第31話 一輪の花

「ミミ…ミミ…!!!」

リズは亡骸のそばに座り込み、血だらけになったその背中に手を当てて必死に祈った。ミミの傷が癒えるように。


「…ミミ…?」

リラはぼんやりとした頭を振った。

リズが泣いている。

たくさんの矢が刺さったボロボロのミミが、地面にうつぶせに倒れている。


「あ…ああ…。」

リラは何が起こっているかを理解し、その場にペタンと座り込んだ。


「ミミ…大丈夫、わたしが治すから…絶対治すから……!!」

リズは祈った。すべてのチカラを使ってミミを助けようとした。


リズの身体が、ぼんやりと輝き始めた。

リズのチカラに、リズの身体が耐えきれなくなってきている。

このままではリズは異形となるだろう。


しかし、リラは止められなかった。

放心していた。

もう何もかもどうでもよいと思っていた。


「…っ!!バカかあんた、やめろ!!」

どこからともなくベルが現れ、泣きながら祈り続けるリズの頭を叩いた。

途端、リズは失神し、倒れた。


ベルは失神したリズを背中に背負った後、放心して座り込んでいるリラに声をかけた。

「おい、あんたも。行くぞ、ここから離れるんだ。」

返事のないリラに構わず、ベルはリズとリラ、そしてミミの亡骸を馬車の自室までテレポートさせた。



ベルはミミの亡骸を自分のベッドに横たえた。

矢を全て取り除いて、穴がたくさん開いてしまった血で汚れた衣類をきれいに直した。身体の傷跡を治すのは難しいが、遺体であればある程度無理がきくので、多少強引であったがせめて見えるところだけでもと、きれいに治してあげた。

ベルの施しによって、ミミは眠っているようにしか見えない状態だった。


リラは放心したままベッドの脇の椅子に座って、ミミを眺めていた。



目を覚ますと、そこは見慣れた馬車の一室の天井だった。

「…。」

リズは上体を起こし、顔を手で覆った。


ミミは亡くなってしまった。


死んだ生き物は、生き返らない。


生き物と亡骸には決定的な違いがある。

生き物には生命が宿っていて、亡骸は、肉塊だ。

リズにはよくわかっていた。


「やあ、元気かい?」


あの派手な少年が、意地悪そうに笑いながらリズの顔をのぞき込んでいた。


「ほらほら、元気出さないと!あのミミって子はもう元気出せないんだからさあ!」


そう言って少年はリズの反応を見た。

しかし無反応なリズを見て「つまんないのー」と言いながら、リズのベッドのわきにある椅子にポンと座った。


「ねえねえ、いいこと教えてあげよっか。」


そういってもリズは無反応だったので少年は構わず続けた。


「今日って12月25日でしょう?ずっとずーーっと先の話なんだけど、この日って子どもの親が“サンタさん”なるものに変装して、自分の子どもにこっそりプレゼントをあげるっていう日なんだよ。

ボク、その風習面白いから、真似してみよっかなって。気づいてた?ボク、キミの親なんだよ?だから、ボクが子どものキミにプレゼントをあげる。」


少年は意地悪そうに笑いながら言った。


「キミを、元の姿に戻してあげる。」


それを言ってもリズが無反応だったので「あれー?嬉しくない?」と言いながら少年は続けた。


「もしかしてキミって相当察しが悪い?今日ってクリスマスでもあるけどさ、冬が終わる日でもあるんだよ、キミわかってるよね。キミ、今日の夜に咲くんだよ?」


そうだ。パウロから聞いた。夜光花について。

夜光花の根には毒があるが、花にはどんな病気や傷でもたちどころに治してしまうほどの強い薬としての作用がある、と。

しかし、それは生きた人間に対して使った場合の話だ。辛うじてでも命のかけらが体内にとどまっていれば、その火を再度燃え上がらせることができるであろうことは夜光花である自分が一番よくわかっていた。


「あ、わかった、ミミって子が死んじゃってるから無理って思ってるんでしょ。」


少年は「なるほど、さすがよくわかってるねー」と言いながら続けた。


「確かにね、キミだけのチカラじゃ無理だ。だから“プレゼント”だと言っているんだよ。」


「え…?」

リズは初めて顔を上げた。


少年は嬉しそうにふふっと笑って言った。


「ボクが、愛するキミへ、最後のプレゼントをあげる。」



「ベル…。」

ママが控えめにベルの部屋の扉を開けて中にいるベルに呼びかけた。

「パウロが話があるって。」


ベルはベッドのわきで未だ放心している様子のリラにチラリと目をやり、「今行く。」とママに返事をした。


「おい、あんた。」

ベルはかれこれ8時間も放心をしているリラに声をかけた。

「リズちゃんの手がかりが何か見つかったのかもしれない。一緒にパウロの話を聞きに行くか?」

リラは抜け殻のようになっていたが、「リズの居場所の手がかりが見つかったかもしれない」と聞いて少し生気が戻ったようで、「うん…。」と言って立ち上がった。


暖炉のある部屋まで行くと、そこにはママとアル、パウロがいた。


「何か見つかったか?」


ベルが問いかけると、パウロが袋をベルに差し出した。


「もしかしたらと思って、以前オレたちが夜光花を見つけられなかった場所にもう一度行ってみたんだ。そしたらこれが…。」


ベルはパウロから袋を受け取り、中を見た。

袋の中には周りの土ごと掘られた夜光花が、ぼんやりと輝きながら入っていた。


「開花している夜光花か…!よくそんな貴重なものを…」

と言いかけてベルは口をつぐんだ。

パウロは唇をかみしめて必死に涙をこらえている様子だった。

アルはそんな兄の様子が理解できず、戸惑ったようにチラチラと兄を見ていた。


「その花があればミミは治るって、ジャムが言ってたよ。」

とアルは兄をチラチラ見ながら言った。

「夜光花ってすごい花なんだよね、なんでも治せるんだよね?」

兄とベルを交互に見て答えを求めたが、二人とも返事をしなかった。


ベルは黙ったまま、その袋をリラに渡した。

リラは袋の中を見た。


「色が…おんなじ…。」

リズがチカラを使いすぎているときに発する光と同じ色で、その夜光花は輝いていた。

「色が…おんなじだ…いろが…ああ…あああ……。」

徐々に頭が追いつき、理解した。

リラは袋を抱きしめて、声を上げて泣いた。



ベッドに横たわるミミのポケットから、するりと3枚の紙が滑り落ちた。

牛のイラストの描かれた、可愛らしい紙切れが。

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Crystal jam : リズの話 枯野時雨 @light-breeze

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