第11話 守り神

「なんと、モンスターの影すら見当たらなかったと……」

「はい、なので申し訳ないですがまだ一頭も倒せていません」

 村にどうにか戻った頃にはすっかり日が落ちて、月がでていた。クエストのことをすっかり忘れてシチリンパーティーを楽しんでしまった。香ばしい臭いが服に染み付いているのではないかと気が気でない。村長はため息をついたが、そもそも討伐予定の小型モンスターがいないからしょうがないのだ。

「ちなみにその肩にいる紫色の生き物はなんでしょう?」

「ペットです。俺のことを心配して追ってきたようです」

 耳元でふんふんと紫色のイタチが鼻息を立てた。ファルチェの変身した姿だった。てっきり転送ですぐに帰るかと思いきや、村でナームのことを調べたいと言ったため俺に同行することになった。けれど、こんな山奥の村にいきなり現れたら村の人たちから怪しまれるからと、小型サイズのイタチになって俺の襟巻きになっている。半獣人はそういうことも出来るのかと驚いたが、世間知らずの物知らずと思われたくなかったので、詳しく聞けなかった。

「そうですか。とりあえず本日はもう遅いのでどうぞお休みになってください。夕食の支度ができております。村の名産品を生かした料理です」

「あ、ありがとうございます」

 ナームをたらふく食べたためお腹が減っていないなんて言えない。クエスト未達成のくせにこんな夜遅くに帰ってきた上、用意してもらったご飯を拒否するなんて失礼すぎる。

 かといって胃袋の許容量にも限界がある。案内された部屋で愛想笑いを浮かべながら、皿に乗せられた食事をどうするか悩んでいたら肩に乗っていたファルチェがスタッとテーブルに降りると、ガツガツと料理を食べ始めた。

「ファ……ファルチェ!?」

 止める暇もなくファルチェはすべて平らげると、その場で腹を見せてゴロリと転がった。俺よりもナームを食っていたはずなのにどんな胃袋の大きさなんだ。でも正直、助かった。

「これはこれは……! すぐに新しいものを用意します」

「い、いえ、本当にお構いなく……! 実は携帯食でお腹いっぱいでして!! それより討伐のためにもここら辺のモンスターの話など詳しく知りたいのですが!」

 間髪入れずに話題を逸らすと、村長はそうですかと本当に残念そうにつぶやいたが、すぐに気を取り戻したようだった。

「その話をするためには、まずこの村の成り立ちから始めなければなりません」

「はぁ」

 長話になりそうだ。もう夜更けで眠いのだが耐えるしかない。ファルチェは腹がいっぱいになって眠くなったのか尻尾を体に巻きつけ丸くなってプスプスと寝息をたて始めた。ちくしょう。

「私たちの祖先をたずねれば、前王朝のエンザン家に連なる由緒正しい血筋なのです。ですが先の戦で敗れ、都から抜けこのような山奥に逃れたのです。いつの日か再興を成し遂げられるよう、先祖の復讐の火を絶やさぬよう励んでおりましたが、このような山奥の土地ではあまり作物は育たたず、わずかな実りを頼りに細々と暮らしているうちに、一族の心もまた落ちぶれ朽ち果てようとしました。そこへ神が舞い降りたのです」

「神、ですか」

「ええ、神はこの村に恵をもたらし、この村は豊かになりました。けれどその加護の代わりに――生贄を欲しました」

 村長から底に澱んだドス黒い感情がピリピリ伝わり、悪寒を覚えた。悪意とはまた違う純粋な殺意を向けられている。俺はとんでもない事態に巻き込まれているのではないか。

 ここにいては危険だと思ったその時だ。テーブルの上で寝ていたファルチェがいきなりすくっと立ったかと思うとぐるぐる回りだし、ばたりと仰向けに倒れた。一体どうしたのかと見ればビクビクと体を痙攣させ、口から泡を吐きはじめた。

「ファルチェ!? どうしたの!?」

「ああ、もう効いてきましたか。イタチに与えたことはないのですが少し効果が強くでましたね」

 ゆらりと村長が立ち上がり、ファルチェを見て冷ややかに笑っている。

「ファルチェに一体何をした!?」

「その獣が勝手にあの料理を食べたからいけないのですよ。本来ならあなたが食べていたはずなのに。まぁこんな子供一人なら毒を盛る必要もなかったが」

「毒だって……?」

 夜だというのにあたりが明るくなってきた。ざわざわと人の声もする。

 窓の外を見れば、篝火を持った人々に家をぐるりと取り囲まれていた。火の粉が舞い、人々の陰気な顔を赤く光らせていた。

「あなたは選ばれたのですよ」

 村長の冷たい目がそろりと体をなぞった。

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