねぇよ! ここで言うことないだろうが!」
振り返ると、若い茶髪の男性が怒鳴っているのが見えた。
「こんなファンしかいないような場所で言うなよ! 人の気持ちが考えられないのか! ここに来てる奴らはなぁ、三年前のアニメの原画展にオープン日から来るくらい、ナイファが好きなんだよ! 俺はなぁ、新刊が出る日は早朝に本屋に行ったり、アニメの放映日は毎回、深夜三時まで起きてリアタイしたり、一晩中遅い通信速度の中チャットで語り合ったり……それくらい人生を捧げてるんだ! 現実的じゃなくても、俺たちは今でも二期を真剣に望んでるんだよ! 俺らの気持ちを、ナイファを踏みにじるんじゃねぇ!」
その男性がひとしきりまくしたてると、スタッフがやってきて仲介に入った。言われた側の奴らはただ困惑しているようだった。
……僕たちはあまりのことに何も言えずにいて、ぼんやりと前を見ていた。
正直、少し嬉しかった。こんなに熱い気持ちを持ってナイファに向き合っている人がいることが。臆せず立ち向かってくれたことが。
そして同時に、我慢してしまった自分を情けなく思った。結局僕は、冷静ぶって言い訳を重ねて、言い返す勇気もないような子供で、特別になれないモブキャラだったんだ。
望月美沙
しばらく放心状態だったが、気づいたことがあった。
あの茶髪……さっき「通信速度が遅いチャット」のことを話していた。
まさか……!
ネイビーさんの方に目を向けると、思いつめたような表情で斜め下を見ていた。まぁ、あんなことがあった後だし……若いって大変だね。
茶髪はスタッフから解放されたらしく、ぼーっと突っ立っていた。
わたしはネイビーさんの腕をつかみ、茶髪の方へと引っ張った。
「ネイビーさん、行くよ」
絶対そうだ。
あの茶髪は、わたしたちのチャットルームにいたメンバーだ。
……結局、オタクの考えることは同じなんだな。こんな、三年前のアニメの原画展にオープン日に来て。作品を悪く言う輩が許せなくて。今でもナイファが大好きで。
あの人は、チャットからいなくなっても、ナイファを好きでいてくれてるんだな。じゃあいなくなるなよって話だけど。
胸が高鳴る。少しワクワクしてきた。
「あの……かぴばらさん、あの茶髪の人に話しかけに行くつもりなんですか?」
「そう。あの人たぶん、チャットにいた人だと思うので、確かめに行きます」
「……えっ。そんな……根拠はあるんですか?」
「十分な根拠はないけど……でも」
根拠なんていらない、これは運命に突き動かされてるんだ。
浮かんだセリフがあまり恥ずかしくて、言葉を飲み込んでしまった。
あ、でもなんかナイファに出てきそう。ソーマとか言ってそうだわ。反射的にナイファのことを考えてしまう自分に苦笑する。……ほんと、ナイファのことしか頭にないんだな。……たぶんネイビーさんも、あの茶髪も同じだ。
「あの」
茶髪に声をかけると、「はい?」と怪訝そうな顔でこちらを見やった。
えーと……どう言えばいいんだ。いっそ名指ししちゃうか。そう思った刹那、さっき茶髪がまくしたてていた言葉が思い出された。
『新刊が出る日は早朝に本屋に行ったり、アニメの放映日は毎回、深夜三時まで起きてリアタイしたり、一晩中遅い通信速度の中チャットで語り合ったり……それくらい人生を捧げてるんだ!』
わかった。特定しました。息を少し吸って、わたしは人のいい笑みを浮かべた。
「Φさんですよね?」
チャットルームの創始者で、毎回アニメをリアタイしてて、一晩中チャットにいたこともあって……なのにある日突然来なくなって。それでも世界で一番、ナイファを愛してる、わたしたちの管理人に違いない。いや、そうであってほしい。
ここで巡り合えるとは、なんて運命なんだ。頼むから、そう酔いしれても仕方ないくらい、劇的な出会いになってくれ。
彼は目を丸く見開き、かすかな声で呟いた。
「……はい」
紺野颯
あんなことがあった後だが、僕たちはは普通に原画を鑑賞し、限定グッズを買ったりもした。普通に二人ともはしゃいでいて、ランダム制のクリアファイルを皆で開封したときは、僕を含めテンションが上がりまくって別人のようになっていた。
Φさんは、あんな啖呵を切っていたわりに、話してみると案外コミュ障だった。茶髪でピアス開けてるのに。でもナイファのことになると急に饒舌になって、あぁ、Φさんだ、と実感が湧いてきたりもした。
お昼時なので、近くのファミレスに移動して話した。Φさんも慣れてきたようで、すごいスピードで会話が回る。……やっぱり、二人より三人の方が楽しいな。もっとたくさんの人に来てほしかった。
「というか、なんでΦさんチャットに来なくなったんですか。管理人なのに」
「そうですよ! ある日突然いなくなったじゃないですか~」
飽きたとか、冷めたとかならともかく、Φさんは今でも変わらずナイファを好きでいてくれている。チャットルーム内での目立ったトラブルもなかったように思う。何かすごい秘密が隠されているのでは。
「あ、ああ……その、実は、パソコンの機種変更したときにURLを失くしちゃって……もう今は検索しても出てこないから見つけられなかったんだよな……」
「いや、思ったよりくだらない理由ですね」
「ちゃんと引き継いでくださいよ~。じゃあ今URL見せるんで打ち込んでください」
かぴばらさんがΦさんにURLを教えている間、僕はひそかに胸をなでおろしていた。
僕らのチャットルームを嫌いになったんじゃなくてよかった。やっぱり、管理人がいないと始まらない。
原画展での事件についても話した。Φさん曰く、
「いやぁ~なんかカッとしちゃったっていうか……」
行動力があるというか短絡的というか……でも僕は、Φさんのそんなところを尊敬していた。
「僕あのとき言い返せなくて……なんとなく後悔してたんですよね」
「いやネイビーさんもそうだったんですか。……でも、わたしも言えればよかったのになーとか思いましたね」
「いやいや、いいんだよ。子供を守るのが大人の使命だからさ。逃げる方が自分を守ることになったりするからね。あとアンチはほっとくのが一番! 説得力全くないけど……あはは」
僕はそれを見て、大人ってかっこいいな、とちょっと思ったりもした。
望月美沙
わたしたちは最初に集合した駅前に戻ってきていた。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました~。いやぁ、やっぱいいですね~オフ会は」
少し名残惜しい。こんなに楽しいオフ会は初めてだった。立案してくれたネイビーさんのおかげでわたしたちは直接会って語り合うことができた。あんな事件があっても気まずくならなくて、しかももっと盛り上がったのはΦさんのおかげだ。
「僕もお二人のおかげですごく楽しめました。オフ会の計画立ててよかったなって思いました」
「ネイビーさん、ほんとにありがとう! かぴばらさんも、会話回してくれてありがとな! 俺も飛び入り参加になっちゃったけど、なんか、よかったわ。……明日からまたチャットの方行くから!」
……やっぱいい人たちだな。ナイファ好きに悪い人はいない、ってか。今だけは、そんなありきたりな迷信を信じられる。
一人だったら、ネットの匿名の悪意や、原画展の会場にいた野次馬に押しつぶされてしまう。自分の好きな作品を同じように愛してる人が、この世のどこかにいることを知ることができない。そして何より、こんなふうに語り合える喜びを味わえない。
こんな素敵な出会いをもたらしてくれたんだ。やっぱ、インターネットって最高だな!
たとえ名前や顔を知らなくても、わたしたちは、同じ作品が好きな仲間で、文字通りの同志で、そんなきっかけを超えて友達なんだ。
紺野颯
……好きなものについて顔を合わせて語り合うのって、すごく楽しいことなんだな。二人のおかげで、思ってたよりずっと良いオフ会になった。初めて会うネッ友が、かぴばらさんとΦさんで本当に良かったと思う。今日という日は僕の人生の中で、一番楽しく充実していた日かもしれない。
「……またいつか、絶対会いましょうね」
終わってしまう寂しさから、気づけばそんなことを口にしていた。
数年後、僕は大学生になって、かぴばらさんは社会人になって、Φさんは……出世したりするのか? わかんないけど。
僕たちを取り巻く環境も、僕たち自身も変わっていく中で、ナイファと、あのチャットルームと、僕らのナイファを好きな気持ちは、ずっと変わらないでいてほしい。
「それいいね。絶対また会いましょうね~」
「次はもっと、人が集まるといいな!」
きっとこの人たちは、ずっと変わらないでいてくれるだろうという予感があった。
話しながら考えた。周りからはどう見えてるんだろうな、僕たち。親子ではないだろうけど。きょうだいとか、いとことかかな。少なくとも、友達には見えないだろう。
年齢も住所も、性格も全く違うのに。
本名だって知らないのに、リアルでは初対面なのに。
でも同じものが好きで、五年間も語り合ってきて、お互いのことをよく知ってる。
これってたぶん、同志で、仲間で、友達ってことだ。
「じゃあ、そろそろ……今日はありがとうございました!」
「うん。ばいば~いありがと~!」
「じゃあなー! ありがとう!」
ちょっと、いやだいぶ寂しいけど、明日チャットに行けば二人にまた会える。ナイファのことを話せる。
二人の背中を見送りながら決意した。
帰ったら、ナイファをもう一度読み返そう。こんな素敵な人たちが愛している作品なんだ。もう、誰にもつまらないだなんて言わせない。いや、誰かがつまらないと言ったところで、僕のナイファを好きな気持ちが変わることなんてない。
僕たちに生きがいと幸せな出会いをもたらしてくれた、この世で一番素晴らしい物語。
……これからもずっと、ナイファを好きでいよう。
画面の向こうの君 ひつゆ @hitsuyu
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